第14話 面倒な用事というのは立て続けに飛び込んでくる

 そんなこんなで、特級魔法少女全員が揃ったのは、俺とこよみが自撮りを上げて、大体三十分ぐらい経ってからのことだった。

 公式アカウントには主に「可愛い」とか「どこのお店?」とかぽつりと反応があったが、よく考えたらプロフ欄にこの店の住所とか載っけてないんだよな、「間木屋」のアカウント。

 仮にも喫茶店の公式アカウントがそれでいいのかとは思うが、まあ営利のためにやってるわけじゃないからいいんだろう。

 

 俺はともかく、こよみのメイド服姿に惹かれた連中は是非とも頑張ってこの文字通り隠れ家的な店に辿り着いてほしい限りだ。

 まゆが食材のチェックを済ませて、やることが特にない由希奈がいつも通りにソシャゲの周回に勤しんで、葉月が今日配る予定のチラシのチェックをして。

 そんな昨日と変わらない平穏な日々が今日も続くのかと訊かれれば、残念ながらその答えはノーだ。

 

 開店時間のちょっと前に裏口じゃなくて表口から入ってきた店長こと大佐の険しい表情が、なによりもそれを雄弁に物語っていた。

 

「店長ー、重役出勤にしても遅すぎますよー」

「すまない、ちょっとばかり『M.A.G.I.A』の方で予定が立て込んでいてね……そういうわけで今日は臨時休業だ。鍵当番は西條千早だったか、閉めてくれると助かるよ」

「肯定する、そして了解した」

 

 開店前から臨時休業宣言が出るということは、取りも直さず、裏の仕事が動き出すことの証明みたいなものだ。

 表口のドアノブにかかっている木札を「OPEN」から「CLOSE」に裏返した俺は、適当なコピー用紙に「本日臨時休業」の文字を書き込んで、セロテープで小窓に貼り付ける。

 特種非常事態宣言が出たという情報も通知もないということは、臨界獣絡みじゃなくて、魔法少女たちが担う暗部の仕事ということなのだろう……というか、このイベントを知っている以上、必然的にそうなることはわかっていた。

 

「この話が外に漏れるとまずいんでね、全員制服に着替えた上でブリーフィングルームに集合してくれ」

『了解!』

 

 声を揃えて大佐に敬礼をすると、俺たちは更衣室へと駆け出していく。

 魔法少女が担う、未知の脅威たる臨界獣の討伐だけではないもう一つの任務。

 それは、国家の安全に関わるという意味では臨界獣の討伐と変わらないのかもしれないが、後ろ暗さという意味では段違いのものに他ならなかった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「全員揃ったな、早速本題に入ろう。今回の任務についてだが、公安と防衛省の双方がマークしてるテロ組織、『暁の空』絡みの話だ」

 

 プロジェクターの映像をスクリーンに投影しながら、大佐はそう語った。

 過去にやつらが起こした凶行や、魔法少女によってそれが未然に阻止された記録が、スクリーンには映し出されている。

 過激派テロ組織「暁の空」。それは奇しくも魔法少女の出現とほとんど同時期に現れた武装集団であり、「真の日本を取り戻す」だか、そんなスローガンを掲げて活動している傍迷惑な連中だった。

 

「テロ組織絡みなら、二級魔法少女が担当してるんじゃないんですかー?」

 

 由希奈が口を尖らせた通り、魔法少女が担う暗部の仕事には、こういう過激派のテロ組織や、反社会的勢力を叩くことも含まれている。

 というのも単純に、魔法少女が持つ魔力障壁は、銃弾程度なら簡単に弾き返すことができる代物だ。

 特殊部隊を投入するより魔法少女を投入した方が生還率が高く合理的だ、という理由で、魔法少女は対人任務にも駆り出されているのが実情だった。

 

 ただ、それは由希奈が口に出した通り、もっぱら三級から二級魔法少女が担当する案件であって、特級である俺たちに話が回ってくることは滅多にない。

 

 ──裏を返せば、俺たちにその話が回ってきたということは、とびきり厄介な案件を大佐は抱えてやってきた、ということだが。

 

「ああ、そうだったよ」

「そうだった、ですかぁ?」

「その通りだよ、南里まゆ。実際、この案件には三級魔法少女四名、二級魔法少女一名が投入されていた」

 

 まゆの問いかけに、大佐はいつもの飄々とした、どことなく捉え所がない態度が嘘のような調子でそう答える。

 過去形ってことは、つまりそういうことなんだろう。

 殉職したか、もしくは大怪我を負ったか。できることなら後者であってほしいが、一級をすっ飛ばして、特級である俺たちに話が回ってきたということは、前者である可能性の方が非常に高い。

 

「端的に言えば、今回の案件は特務機関『M.A.G.I.A』発足以来前例のない事態だ。昨日のニュースを見ていたか?」

「確か、地下鉄の脱線事故が起きて、レールが大きく歪んだせいで復旧に一ヶ月以上かかるとか……」

 

 大佐からの問いに、葉月が答える。

 ああ、そうだ。表向きはそんな感じの話になってたな。

 それは防衛省と「M.A.G.I.A」、そして公安。三つの公権力が手を取り合ってでっち上げたカバー・ストーリーであって、真実じゃない。

 

「実際はテロだよ、『暁の空』は犯行声明を動画サイトにアップロードしたが、それもアップロードされ次第全部消させてる」

 

