第11話 友好フラグは前に倒す

「とりあえずはよくやってくれた、六十に相当する臨界獣の群れとデモン級二匹……諸君らの働きで都市部への被害は格段に抑えられたとは思いたいがね」

 

 マスコミやらなにやらが群がってくる前にさっさと現場から退散した俺たちは、秘密基地ことメイド喫茶「間木屋」に帰還していた。

 事後処理なんてもんは防衛省やら自衛隊に丸投げだ。

 戦線に投入されたのが特級魔法少女にしろ三級魔法少女にしろ、戦いの後始末に関しちゃ、国家レベルの存在が動かなければ話にならない、というか俺たちにできることがない。

 

 敵を細切れにすることぐらいはできるだろうが、それはそれで処理がめんどくさいし、なにより活動限界を迎えた臨界獣の死体は、存在を維持できずに自然消滅していく。

 そこに関していえば、二枚下ろしにしようが微塵切りにしようが大して変わらん。

 問題なのは、やつらや俺たちが暴れたことで生じる街への副次被害の方だ。

 

「……此方としては可能な限り副次被害を抑えたつもりだ。『雷帝招来』を使ったのも必要だと判断してのことだが」

「わかってるさ、だが、まあね……とりあえず、お偉方への言い訳は俺が考えておこう。西條千早」

「助かる」

 

 それが仕事だからな、と嘯く店長こと大佐の顔には中間管理職の悲哀とでもいうべきものが漂っていて、立身出世ってのもいいことばかりじゃないと身につまされるものがあるな。

 立場が上がれば、敵もまた外だけとは限らなくなる。

 獅子身中の虫ってのは、どんな組織にもいるもんだ。バイトだろうが会社員だろうが政治家だろうが軍人だろうが、古今東西を問わずして中間管理職ってのは上からも下からも板挟みになるつらい立場なのだ。

 

 かといって、現場が気楽かといわれれば、そんなことは全くないんだが。

 魔法少女の殉職率は、存在が希少なのにもかかわらずそれなりに高い。

 この間ピグサージへの威力偵察を行ってそのまま帰らぬ人となった名前も知らない三級魔法少女をはじめとして、過酷な任務を振られて死んでいくケースもあれば、適正クラスの任務でもなにかしらの理由でやっぱり死者は出る。

 

 だったら全部の任務を俺たち特級魔法少女が請け負えば済む話じゃないかといわれそうなもんだけど、特級魔法少女は国の切り札みたいなもんだし、メタ的にも死ぬ時は死ぬってことに変わりはない。

 だから、国としてはなるべく温存しておきたいってのが正直なところで、頻繁に俺たちが出撃している現状が異常なのだ。

 そこら辺は薄々察していたのか、俯いていたこよみがおずおずと手を挙げながら、大佐に向けて問いかける。

 

「……そ、その……あの……えっと……最近、は……特種非常事態宣言が多い、ような……」

「そうだな……『穴』から現れる連中の数も質も以前より上がっている。ピグサージの件といい、今回といい、例外が続いただけと見るのは危険だろう」

 

 鷹揚に頷きながら、大佐はうむ、ともふむ、ともつかない唸り声を上げる。

 

「つまり、どういうことですかー?」

「現状だとまだ、何を言ってもおれの憶測に過ぎないよ。『M.A.G.I.A』から分析データは回ってくるだろうから、それを踏まえて慎重に動向を見極める必要がある……今はそういう時間だ。諸君らは引き続き警戒しながら戦ってくれればいい」

 

 のらりくらりと由希奈からの質問を躱して、大佐は大袈裟に肩を含めてニヒルな笑いを口元に浮かべてみせた。

 実のところを言ってしまうのであれば、臨界獣の侵攻は無軌道に、無計画に行われているわけじゃない。

 やつらには、設定資料集とゲームでの描写を照らし合わせる限り、恐らく意図がある。ただ、それを話して信用してもらえるだけの判断材料や証拠となるデータが、まだないというだけのことだ。

 

 ──俺にも、大佐にも。

 

「先輩?」

 

 小さく俯いていた俺の様子に気付いたのか、眉を逆立てていた葉月が心配そうにしながら、俺の瞳を覗き込んでくる。

 さっきまでどことなく苛立っていた様子だったのに、なんというか随分と切り替えが早いな。

 できることならこよみとさっさと和解してもらった方がいいんだが、こればかりは、ルートの終盤に行くまで難しいのだろう。

 

 世界の強制力的なものがそうさせているのか、あるいは俺というイレギュラーが生き残ってしまったことで、歴史の流れが狂い始めているのか。

 そのどっちが正解なのかは生憎わからない。

 ただ、どちらにしても狂うんだったら少しでも二人の和解が早まる方に転がってほしいもんだと願いつつ、俺は葉月からの問いに答える。

 

