第16話 学校にテロリストが来る妄想はきっと誰もが通る道

 私立英知院学園へと潜入するに当たって作られたカバー・ストーリーはこうだ。

 海外にあるという設定で無理やりでっち上げた架空の高校から来た生徒が、短期留学として数日間英知院で勉強する。

 富裕層特有のコネで色々と裏社会のことも知ってそうなやつには即座にバレそうなもんだが、バレたところで俺たちの正体には繋がらないから問題ない、とは大佐の弁だった。

 

 実際、魔法少女の存在は広く知られていても、魔力による認識遮断効果で、変身する過程でも見られてない限りは「魔法少女」と「変身した人間」を同一の存在として認識することは、一般人じゃ基本的にはできないようになっている。

 基本的には、だがな。そして付け加えるなら、魔法少女は、公的には「死んだ人間」として扱われている存在だ。

 相変わらず鼓動がない心臓の位置に手を当てて、そんなことをぼんやりと頭の片隅に浮かべながら、俺は大佐が運転している車に揺られていた。

 

「わかっているとは思うが、なるべく目立つような真似はしてくれるなよ?」

「心得ている」

「……は、はい……っ」

「はーい」

 

 運転席からの呼びかけに俺とこよみ、そして由希奈は三者三様な答えを返して、いよいよ目の前に迫ってきたクソデカい校舎を一瞥する。

 有事の際には魔法少女に変身してテロリストをなるべく殺さないように生け捕りにしろ、というのが上からのオーダーだったが、なんらかの事情で、それこそ認識遮断効果が働かないような状況で、変身ができなかった「もしも」に備える形で、俺たちはサイドアームを持たされていた。

 こよみは無難に使いやすい拳銃を一丁、由希奈は魔法征装と似た五十口径のそれを二丁、そして、俺は。

 

「最後に確認するが、西條千早。サイドアームの選択はそれで良かったんだな?」

「肯定する」

「コンテンダー……随分と癖が強いのを選んだもんだよ、君は」

 

 俺が選んだサイドアームは、多様な弾を装填できる代償として、装填数が一発しかない中折れ式のものだった。

 大佐が言う通り、癖の塊みたいな拳銃で、実用に耐えうるかと訊かれれば、よほどの熟練者か特殊な人間でなければ無理だと首を横に振られるような代物だ。

 前世じゃFPSはそこそこやってたが、「俺」は銃の腕に覚えがあるかと問われれば、そんなことは断じてない。

 

「其方のオーダーを最速で達成できる銃という条件で選んだものだ、問題はない」

「その言葉を信じてるよ、西條千早。まあ、サイドアームを使うような事態にならないことが一番なんだがな」

 

 だが、戦場におけるプロフェッショナルとして生きてきた「西條千早」は別な話になってくる。

 生かさず殺さずという上層部からのオーダーを迅速に達成できる拳銃、そして西條千早の銃撃スキル。

 この二つを組み合わせて、もしもの時でも最速で現場指揮官を無力化できる銃として選んだものが、コンテンダーだったというだけだ。なんせ装填数こそ終わってても、ライフル弾が拳銃で運用できるってのはデカいからな。

 

 生かさず殺さずがオーダーってことで、俺たちのサイドアームに装填されているのは非殺傷性の弾だ。

 それでも、当たれば相当痛い。

 実銃を使ってるんだから当たり前だがな。死ぬよりは幾分かマシだろうが。

 

 ただ、あれこれといってはみたが、基本的にコンテンダーの出番はないはずだろう。

 ゲームの中じゃ全校生徒を巻き込んでの銃撃戦が成立してしまったが、それがいつ起こるのか、どこから侵入してくるのかを俺は知っている。

 それをこよみや由希奈にも伝えておこうか迷ったが、下手に伝えたら伝えたでその情報をどこから手に入れたのかと、内通者であることを疑われかねないからな。

 

 つまり俺一人でテロの脅威と対峙しなきゃならないって話なんだが、こよみと由希奈が必要ないかと訊かれればそんなことは全くもってあり得ない。

 なんせこっちとしちゃ、学校になだれ込んでくるテロリスト共は前哨戦でしかないんだからな。

 本命はもちろん、当然の権利のようにやつらが保有しているヒトガタの方だ。

 

「さて、それじゃあ今日からしばらく諸君らは留学生だ。必ず『暁の空』の蛮行を阻止してくれたまえよ」

『了解!』

 

