第5話 俺自身が弾丸になることだ
「ヤツを倒す算段が整った。これより作戦を伝える」
通信を切った俺は、なんとか攻撃を回避している四人に向けてそう呼びかけた。
果たして上手くいくかはぶっつけ本番、失敗すれば、試作品の一つしかないブースターごと俺の命も失われる上に、成功する保証もどこにもないが、理屈の上では倒せるんだからやるしかない。
足りない分は勇気で補えってやつだな。その分俺も、全力を尽くす必要があるが。
「先輩、それって……」
「今から試作型の遠距離展開ブースターが到着する。その後は此方自身が弾丸となってあの臨界獣の制御核を撃ち抜く」
「……いくら千早先輩でも、無茶じゃないですかー、それ。大体、制御機関の位置とか……」
「目算は立てている」
設定資料集に書いてあったからな、とは言えないし、葉月と由希奈が心配するのももっともだ。
ここで俺に求められるのは、いかにそれっぽく、先に用意されている答えを自分で考えたような言い回し、アドリブで伝えるかどうかだ。
ここから先は信じてもらえるかどうかだが、それについてはぶっちゃけ賭けだ。西條千早という女がどこまで信頼されているかだろう。
「あの臨界獣には、光の揺らぎでわかりづらいが、手足がある」
「確かに手足はありますけどぉ……」
「つまり、人の形をしていると此方は解釈した。人の形であれば、制御核がどこにあるか……エネルギーの循環を司る臓器のようなものがそこにあると、此方は考えた」
「先輩、それって……」
ごくり、と葉月が生唾を呑み込む。
「心臓だ」
俺が言い放った一言を受けて、特級魔法少女たちは自分のそれがある位置に手を当てる。
幸い、制御核のデカさについても予習済みだ。外す可能性があるなら、俺がしくじったり怖気付いたりした時ぐらいだろう。
仮説も仮説、どこまで信じてもらえるかは賭けも賭けだが、これに関してはもう西條千早という女のことを、信じるほかにない。
「……あ、あの……っ……」
「……なによ、秘密兵器」
一瞬の沈黙を破って、控えめに、消え入りそうな声を上げたのはこよみだった。
葉月が剣呑な視線を向けたのにもかかわらず、その眦に涙を湛えながらも、毅然と前を向いて深呼吸を繰り返す。
そして、こよみは。
「……わ、わたし、わたしは……西條先輩を、信じ、ます……っ……!」
その言葉が出てきてくれたのは、望外の幸運だったといってもいい。
はっきりいって俺の考察という名の設定資料集から引用してきた答えの先出しは、筋が通っているかいないかでいえば通ってないだろう。
それでも、こよみの口から信じる、という言葉が出てきてくれたのは心強かった。それが俺に向けられた信頼じゃなく、西條千早という女に向けられたものだとしても。
「ま、こよみちゃんに先越されちゃったけど、先輩が言うんだったら……私も信じますよー?」
「まゆもですよぉ……!」
こよみに呼応するかのように、由希奈とまゆも俺の作戦に賭ける意思を表明する。
残るは葉月一人だ。
長距離展開ブースターとの合流時間も迫っている以上、最悪、葉月からの心象が悪くなったとしても、決行するしかない。
「……秘密兵器に先越されたのは最悪だけど、アタシも先輩の作戦に賭けます」
「……感謝する。此方がヤツの心臓を撃ち抜くまで、時間を稼いでくれると助かる」
『了解!』
声を合わせて、囮になるかのように四人は臨界獣ピグサージの前面に躍り出た。
原作じゃチュートリアルで死んでたけど、西條千早という魔法少女は設定通りに相当信頼されていたことがよくわかる。
だったらそれに応えてやるのが、きっと「西條千早」として二度目の生を受けた俺の使命の一つなんだろう。
彼方の空に星が閃くかのように、太陽の光を反射した鋼の翼が飛んでくる。