「……こよみと大佐が言った通りだ。敵の数も質も以前より上がっているのならば、此方も警戒を怠らないようにせねばと思ってな」

「……そうですか、まあ……そうね。そうですね……秘密兵器に先越されたのはイラつくけど、タイプ・ガーゴイルを叩き潰した時の手応えとか、明らかに違ってましたし」

 

 親指の爪をかじりながら、葉月がそう零す。

 東雲葉月という女は俺、というか、西條千早に対しては素直なんだよな。

 むしろ嫉妬を向けるのはポジションが微妙に被ってる近接担当の俺でもおかしくないというのに。まあ、事情が事情だから仕方ないんだろうけどな。

 

「先輩の言う通りだよー? あんまカリカリしすぎてると、胃に穴空いちゃうかもよー?」

「アンタは呑気すぎんのよ」

 

 茶化すように煽り立てた由希奈を睨みつけた葉月は、怒り半分呆れ半分といった風情で肩を落としながらそう返した。

 呑気ってわけでもないんだろうが、まあ由希奈と葉月は喧嘩するほど仲がいいってやつだからな。

 気にしすぎたら胃に穴が空くってのも間違ってないだろうし。

 

「まあまあ……とりあえず、シャワーでも浴びませんかぁ? 戦いで、大分汗かいちゃいましたしぃ……」

 

 こよみがおろおろと二人の間で視線を行き来させているのを見かねたのか、苦笑しながら仲裁に入ったまゆがそんな爆弾を落としていく。

 さいですかぁ、と間延びした口調に引っ張られそうになりながら頷きかけたけど、待てよ、シャワーってことは服を脱ぐ必要があるわけで。

 いや、確かに今世の俺は女かもしれないけど中身は違うというかまだまだ感性に意識が馴染んでないし、でも断ったら不自然だし。

 

「そうね……まゆの言う通りかも。大佐、シャワールーム使っちゃっていいですか?」

「構わんよ」

「ありがとうございまーす。それじゃあ行ってきますかー。先輩も行きましょうよー」

 

 ぐい、と俺の腕に腕を絡めて、由希奈はいたずらっぽい笑みを浮かべる。

 まさか中身がバレたってわけじゃないと信じたいけどそこはそれ、シチュエーション的にどきりとせざるを得ない。

 ええい、ままよ。やましいこともやましい気持ちも法的な問題もなにもないんだから、行くしかないだろう。

 

「……うむ。こよみも来ないか? 汗が冷えると身体にも障る」

 

 腹を括って、俺は由希奈の提案を利用する形でこよみにそう呼びかけた。

 裸の付き合いって考え方はカビが生えた古臭いもんだけど、打ち解けるきっかけは多い方がいい。

 俺たちは少なくとも同じ目的の元に集められた、いわば仲間ってやつだ。それがぎくしゃくしたままじゃ、なにかと不便だろう。

 

「……えっ……? あ、はい……わたしも、よければ……その……」

「うむ、問題ない。そうだろう、由希奈?」

「はーい、私はさんせーでーす」

「まゆも、こよみちゃんとご一緒したいですよぉ」

「……わかったわよ、多数決ならアタシの負けなんでしょ」

 

 シャワーぐらいでヘソ曲げんなよ、唇を尖らせた葉月に言いたくなるけど、まあ折り合い悪い相手と一緒に浴びたいかと訊かれりゃ俺もそこは渋い顔になるだろうから気持ちはわかる。

 それでも、庇い合い、助け合い、心から背中を預けられるような関係性を早めに築いておかなきゃ生き残るのは難しい。

 原作じゃ自分のせいで西條千早を死なせた、という罪悪感に押し潰されそうになりながらこよみは戦っていたけど、少なくとも俺は生きている。

 

 猜疑に歪んだ瞳がせせら笑おうと、嘘を言うなと詰られようと、この地獄を吹き飛ばして生き残ると決めたんだ、誰一人欠けることなく生き残ってほしいと願ったんだ。

 だったら、和解フラグの一つや二つ、前倒しになったって問題ないだろう。

 というか、誰に許可を取る必要もない。せっかく生き残ったんだ、この頼れる先輩というポジションを活かして、積極的に前倒ししていく所存だ。

 

 民意に従う形でバックヤードから、地下の更衣室に向けて俺たちは歩き出す。

 葉月とこよみの和解。差し当たって次の目標はこれになるんだろうか。

 そんなことを頭に浮かべつつ、辿り着いた更衣室で俺は心を無にして服を脱ぐ。

 

 ああ、そうだ。

 替えの下着を無意識に持ってきていたのは、女子力高くなってきたのかもしれないな。

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