第17話 慌てず目立たず正確に
この手の潜入任務というか、学園に突如として編入された転校生が持ち前の能力を発揮して一目置かれる、って話は山ほどある。
だが、俺たちに課せられた使命が「あまり目立たないこと」である以上、突然バク転やらハンドスプリングを披露したりだとか、性格の悪い教師から出された難問をすらすらと解答してみせたりとか、そういうのはご法度だ。
いや、潜入任務なんだから当たり前だが。
むしろ下手に目立って「暁の空」から警戒されて予定が狂う方が面倒くさい。
ゲームは擦り切れるほどやり込んであるんだ、あいつらの襲撃スケジュールは完璧に抑えてある。
だがそれを直接じゃなく、なんとか仄めかす形で由希奈とこよみに伝えられることができればいいんだが、これがまた難しいんだよな。
そんなことを考えながら平々凡々とした留学生ですよ、という面を装って俺は、実に七年ぶりになるスクールライフを送っていた。
西條千早の記憶が優秀だからなんだろうが、授業についていけないということもなく、現状、当てられれば答えが言えるぐらいの模範的生徒としてやっていけている。
まあそもそも魔法少女の大半は「M.A.G.I.A」で高等教育を受けてきたエージェントみたいなもんで、西條千早もその例外じゃないってことだ。
通ってる生徒の実家が太いって言葉じゃ済まされないぐらい太いもんだから、海外生活について根掘り葉掘り訊かれることもない。
話を振られて困ったことといえば、海外に留学した経験がある生徒に外国での生活について「私もこうだったけど貴女は?」的なことを言われた時ぐらいだ。
素直に、海外なんて現世でも前世でも一度も行ったことねえよ知るか、なんて答えられるはずはない。
だが、存外ここで役立ったのが居酒屋でバイトしてた経験だ。
酔っ払いがくだを巻いた時の戯言に付き合ってやるように、相手が「自分は海外でこうやって過ごしてきた」という、相手に聞いてほしいポイントに同意を示したり褒めたりしてやれば、案外どうにでもなる。
つまるところ、そいつにとっての主題は俺の海外生活じゃなくて、自分がいかに素晴らしい経験を積んできたかという部分だからな。
授業の合間にそんなやり取りを三回ぐらい繰り返して訪れた昼休み、俺は由希奈とこよみに合流する形で、学園内の中庭を訪れていた。
噴水のオブジェとかよく整えられた芝生に置かれた綺麗なベンチとか、いかにも金持ち学校って風情の光景だ。
ゲームでぐらいしかそんな学校見たことなかったが、そもそもここがゲームの世界だったな、そういえば。
「由希奈、こよみ、其方はどうだ?」
「ばっちりですよー、先輩。目立たない留学生装ってまーす」
「……わ、わたし、は……あんまり……」
だろうな、と答えるのは憚られるが、こよみは慣れない学園生活と、恐らくはその端麗な容姿についてあれこれ訊かれたことだろう。
西條千早も、由希奈も当然の権利のように美少女という言葉が似つかわしい顔つきをしているが、俺たちのそれが人間の範疇における「綺麗」なら、こよみの容姿はどこか妖精じみた、人間の範疇に収まらない「綺麗」さを持っている。
おまけに仕草も小動物的で可愛らしいしな。慣れてないってだけで、特に誰かから目をつけられてるとかもない以上、任務の遂行に支障はない。
「見慣れればその手の話も減るだろう。此度の任務では、己の能力をひけらかすことをしないのがとにかく肝要だ」
「本当ならバク転からの宙返り捻りとかアクロバットやって生徒たちを驚かせてみたいもんですけどねー、せっかくの学園潜入任務なんですからー」
「小説の読みすぎだ」
諫めるように言った俺の言葉に、えー、と由希奈は唇を尖らせる。
また俺なんかやっちゃいましたか、じゃないんだよ。
最初から規格外のチート能力を披露して「こいつは特別だ」と思わせるってのは実に王道なストーリーだし、異世界転生なんて経験をしたんだから、正直なところ、その気持ちもわからなくはないが。
「……わ、わたしは……あんまり目立たない方が、好きなんです、けど……」
「こよみちゃんは謙虚だねー」
手にしていた野菜ジュースを一息に飲み干して、ストローを噛みながら由希奈が口にする。
なんだかんだで不器用で運動が苦手そうな印象を抱くこよみも、「M.A.G.I.A」での訓練を積んできた魔法少女だ。
その気になれば、妖精じみた美貌を持つ女の子が空中四回転を披露するというようなこともできる。本人の性格的に絶対人前ではやらないだろうが。
