第13話 公式アカウントの運用は難しい

 鍵開けという作業は、面倒どころの話じゃない。

 夜遅くまで残ってからわざわざ朝早く起きて開店前に店まで行って鍵を開けて諸々の確認を済ませて、と、任される作業も多ければ、鍵そのものの管理義務も負わされるんだから、俺の中じゃやりたくない業務ナンバーワンだ。

 だから前世じゃシフト制のバイトで、なるべく遅番と早番は避けてたんだが、フリーターの身分でも一応仕事を任されてるってことで大人の事情が絡んでくる都合、完全に避けることはできなかった。

 

 だが、なんの因果かこの世界でも表向きの身分は喫茶店でバイトしてる女の子、として通っている都合上、鍵開けは分担して行うことに決まっていたのだ。

 いっそのこと、俺としてはそこら辺も大佐に丸投げしちまいたいところだった。

 ただ、「M.A.G.I.A」の任務と役人との折衝やらなにやらを一身に背負っている状態で店の鍵開けまで一人で担当してたら胃に穴が開くか、最悪過労死ルート一直線だろう。

 

 それで大佐に過労死されました、なんて話になったら、俺としても困るし、この世界にとっても大いに困る。

 だから、嫌でも多少の面倒は負わなきゃならんのだ。

 大人の事情ってのは実に世知辛いね、早く大人になりたいと思ってた子供の頃の自分はなんと愚かだったことか。

 

 そんな事情で俺は、朝五時起床で身支度を整えて、「間木屋」の鍵を開けていたのだ。

 スキンケアやら、あれほど苦戦していたブラの着け方に関してはもうすっかり慣れてしまった。なんなら、髪型のアレンジとかコスメ類についてもちょっと調べてみたりとかしている。

 女子力が日に日に上がっていくのを感じるが、中身は野郎なんだよなあ。調べ物好きが高じてその内中身も侵食されていったら、流石に洒落にならんな。

 

「ただでさえ『俺』が『俺』だって実感薄くなってきてんのにな……」

 

 この前の臨界獣による襲撃から大体一週間ぐらい、その間は束の間の平和を味わっていたわけだが、この世界における「俺」が、他人からどう認識されているかについては、あくまで「西條千早」ということに変わりはない。

 その間も「間木屋」は営業していた都合上、ずっと外向けには「西條千早」のロールプレイをし続けてきたわけで、役者が役に飲まれるという感覚が心から理解できた。

 このまま自我を「西條千早」に侵食されるってことはないと信じたいが、自分が自分じゃなくなっていくってのは案外怖いものなんだな。

 

 胸の奥でわだかまっている不安を拭い去るように俺は、前世でやっていたのと同じように開店準備を整える作業に没頭する。

 鍵開けよし、店内清掃よし、食材の納品確認よし。

 食材に関してはキッチン担当のまゆが来たらバトンタッチすればいいとして、我ながら中々の仕事っぷりだ。

 

 まあこの喫茶店、どうせ客来ないんだけどな。

 たまに向かいの店が休みだった時とか、ふらりと立ち寄ってみたって感じの客が来る時もあるにはあるが今日も「間木屋」は絶賛開店休業中だ。

 裏の事情はともかくとして、血税の源泉掛け流しで営業しているメイド喫茶が常に赤字の閑古鳥とか、国民が聞いたら暴動もんだよな、本当に。

 

 そんな具合に俺がモップの柄に顎を乗せて暇そうにしていると、裏口の方から控えめに顔を覗かせたこよみがおどおどと頭を下げる姿が目に映った。

 

「……ぁ……さ、西條、先輩……おはよう、ございます……」

「おはよう、こよみ」

 

 こよみが早く来るってのも中々珍しいな。

 この一週間、俺はゲームの中じゃスキップされて飛んでいた時間を過ごしていたわけだが、設定資料集に書いてある通り、鍵開け当番じゃない時のこよみは来店が遅い方だった。

 なんでも、朝が弱いというか日差しに弱いというかそういう事情が絡んでいるらしいから、仲の悪い葉月以外は気にしてないみたいだが、珍しいもんは珍しい。

 

「今日は早いな。其方は鍵開けの当番ではなかったはずだが」

「……ぁ、ぇ、えっと……わたし、その……お手伝いが、したくて……」

「手伝い?」

 

 思わず目を丸くして、俺はおうむ返しにこよみの言葉を復唱した。

 鍵開けは面倒でこそあるが、猫の手も借りたいってほど忙しいわけじゃない。

 それでも自分から手伝いを申し出てきたってことは、こよみにはこよみなりの理由があるってことなんだろうな。

 

「……は、はい……わたし、皆の役に立ててない、から……少しでも、頑張ろう、って……」

 

