第18話 当方に迎撃の用意アリ

 今まで勉強なんてろくにしてこなかったこともあって、授業を改まって聞くのはそこそこ新鮮な気持ちだった。

 ただ、体育の授業で持久走をやらされた時、息が上がってるのを装うのは若干面倒だったな。

 あくまでも俺たちは平々凡々……よりはレベルが高い留学生、でもその程度でしかないという演技をし続けなきゃいけない生活とも、いよいよ今日でおさらばということになる。

 

 あれから一週間、襲撃の当日を迎えた俺たちは、厳戒態勢で英知院学園の警護に当たっていた。

 襲撃のタイミングについては俺の「予測」を大佐にも共有していることで、学園の外には葉月とまゆ、そして動員された二級魔法少女たちが控えている。

 そして学園の内側には俺とこよみ、そして由希奈の三人がいつでも教室を飛び出して変身できる態勢を整えている状態だ。

 

 備えは万全、ここ六日間で「暁の空」による襲撃の前倒しがなかったことから、このイベントは原作通りに進んでいると仮定する。

 そして、俺たちはとうとう運命の時を迎えようとしていた。

 三限の途中、腕時計型のデバイスに「M.A.G.I.A」からの通信が入る。

 

 それを合図に、制服のポケットへと忍ばせていた通信機を左耳につけて、俺は花を摘みに行くと言い訳をして、教室を飛び出していた。

 

『西條千早、聞こえているか?』

「肯定する。此方に襲撃の兆しはまだないが」

『……現在、首都高速近辺の民家に放火と銃乱射事件が発生した。二級魔法少女を回して対応に当たらせているが……』

 

 大佐は忌々しげにそう吐き捨てる。

 だが、それも俺は知っていた。

 あいつらの作戦は三段構えで、まず首都高近辺でテロを起こして、動員された魔法少女の数を削ぐのと、交通路を破壊するのが第一の矢で、そして。

 

「……恐らくは陽動だろう。本命はあくまで英知院学園の方だと此方は推測する」

『騒ぎを大きくして、対応する魔法少女を減らす思惑か……その可能性は高いな。警戒を厳にして臨んでくれ』

「了解した」

 

 簡潔に答えを返して、通信を切る。

 そして、第二の矢として用意されてるのが、真正面からの襲撃だ。

 まゆと葉月という特記戦力に頭数を減らされることを前提に、十数台のトラックが学園の正門目掛けて突撃してくる悪夢のような光景が展開されるだけでも地獄だが、それだけで「暁の空」がぶち上げた計画は終わらない。

 

「ドレス・アップ!」

 

 なにも問題はないはずなのに、未だ少しばかり残っている罪悪感と共に女子トイレに駆け込んだ俺は、急いで魔法少女への変身を果たす。

 ここから先は、俺がいかにやれるかだ。

 もしも原作で西條千早が生きていたのなら、きっと、もっとスマートに敵の計画をぶっ壊していたのかもしれない。

 

 だが、今は俺が西條千早だ。

 西條千早が生きていたのなら、というもしもを体現したのが俺であるなら、その責任を負うのは当然俺自身ということになる。

 だから、やるしかないんだ。スマートじゃなかろうが力押しだろうが、今やるべきことはただ一つ、やつらの計画を滅茶苦茶にしてやる、それだけだ。

 

 光の繭の中で形成された、ゴスロリ調の魔法装衣を身に纏い、魔法少女への変身を果たした俺は、三階の女子トイレから即座に裏門へと飛び出していく。

 やつらが、「暁の空」が用意した三段構えの作戦、その最後に本命として投入してくるそれは、裏門からの強行突入だった。

 正面に戦力を展開させることで意識をそっちに向けさせている間に本命を送り込む。

 

 敵ながら、中々頭使ってやがる。

 厄介にも程がある作戦だ。

 原作では正面に回らざるを得なかったこよみが慌てて後方に戻るも、襲撃はとっくに始まっていた、という展開だったが、そうはさせない。

 

 裏門の方から、サイレンサーで抑えられているとはいえ、発砲音が確かに聞こえた。

 恐らくは警備員が撃たれたのだろう。

 生きていることを祈る他にないが、その可能性が絶望的であることを俺は知っている。

 

 もう少しスマートに動けていれば、あるいは撃たれた警備員も死なさずに済んだのかもしれない。

 こればかりは俺の力不足だ。だが、今は俯いている場合じゃない。

 一つの命が失われたことを悔やみつつも、俺はちょうど食品配達会社のトラックに偽装したテロリスト集団が乗り込んだ裏門前に着地していた。

 