「海外生活を送ってきた生徒も珍しくない。カバー・ストーリー通りに対応はできているか?」
「そりゃもうばっちり、こっちがあんま喋んなくてもいい感じにヨイショしてあげれば満足してくれるんだからちょろいもんですよー」
なるほど、由希奈も居酒屋式対処法を心得ていたか。
なんだかんだで自分語りが大好きな人種は多いからな。
金持ちとか資本家とかが書いてる自伝や啓発本なんかその至りだろう。それができたら苦労しねえんだよ。
「……わ、わたしは……あんまり、そういうことは訊かれなかった、です……」
「こよみちゃん可愛いもんねー、そっちで話題が持ちきりになるのもわかるわかる」
銀髪赤目に気弱で泣き虫なトランジスタグラマー。
学園のマドンナ、属性欲張りセットなこよみがその椅子に収まるのにそう時間はかかるまい。
そんな女の子を曇らせて、過酷な運命を課させて愉悦に浸っていた開発陣はやっぱり人の心がないな。
由希奈にむにー、っと、パン生地でも触るかのように頬っぺたを引っ張られたり捏ねられたりしているこよみはあうあうと困ったような悲鳴を上げて、視線で俺に助けを求めてくる。
「その辺りにしておけ、由希奈」
「はーい。しっかし敵さん、全然来る気配ないですねー」
こよみの頬っぺたを捏ね回していた手を離して、肩を竦めながら由希奈がそう零す。
そりゃそうだ、「暁の空」は留学生生活最終日を狙いすましたかのように襲撃をかけてくるんだから、初日じゃなにもイベントが起きないことは確定している。
ゲームの中でならモノローグでカットされる時間であっても、俺たちはこの世界を生きているわけで、一週間後まで時間をスキップしますなんて真似はできない。
つまりあと六日はこのスニーキング・ミッションが続くということだ。
退屈だろうがなんだろうが、命がかかっている以上真剣にやっていくしかない。
それに、原作じゃ「暁の空」に一杯食わされて、全校生徒を巻き込んだ銃撃戦に発展したが、その未来だけは阻止しなきゃならん。
「そうだな……ヤツらが、此方……魔法少女が動くと仮定している場合、狙い目になるのは最も意識が緩んだタイミングだ」
考察という体で、二人になんとか未来に起きる出来事を伝えるなら今しかない。
俺は由希奈の呟きに乗っかる形で、それとなく「暁の空」についての話題に二人を誘導する。
「……最も……意識が緩んだ、タイミング……ですか……?」
「肯定する。端的に言ってしまえば、襲撃のタイミングは最終日だと、此方は予測している」
「……なーるほど。結局なーんにも起きなかったなーって思ってるところを後ろからドーン、って感じですか」
察しが早くて助かるよ。
連中は小賢しいことにその他にも色々と策を仕込んで襲撃計画を立てているが、そっちに関しちゃ一つは俺が単騎で潰せる。
原作じゃ学園を巻き込んだ銃撃戦に発展してしまった最大の理由は、単に人手が足りなかったからだ。
俺という駒が、特級魔法少女が生きているなら、そして事前に起きることを知っているなら、惨劇を回避することはできるはずだと信じたい。
「肯定する。恐らく敵は『ヒトガタ』の力に頼みを置いて、真正面から乗り込んでくる可能性が高い。襲撃時刻までは予測できないが、いつでも正門まで行けるように準備は整えておくといい」
「はーい、それじゃ先輩を信じて最終日までアイツらが来るのを待ちますかねー」
「……此方の言葉はあくまでも予測だ。いつ仕掛けてくるか正確に把握しているわけではない。気を抜くなよ、由希奈、こよみ」
そう、これは全て事が原作通りに進んでくれるなら、の話でしかない。
俺が生きているというイレギュラー要素が、世界の強制力に対してどれぐらい働いているかは知りようがない以上、襲撃計画が前倒しされる可能性だってあり得る。
できることは祈ることぐらいだ。チャートの最後にお祈りは必修科目だからな。
「……は、はい……っ、わたし、頑張ります……っ!」
「はーい、適度に警戒しつつ留学生やっときますよっ、と」
「うむ、頼りにしているぞ」
大分温度差がある二人の意気込みを聞き届けた俺は、鷹揚に頷く。
口調は軽く聞こえても、由希奈が魔法少女である限り、その言葉は信頼していいものだ。
二人が真正面の対応に当たってくれるなら、俺がやるべきことは一つ。
惨劇の回避のために、やつらが、「暁の空」が用意したシナリオをぶち壊す。
ただ、それだけだった。
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