 なるほどな。

 これは、俺が原作通りに死ななかったことによる弊害みたいなもんだろう。

 原作だとそういうことを気にする間もなく、こよみは最前線に駆り出されて精神を擦り減らしていく運命にある。

 

 その過程で副次被害やらなにやらを出しながらもその戦いぶりが認められて、段々特級魔法少女たちと心の距離を縮めていく、ってのが「魔法少女マギカドラグーン」の筋書きだ。

 まあ、心の距離を縮めていったところで特級魔法少女たちは皆死んでいくんだけどな。トゥルーエンドでもこれなんだから本当に人の心がねえ。

 そんな話はともかく、俺……というか、西條千早がある種チームリーダー的な役割を負っている都合、俺が生きてる限りこよみは肩身が狭いままってことだ。

 

 だから、少しでも俺たちの役に立とうとしているのだろう。

 その辺は俺がなんとかしていかなきゃいけないとこなんだが、そこで腐らずに、自分にできることを探して行動しようとしているのは、なんというか偉いな。

 気弱で泣き虫で人見知りでと三拍子揃っているこよみではあるが、芯の部分でそういう強さを抱えているからこそ、この世界の主人公なんだろう。

 

「ふむ……店内の清掃は一通り終えてしまったが……」

 

 その気持ちには応えてやりたいとはいえ、一連の作業は終わっちまってるんだよなあ。

 食材の管理についてはまゆが一任している以上、それを割り振るわけにもいかないし、かといって他にできることがあるかといえば。

 パーカーのフードを目深に被って項垂れているこよみを一瞥しながら、考える。

 

「……ぁ、わたし、迷惑……ですよね……」

「まさか。ふむ……ああ、そうだ」

 

 そういやできそうなことといえば、あるにはあったな。

 俺はメイド服のポケットから取り出したスマートフォンで、これまた開店休業状態な、「間木屋」公式SNSアカウントを確認する。

 すごいな、全くといっていいほど更新されてねえ。やる気もなければ客が増えても困るから仕方ないといえば仕方ないんだろうけどな。

 

「このアカウントはほとんど動いていないからな、宣材写真を撮るのも悪くあるまい」

「宣材、写真……」

「制服に着替えてくるといい、開店まではまだまだ余裕がある。閑古鳥が鳴いてるこの店にも少しは客が来るようになるかもしれないぞ?」

 

 なんせメイド服を着た美少女のツーショットだ。一定の層に訴えかける力はある。

 勝手に公式アカウントを動かしていいのかは知らんが、あとで大佐に事後承諾を取ればいいだろう。

 俺からの提案に、こよみはもじもじとフードを目深に被り直しつつも、小さく「はい」と返事をすると、バックヤードへとぱたぱたと走っていく。

 

 しばらくモップの柄に顎を乗せてぼんやりしていると、クラシカルなメイド服に着替えたこよみが、ホールに戻ってきた。

 

「……お、お待たせ……しました……」

「問題ない、よく似合っているぞ」

 

 ふわふわとウェーブがかかった銀髪のロングヘアに、あどけなく、大きな赤い瞳という日本人離れした美貌を持つこよみがメイド服を着てるんだ、よく考えなくても可愛い。

 大和撫子、という言葉が似合う「西條千早」とはいい感じに対称性が出ていいかもしれないな。

 早速、善は急げとばかりに俺はスマホのカメラを自撮りモードに切り替えて、こよみの肩を抱き寄せる。

 

「くすぐったくはないか?」

「……は、はい……っ……」

「そう緊張しなくてもいい。さて、撮るぞ」

 

 ぱしゃり、と音を立てて、不器用な笑顔を浮かべた俺たちが画面の中に写し出された。

 営業スマイルとしては大体六十点ぐらいだが、こよみのぎこちないながらもピースサインを形作っている指先とか、そういう営業っぽさを感じないところに惹きつけられる客はいるのかもしれない。

 というか、常連の由梨さんがそんな感じだしな。

 

 と、片手間にそんなことを考えながら撮った写真にそれっぽい文言をつけて公式アカウントへとアップロード。数秒と経たずにアカウントの投稿欄が更新される。

 ぶっちゃけ反応があるかどうかは知らん。

 まあ、こういうのは気長にやってくのが肝要なのだ。あんまり繁盛しても困るといえば困るんだが。

 

 でもまあ、こよみがどことなく満足そうにしてるからいいか。

 繁盛したらしたでお上が人員の追加とかも検討してくれるだろう。多分、きっと。

 公式アカウントを見て、反応がないかとそわそわしているこよみの可愛らしい姿に俺もまた、自然と口元が緩んでいた。

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