第12話 飄々とした上司ポジションって大体胡散臭いよね
心頭滅却すれば火もまたどうのこうのと昔の人は言いました。
そして最初からやましい気持ちはどこにもない、ただ頼れる先輩として和解フラグを少しでも前倒しにするため、俺は特級魔法少女五人組で仲良くシャワーを浴びにきたわけだが。
なんというか、あれだ。可視化されると気まずいものってあるよな、色々と。
「こよみちゃん、身長低いのに出るとこ出てて羨ましいよねー」
「……ぁ、ぇ……そ、そんな……わたしなんて、ちんちくりんで……」
「そんなことないですよぉ、まゆもちょっと妬いちゃいますぅ」
トランジスタグラマーって、もう死語か?
からかうように笑う由希奈と、自分のそれも結構なものをお持ちなのに冗談を飛ばすまゆの二人に挟まれたこよみは、確かに二人よりも身長が低いのにもかかわらず、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。
俺よりデカい。なにとは言わんが。
「……なによ秘密兵器、同情のつもり?」
「……ち、違……そんな……」
「……だったらこっち見ないでよね、ムカつくから」
そんな具合に可視化されると面白くないのが葉月だということを俺は完全に失念していたわけだった。
いやまあ、あの場面でこよみか葉月をハブってシャワー浴びます、なんて選択肢を選んだらそれこそ余計に気まずいから不可抗力だと信じたい。
スレンダーという言葉がそのままそっくり当てはまる葉月も、トータルバランス的なスタイルって意味じゃ抜群だと思うんだけどな。いわゆるモデル体型ってやつだ。
それでも、隣の芝はなんとやらなのだろう。
わかっている。人間、持ってないものを目の前に出されると無性に羨ましくなったりするものだ。
さして引く理由もないからと自分を誤魔化していた傍らで後輩がピックアップされてたSSRを単発で引き当てた時の如く、それにつられて回したら全てが虚無に終わった時の如く。
そんな与太話はともかくとして、経緯こそ多少違っても葉月の気持ちはわかっている。
だからこそ、ここはフォローの一つや二つ飛ばしておくべきなのだろう。
そう判断した俺は、小さく咳払いをしながら声を整える。
「自信を持て、葉月」
「……先輩」
「此方からすれば、其方の細い手足が羨ましく見える。そういうものだ」
俺こと西條千早もスタイルは悪くないんだが、若干筋肉質だからこう、なんというか華奢な、って言葉が似合うような体型じゃない。
そんな言葉がこの場にいる誰より似つかわしいのは、紛れもなく葉月にしかない特権だ。
美しいとか可愛いとか、そういうふわふわとした言葉は人の数だけ解釈がある。もちろん最大公約数的なものが存在することも否定しないが、他人とわざわざ比べるようなもんじゃないと、俺はそう思う。
「……先輩もそういうこと、気にしたりするんですね。てっきり全然気にしてないって思ってました」
「隣の芝はいつだって青く見えるものだぞ? 此方とてそう思うことはいくらでもある」
「そうですか……そっか。アタシ、自信持っていいんだ」
コンプレックスを解消するのは難しい。
でも、そのコンプレックスが他人から見ればひどく美しく輝く宝物に見えたりもするんだから、世の中ってのはわかんないし割り切れないもんだよな。
まあ俺も由希奈もまゆもそれなりにデカくてこよみも更にデカいとくればそりゃ年頃の女子としちゃ複雑だろう。
「おー、めっちゃ柔らかー……無限にマシュマロ揉んでるみたいー」
「ひゃ、や、やめ……」
「まゆも葉月も揉んでみなよ、こよみちゃんの乳、めっちゃ柔らかいから! あっこれめっちゃ人をダメにするタイプの温もりー……」
「……ぴゃああああ……」
俺と葉月がそんなやり取りをしている間に不埒な輩もいたらしく、シャワー室に、無限に胸を揉まれていたこよみの鳴き声じみた悲鳴が木霊する。
なにしてんだお前は。
由希奈をこよみから引き剥がして、俺はポニーテールに結わえていた髪ゴムを解いて溜息をつく。
「由希奈アンタね、本当やめなさいよ」
「でもでも葉月、しょうがないじゃーん?」
「なんもしょうがなくないわよ、ったく……秘密兵器、アンタに初めて同情したわ……」
耳まで真っ赤になって蹲っているこよみに、一足先にシャワーを浴びていた葉月が心から同情の視線を向ける。
雨降って地固まる、とはまた違うんだろうけど、和解フラグの前倒しとしては結果オーライ……なのか?
