第15話 スニーキング・ミッション
テロ組織「暁の空」というよりは、やつらが持っている仮称ヒトガタを探すのが当面の任務になったわけだが、当然のように手がかりらしいものはなにもない。
今のところ「M.A.G.I.A」と公安、防衛省に警察庁、そして巻き込まれたデジタル庁辺りが血眼になって動画サイトに次なる犯行声明が出るのを監視してるんだろう。
官僚ってのは世知辛いもんだな。そんな話はどうでもいいとして、複数の組織や省庁が連携しなきゃならないのが、「暁の空」が厄介な理由の一つでもある。
「探すっていっても、確か『暁の空』って……」
「肯定する。ヤツらは特定の拠点を持っていなかったはずだ」
葉月が口に出しかけた言葉を、俺は肯定する。
用意周到というかなんというか、「暁の空」は特定の拠点を持たずに行動しているテロ組織だ。
そして、構成員が全員なんらかの覆面やフェイスマスクで顔を隠している都合上、例えなにかしらの犯行があったとしても、それが模倣犯なのか、組織のメンバーによるものなのかがわかりづらい。
つまるところ、例え犯人を生け捕りにしても、蜥蜴の尻尾の如く、末端の構成員は警察の取り調べにも上のことは知らぬ存ぜぬで通せるほど簡単に切り捨てられる体制が敷かれているのだ。
強いていうなら、犯行声明を出しているドクロマスクが、「
だが、例えあの動画の中に出てきた骸王を暗殺したとしても、次の日には別な「骸王」が元気に犯行声明を出していることだろうよ。
あくまでもあのドクロマスクとボイスチェンジャーを使った人物こそが「骸王」である、といった具合にな。
組織の象徴性を、人物じゃなくて記号に求めるというやり方も徹底している。
だからこそ、今までは魔法少女たちに苦渋を舐めさせられつつも、「暁の空」そのものは壊滅することなく活動を続けてこられたのだ。
厄介にも程がある。
おまけに、「暁の空」を原作の結末を知っている俺が単騎で丸ごと殲滅できるかといえば、その可能性もまた非現実的なのだ。
あいつらの一番面倒なところは、最初に言った通り「特定の拠点を持っていないこと」に尽きる。
蜘蛛の巣状にネットワークを広げている都合、特定の拠点を襲撃すれば一気に戦力が弱体化する、ということがない。
存在する拠点を全て叩き潰すとなれば、海外にも飛び回っていかなきゃならないとくる。
いかに「西條千早」が設定上は最強の魔法少女であったとしても、どれだけ傑出した能力を持っていたとしても、あくまでもそれは一個人が、一兵士が持つものに過ぎないのだ。
「だが、奴等は必ず犯行声明を出す。捕まらないという確信があるんだろうな……」
舐められたものだ、と、大佐は怒りも露わに顔をしかめる。
対応が後手後手に回らざるを得なく、貴重な一級魔法少女も失う可能性があるなら、最高戦力でもって迅速に新兵器を叩くという、「M.A.G.I.A」の判断は間違っちゃいない。
問題があるとするなら、あのヒトガタは製造プラントの類が存在せず、各地で分散して作り上げたパーツを寄せ集めて作れるほど汎用性に優れたものだってところか。
と、まあここまで「暁の空」がいかに厄介なのかを挙げたわけだが、あいつらは元々、相当アホな組織だった。
その活動理念がどこまでもふわっとしていて具体的なことがなにひとつとして掲げられていないところからもお察しの通り、ノリと勢いで蜂起したような連中にすぎない。
それが世界でも指折りのテロ組織になった理由は単純、外からの入れ知恵があったからだ。
設定資料集にもふわっとしか、存在を示す程度にしか書かれていなかった黒幕、「骸王」を操る真の元締めを叩けば一気に組織は弱体化する。
そいつがどんな存在なのかについて、設定資料集にも攻略本にも書かれてなかったことが問題なのだが、とにかく希望はあるということだ。
やっぱりこのゲーム、続編出す気満々だったんじゃねえかな。製作陣の面の皮はきっとオリハルコン製に違いない。
『小野大佐、先程動画投稿サイトに「暁の空」によるものと思われる犯行予告の投稿が確認されました』
どうしたものかと特級魔法少女たちとその司令官が唸り声を上げていると、大佐がつけている腕時計型のデバイスからホロスクリーンがポップアップして、役人からの報告が上がってきた。
「消させたのか?」
『はい、投稿後一秒足らずで削除されています。アーカイブのバックアップはこちらに転送されていますので、ご覧ください』
ぴぴ、と電子音を鳴らして、大佐の腕時計型デバイスに役人からのデータが転送されてくる。