 まあ、俺にとってはそれだけじゃないんだがな──と、大佐に敬礼を返して、車を降りる。

 しかし、高校生活ってのも随分久しぶりだな。俺が通ってたのはこんな立派な校舎を構えている名門校なんかじゃなく、地方公立の、よくいえば年季が入った、悪くいえばボロい学舎だったが。

 見慣れない人間が三人組で歩いているせいか、ざわざわと英知院の生徒たちの間に、緊張感のようなものが生まれ始める。

 

 中でもこよみの銀髪に赤い瞳、そして透き通るような白い肌は目立っているらしく、好奇の視線の大半は彼女に突き刺さっていた。

 

「いいねーこよみちゃん、一気に注目の的だよー?」

「……ぁ、ぇ……うぅ……」

「あまりからかうものではないぞ、由希奈」

「はーい、千早先輩、わかってますってー」

 

 私も結構可愛い方だと思うんだけどなー、と由希奈は疑問形でぽつりと呟く。

 潜入任務だというのに随分と肩の力が抜けているように見えるが、僅かに滲み出る殺意や緊張感のようなものは隠しようがない。

 それもそうだろう。由希奈は、俺たちとは少しばかり違うモチベーションで動いているのだから。

 

「生き急ぐなよ」

「……なんの話ですー?」

「此方から言えることはそれだけだ。あとは其方の問題だからな」

「……」

 

 押し黙る由希奈にどれだけ俺の言葉が響いているかはわからなければ、知りようもない。

 ただ、覚えていてほしいとだけは思った。

 例え原作におけるこのイベントでの死傷者は民間人──いってしまえば、モブだけだったとしても、だ。

 

 それに、モブだろうがネームドだろうが、この世界における命の価値は軽すぎる。

 だからクソゲーなんだよといわれればそれまでの話だが、少なくとも俺たちも、名前も知らない英知院の生徒たちも生きているんだ。

 クソゲーの世界だろうが神ゲーの世界だろうが、俺は二度も理不尽に死にたくない。そして、できることなら誰一人として死なせたくない。

 

 もしも学校にテロリストがやってきたら、なんてのはな、精々中学生が授業中に暇を持て余してる時に妄想する鉄板ネタ程度でいいんだよ。

 そして何事もなく学生生活を終えて、ふと大人になった時枕に顔を埋めて足をバタバタさせてればいい。

 いつの時代でも、どこの世界でもそんなもんだ。そして、そんなもんで済ませてやるのが、きっと今ここに俺がいる理由なのかもしれないな。

 

「……それで例え、生身の人間に刃や銃口を向けることになっても、か」

「……ぁ、あの……大丈夫、ですか……? 西條、先輩……?」

「ん……すまないな、こよみ。少しばかり考え事をしていた。カバー・ストーリーの確認は大丈夫か?」

 

 ぼそりと呟いた俺の表情は、相当暗いものだったのかもしれない。

 無理やりバイト時代に培った営業スマイルを形作って、こよみへとそう返すことで話を逸らす。

 質問に質問で返すなとか、疑問文に疑問文で解答したら赤点なのは重々承知だ。我ながらズルい手段を取っている。

 

「……だ、大丈夫……です……!」

「それは重畳。由希奈も大丈夫か?」

「はーい、大丈夫ですよー」

 

 カバー・ストーリーじゃ海外から来たって設定だが、俺は英語に限らず外国語が全くといっていいほどわからん。それこそ高校大学とテストも赤点常連だったくらいには。

 もしも外国語で話を振られたら、その言語が西條千早の脳に記憶されてることを祈るばかりだ。

 なに一つとして大丈夫じゃないが、とりあえずは頼れる先輩面を形作って、凛と胸を張る。

 

「それでは、行くとしよう」

 

 テロ組織「暁の空」がやってくるのは大体一週間後、なんの因果か短期留学の最終日という、ある意味ではちょうどいいタイミングだ。

 それまでは二度目のスクールライフでも謳歌しようか。偏差値が国内でもトップクラスな学校の授業についていける気はしないけどな。

 カバー・ストーリー上では、俺が高校三年生、由希奈が二年生、こよみが一年生ということになっている。実際の年齢はともかくとして、確かにそれっぽく見える配置だった。

 

 人見知りなこよみのことが心配といえば心配だが、定時連絡は必ず取る手筈になっているし、彼女だって魔法少女として、「M.A.G.I.A」でその手の教育は受けてきてるはずだ。

 それに、メタいこと言っちまえば、こよみは主人公なんだから原作じゃなんとかなってたんだ、問題はない。

 あるとすれば俺の方なんだろうな、と、溜息に代えて、やたらと豪奢でデカい校舎に一瞥を投げるのだった。

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