いや、どっちにしてもひたすら由希奈に乳を揉まれていたこよみが不憫で仕方ないんだが。例え同性同士であろうとセクハラは成立するんだぞ。
「その辺りにしておけ。全く……」
「そうですよぉ、人が嫌がることしちゃダメなんですからぁ」
「はいはーい……以後反省する所存でありますー」
俺とまゆの二人に詰られた由希奈は雑に敬礼のポーズを取って、髪を解きながらそう返す。全然反省してないだろお前。
そして、そろそろ立ち直ったのか、それでも警戒心マックスといった風情で胸を左手で覆いながら、こよみも間仕切りが設けられたシャワーの一つに陣取って蛇口を捻る。
銀髪に赤い瞳という、どことなく神秘的な美しさを感じさせる見た目をしたこよみがシャワーを浴びてると、なんか妖精の水浴びみたいだな。
「……西條、先輩?」
「ああ、すまない。つい其方の可憐さに見入ってしまっていてな。やはり隣の芝は青く見えるものだ」
やましい目で見ていたわけじゃないが、間仕切り越しに注がれていた俺の視線に気づいたこよみは、警戒心も露わにそう言った。
勘違いされそうだったから、慌ててそれっぽい言い訳を口にしたのはいいとして、言い訳を考えてる時点でそもそもアウトなんだろうか。
とにかく、やましい気持ちがあったわけじゃない。これだけははっきりと真実を伝えたかった。
「……可憐、ですか……?」
「端的に言えば、可愛らしいということだ」
「……可愛い……ですか……? わたし……? えへへ……」
衝立からひょっこりと顔を出したこよみが、頬を緩めて柔らかくはにかむ。
とりあえずはなんとか乗り切れたようだ。
これ以上余計なことをすると、またなにか余計な問題になりかねん。俺もまた無心で蛇口を捻って、熱めの温度に設定されたお湯を浴びながら、汗を洗い流していく。
「そういえば先輩、なにか思うところとかないんですかー?」
身体を洗いながらお湯の気持ち良さに浸っていると、藪から棒に、隣のシャワーを浴びていた由希奈がそんなことを問いかけてくる。
「思うところ?」
「店長……じゃなかった、隊長のあの態度、ぜーったいなんか隠してると思うんですよねー、私」
由希奈はボブカットに切り揃えたプラチナブロンドの髪の毛を洗いながら、そんなことを言ってのけた。
なるほどな。由希奈らしいというか、大佐のことをよく見ている。
申し訳ないがあの人が胡散臭いというのは確かなことで、なにかを隠してるってのも本当だ。
臨界獣絡みのこと、魔法少女のこと。
だが、それについては俺も同罪だ。
それでも大佐のことを擁護するんだったら、真実を知るにはタイミングと、相応の覚悟がいる、という話になってくることだろう。
「……なにかを隠すというのは、そこに相応の理由があると此方は考えている」
「理由、ですか」
「天の時、地の利、人の和……物事というのはなすべき時が必ずある。大佐はその時を待っているのやもしれないな」
「いつかは話してくれるー、ってことですか」
「そうなるな」
今はまだ、その時じゃない。言ってしまえばそういうことだ。
こんな感じのセリフを言うNPCに、一々勿体ぶってないで洗いざらい知ってることを吐けよとは思っていたが、いざ自分がそういう立場になると、そうとしか言いようがないんだから笑えてくるな。
真実を知るのが必ずしもいい方向に物事を運ぶとは限らない。答えを最初から知っていることが、必ずしも幸福に繋がるとは限らない。
だからこそ、今はまだ。
ドミノ倒しの如く、全てが崩れてしまわないように、この死亡フラグ満載のクソゲー世界を綱渡りしていることを思い返しながら俺は、未だ褒められたのが嬉しいのか、頬を緩めているこよみを一瞥した。
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