 裏でどれだけの金が動いているのかは知らんが、それで外国資本の企業にも圧力をかけられるほど、魔法少女という存在は外交カードとして極めて強力なものでもある。

 極論ではあるが、俺たち特級魔法少女五人が揃えば大陸間弾道弾だって無力化できるし、それより強力なブツもそうだ。

 逆に、大都市や、小さな国であれば丸々一つ更地にすることだって容易いだろう。

 

 だからこそ、魔法少女という存在は、厳重に国の管理下に置かれているのだ。

 そんな話はともかくとして、無茶苦茶だろうがなんだろうが、とにかく急造品のカバー・ストーリーで隠さなきゃならない事態が起きたってことは、必然的にそれは国を揺るがしかねない問題だということになる。

 さっきの話と照らし合わせれば答えは簡単、「魔法少女がテロ組織を相手に殉職もしくは大怪我を負わされた」というのが、今回の案件の真相だった。

 

「……そ、それって……どう、いう……」

「……先日、地下鉄を狙っての銃乱射予告を受けて対応に当たった三級魔法少女が二名、『暁の空』によって殺害された」

 

 幸い、遺体は回収できたがな。

 大佐は飄々と肩を竦めながらも、その瞳に激しい怒りを滾らせて、俺たちに事の真相を告げる。

 遺体を回収できたってのは本当に不幸中の幸いとしかいいようがなかった。だが、それでも人が死んでいることに変わりはない。

 

 それに、なぜ通常の銃弾程度であれば容易く跳ね返すことが、出力によっては機関銃の掃射にも耐えうるような魔力障壁を持つ魔法少女を、いってしまえば、ただの武装勢力に過ぎないテロ組織が殺害できたのか。

 例え三級魔法少女であったとしても、普通の人間を相手にするにはオーバーキルだ。なのに、どうして。

 四人の間でにわかに動揺が広がる中で、俺はただ、スクリーンに映し出される光景を注視していた。

 

「それを踏まえた上でこの映像を見てくれ、生き残った二級魔法少女が持ち帰ってきた記録だ」

 

 先ほどまでの鮮明なものから一転して、ノイズ混じりのものをプロジェクターが映し出す。

 魔法少女が装着しているデバイスに自動で録画されたものなのだろうが、ノイズがひどいのは戦いの中で破損したのだろう。

 それでも、そこには確かに下手人の姿が映し出されていた。

 

「人間……? それにしては大きい気がー」

「三メートルはあるわね」

 

 由希奈と葉月が声を揃えて小首を傾げる。

 黒いトレンチコートに身を包んだ「それ」は、確かに人の形をしていたが、その身長は葉月の目算通りに、三メートル近くあった。

 魔法を撃ち出すよりも早く、魔法征装を使用するよりも早く、その三メートルのヒトガタは、無機質に指先を魔法少女たちに向けて、そこから鉛弾を吐き出す。

 

「……魔力障壁、が……」

「これ、どういうことなんですかぁ……?」

 

 そこから先に記録されていたのは、特級魔法少女四人であっても信じられない光景だった。

 ヒトガタの指先から吐き出された鉛弾は、確かに殉職したと思しき三級魔法少女の魔力障壁を突き破り、心臓を寸分の狂いもなく撃ち抜いていたのだ。

 あり得ない。誰ともなく呟いたその言葉が、動揺を波紋のように広げていく。

 

 だが、俺たちは知っている。

 魔力障壁に対抗できる手段の存在を、そしてそれは、普段から馴染んだものであることを。

 

「……魔術兵装、か?」

「考えたくはないが、恐らくはその通りだよ。西條千早」

 

 俺の言葉を、大佐が静かに肯定した。

 魔術兵装。それは主に三級から二級の魔法少女から供出された魔力を物質に付与することで、擬似的に魔法征装を再現した、「M.A.G.I.A」開発の兵器だ。

 魔力のぶつかり合いとなれば、より強い魔力を持つ者が勝つ。つまり、あのヒトガタは、三級魔法少女を超える力を持っているということになる。

 

「……組織の中に内通者がいると防衛省は考えているが、それは早計だ。いるとすれば諸君らが候補になるからな。だが、諸君らの行動履歴は端末を通して全て『M.A.G.I.A』が把握している。つまり」

「……外部に、魔術兵装を再現できる何者かがいると?」

「わからんよ。防衛省の中か、あるいは『M.A.G.I.A』や公安の中かもしれん。だが、魔法少女を殺害したことで、『暁の空』が勢いづくことは間違いない」

 

 ──そこで諸君らの任務として、当面は特種非常事態宣言が出ない限りは、「暁の空」と、奴等が有するヒトガタの確保を第一優先事項として取り扱う。

 

 大佐はそう宣言すると、今度は削除された「暁の空」による犯行声明のアーカイブを再生した。

 

『真の日本人たる諸君! 我らの悲願はまた一歩成就に近づいた! 腐り切った政府の傀儡である魔法少女、それに対抗する手段を得た我々は、今後とも粛清を続けていく! それこそが真の日本の解放に繋がると信じて! 暁の空に我らが栄光を掲げる時は近い! 奮起せよ! 共鳴せよ! 魔法少女、恐るるに足らず! 我らは真の日本の解放のため、今後とも腐り切った権力の走狗を粛清する!』

 

 粛清、ね。

 言葉は立派に聞こえるかもしれないが、中身はただふわっとしたことをそれっぽく言ってるだけの演説だ。

 そんなやつらに、これ以上好き勝手をさせてたまるものかよ。

 

 俺はぎり、と拳を固めて、骸骨の被り物をしている「暁の空」の首謀──ということになっているやつを睨み付けていた。

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