そのアーカイブをパソコンに再度転送すると、大佐はプロジェクターを起動して、スクリーンに「骸王」によるものと思われる犯行声明を映し出した。
『真の日本人たる諸君! 朗報を伝えよう。粛清の時は訪れた! 腐敗した政治の根本である、社会資本格差に基づく半ば公認された世襲制……その根本を破壊するために、我々は政治家と官僚及び資本家の子息を粛清することを決断した! 我々は
民間人、それも子供を虐殺するという人道に反する声明を高らかに謳い上げた骸王の犯行声明に、大佐も含めた俺たち全員が絶句する。
言ってることだけ聞けば、それっぽく聞こえるところもあるにはあるんだろう。
だが、なんの罪もない子供をテロに巻き込むと宣言した時点であいつらは畜生にも劣る存在だ。それに間違いはない。
「諸君、聞いての通りだ。『暁の空』は今後、私立英知院学園を狙ってくる可能性が非常に高い」
私立英知院学園。そこは骸王が言っていた通り、政治家や官僚、そして資本家の子息子女が集う中高一貫制の学校だ。
一応、設定資料集曰く資本家の子息子女じゃなくても受験で、五枠しかない特待生枠に滑り込むことができればその莫大な学費が免除されるらしい。
そんな割とどうでもいいことを載せるぐらいなら「暁の空」を操る黒幕についても書いてほしかったもんだが、元がクソゲーなんだから仕方ない。期待したら負けだってのは嫌というほどわかっている。
「わかりましたぁ……それで、まゆたちは、なにをどうすればいいんですかぁ?」
「いい質問だな、南里まゆ。諸君らには二つのチームに分かれてもらって、私立英知院学園の護衛についてもらう」
ああ、このイベントか。
原作じゃ俺がもうとっくに死んでるから二人二人で収まりがよかったもんだが、こうして生きてる以上、俺はどっちに組み込まれることやら。
「……ぁ、ぇ……二つの、チーム……です、か……?」
「そうだ、中原こよみ。まず一つは、留学生として学園内に潜入してもらうチーム、これがそうだな……三人は必要になるか」
本来であれば五人全員を潜入させたいところだったんだがな、と大佐はぼやいたが、各学年に一人ずつ特級魔法少女を配置するとして、それでも一人足りないんだから仕方ない。
「もう一つは周辺の警護に当たるチームだ。言葉通りに防衛省や『M.A.G.I.A』、公安と協力する形で英知院学園周辺を警戒してもらうことになる。これが二名だ」
こっちの任務に関しては、もしもヒトガタが市街地に現れた時のことを考えて、バックアップとして二級魔法少女を何名か動員する予定だ。
大佐は、プロジェクターの電源を落としてそう言った。
一級魔法少女が出ないってことは、俺たちが任務についている間、臨界獣への警戒は彼女たちが行うってことになるんだろう。
「潜入任務については、そうだな……西條千早、北見由希奈、そして中原こよみ。この三名を選抜することにした」
顎を指でなぞりながら、大佐が宣言する。
魔法征装の都合で対人戦でも小回りが利く俺と由希奈はともかく、魔法征装が事実上封印されているこよみが選抜された理由に関しては、カバー・ストーリーの作りやすさと、「万が一」のケースを考えてのことだろう。
その万が一ってのは、臨界獣の襲撃と「暁の空」によるテロが重なった場合のことだ。
もしもそうなったら、こよみは臨界獣の対処に当たる。
例え周辺市街地を更地にしようと、一般市民より政治家や資本家の子息の命を優先したと取られようと、だ。
当然そうなればこよみが後ろ指をさされることは避けられない。全くもって主人公を曇らせることに余念がないゲームだな。
「納得いきません、なんでアタシじゃなくてこいつが……!」
「では東雲葉月、君はあの臨界獣ピグサージに匹敵する存在が現れた場合、単独での対処が可能か?」
「……ッ……!」
「今後もピグサージのような、特殊な敵が出てこないとは限らない。そして臨界獣が出現した混乱に乗じてテロリストに暴れられても困るんでね、理解してくれると助かるよ」
葉月が噛みつきかけたところを正論で捻じ伏せて、大佐は小さく肩を竦めた。
潜入任務。果たして俺の存在がどこまでシナリオに影響しているのかは知らないが、まだ原作から大きく逸脱してないってことは、世界の強制力とかそういうのが仕事をしてるってことだろう。
それならちょうどいい。使えるもんは全部使うと決めてるんだ、なんとかしてやろうじゃないか。
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