「随分と好き勝手をしてくれたようだな」

「なッ……魔法少女だと!? 馬鹿な、なぜ我々の作戦を──」

「答える義務はない」

 

 コンテンダーの出番はないといったが、すまない、あれは嘘だった。

 現場指揮官と思しき、荷台に乗り込んでいる部下たちに指示を下そうとしていた覆面の運転手を、俺はフロントガラスごとぶち破るライフル弾の一撃でノックアウトする。

 荷台から慌てて飛び出してきた部下の数は、大体十五人前後ってところか。

 

「魔法少女が相手だぞ、どうすればいいんだ!?」

「隊長は……!?」

「いいからお前たち、『ゴーレム』の起動を済ませるんだ!」

 

 隊長を失った混乱の中でも、ある程度頭が回っているやつはいるらしい。

 その隊長だったら死ぬほど痛い思いをした上に遅効性の麻酔で昏倒済みだが、他にも冷静なやつがいて、おまけに「ゴーレム」が起動されるとなれば、それなりに面倒だ。

 ゴーレム。それこそが俺たち「M.A.G.I.A」が「ヒトガタ」と呼称していた自律兵器の正式名称で、裏門側には念のためってことで一機だけ配備されている代物だった。

 

「うおおおお、真の日本の解放のために!」

「死ね、魔法少女!」

「権力の走狗など、ゴーレムさえあれば恐るるに足らず!」

 

 荷台から飛び出てきたテロリスト集団が、アサルトライフルのトリガーに指をかけて俺を狙うものの、鉛弾の全ては魔力障壁に阻まれ、かんかん、と虚しく音を立てて地面に落ちていく。

 ゴーレムさえあれば余裕とは、随分舐められたもんだな。

 あれが通用するのはあくまでも二級魔法少女までだ。一級をすっ飛ばして俺たち特級に仕事が回ってきたのは、お上の逆鱗に触れたのと、首都の防衛体制を維持するためでしかない。

 

「……『雷電らいでん鈍鎚どんつい』!」

『ぐ、あああああああっ!!!』

 

 銃弾が雨霰のように飛んでくる中を悠然と進んで、俺はテロリストたちが全員射程内に入ったことを確認し、魔法を詠唱する。

 生かさず殺さずが本部からのオーダーだ。

 今放った雷はまともに食らっても精々気絶程度で済むように魔力を調整してある。

 

 まとめて倒した十五人と昏倒している運転手は縄で縛ればいいとして、問題は恐らくもう起動しているゴーレムの方だろう。

 トラックごと爆破してしまおうかと、一瞬そんな考えが脳裏をよぎったが、周辺に被害が及びかねない以上、その選択はなしだ。

 なら、タイマンを張るしかない。

 

 トラックの荷台を突き破って立ち上がったゴーレムに、俺は魔法征装「雷切」の切っ先を突きつける。

 

「宣言しよう、其方は一手で詰む」

『タイショウヲニンシキ、マリョクハンノウヲカクニン……センメツニイコウスル』

「……させるものか! 『紫電しでん瞬閃しゅんせん』!」

 

 ゴーレムが両腕に装填している魔力弾を撃ち放つよりも早く、俺は鞘に収めた「雷切」に魔力をチャージして、それを一息に解き放った。

 白刃が横一文字に振り抜かれ、雷撃と共に斬撃がゴーレムの身体を、特殊合金製のそれを真っ二つに斬り裂いて、上半身と下半身を泣き別れさせる。

 この前はよくも仲間の命を奪ってくれたなこの野郎、と機械に言ったところで無駄なら、スクラップにしてやるだけだ。

 

 とはいえ「M.A.G.I.A」の上層部もこいつに関するデータは喉から手が出るほど欲しがっているだろうから、原型はある程度留めた状態で残しておく。

 お礼参りをするなら正門側にもゴーレムが配備されてるだろうからな。鬱憤晴らしはそっちでやればいい。

 魔力で形成した縄でテロリスト共をふん縛って、壊れたトラックの荷台に放り込むと、俺はその足で正門へと疾駆する。

 

 恐らくはこよみと由希奈、そして外に控えていたまゆと葉月が対処に当たっているのだろう。

 銃撃の音と爆発音、そして生徒たちのものと思しき悲鳴が、正門側からは断続的に聞こえてくる。

 さっさとこよみたちと合流して、そっちも片付けてしまわないとな。

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