塗装もろくにされてない、地金剥き出しのそれと相対速度を合わせて空中での装着を行うってのが相当な曲芸なのはわかりきったことだ。
きっと「西條千早」ならそんな曲芸を顔色一つ変えずにできるのかもしれない。
だが、今は俺が「西條千早」だ。
だったらやるんだ、やるしかないんだ、死ぬかもしれないと、泣き言を言ってる暇なんかない。
飛来する長距離展開ブースターを睨みつけ、相対速度を合わせて俺は空を飛ぶ。
「ドッキングシーケンス、スタート……!」
音声認識で承認されたブースターのベルト部分が展開して、俺の腰に装着された。
そして、がちゃり、とロックがかかると同時にブースターの加速が第二段階に突入、音速に迫る勢いで、蒼穹に俺は弾丸となって投射される。
魔力障壁や魔法少女特有の肉体強化があって尚、歯を食い縛らなければいけないレベルの負荷が全身にのしかかってきた。
「……ッ……!」
冗談抜きに死ぬかもしれないと、悪寒が背筋を走る。だが、今は恐怖を踏み倒して、ただ一点を、あの臨界獣の心臓を穿つことだけを考えるんだ。
裏返りそうになる瞳に、前世の記憶を灯してその一点を、ピグサージの制御核に狙いをつけて俺は、駆け抜ける一条の彗星となる。
魔力障壁を前面に、紡錘形に展開、魔法征装を、刀を突き出す。
──狙いは定まった。なら。
「……これで終わりだ……!」
『Pikyooooooooo!!!!!』
甲高い断末魔の声を上げて、形を維持できなくなった臨界獣が崩れ落ちていく。
俺の捨て身の一撃は、あの光の衣を、雷撃を作り出す制御核は寸分違わずぶち抜いていたのだ。
その代償として、魔力障壁の保護を受けられなかったブースターは大破状態を通り越したスクラップと化していたものの、街が更地になるよりは幾分かマシだろう。
『本部より、臨界獣ピグサージの討伐を確認……任務終了だ、直ちに帰投しろ』
通信機から聞こえてきた大佐の声を聞いているのもどこか夢心地で、転生したことそのものも、この戦いも夢だったんじゃないかと思えてくる。
ただ、魔力障壁を絞ってエネルギー体に突っ込むという無茶をやった代償としてひりひりと痛む全身が、これは現実なのだと物語っていた。
それもこれも、全てはこよみが俺を信じてくれたからに他ならない。
ブースターの残骸をパージ。刀を鞘に収めて、腹の底に溜まっていたものをぶちまけるように、深く息を吐き出す。
とりあえずは死ななかった。
原作を外れてしまったことで今後、この世界がどうなっていくかはわからない。でも。
「……感謝するぞ、こよみ」
「……えっ……わ、わたし……」
「其方が真っ先に信頼してくれたからこそ、此方は作戦に踏み切れた。感謝する」
俺はこよみへと頭を下げる。
なにもしてない、とでも謙遜されそうなもんだけど、あの状況で、突拍子もない上にリスクも高すぎる作戦をぶち上げたにもかかわらず、真っ先に俺を信じてくれたのは彼女だ。
頭の一つも下げなきゃ、筋が通らないだろう。
「……わ、わたし……わたし、は……」
「受け止められないのならば今はそれでいい。だが、此方は感謝を伝えたかった。それだけだ」
「……あ、ありがとう……ございます……っ……」
眦に涙を浮かべながら、こよみは柔らかくはにかんだ。きっと誰に遠慮するでも自分を卑下しているのでもない、心からの笑顔。
それが見られたのなら、無茶をやった甲斐もあったってもんだろう。
地上に降り立ってドレス・アップを解除した俺は、今日という日を、今こうして生きていることを噛み締めるかのように空を仰ぐ。
「一時はどーなるかと思いましたけどー、こよみちゃんの言う通り、先輩を信じて正解でしたねー」
「本当ですよぉ……こよみちゃんのファインプレー、ですねぇ」
「……そ、そんな……わたし、は……」
続々と地上に降り立ってきた魔法少女たちが、こよみを取り囲んで、その勇気ある決断を称えていた。
その中でも葉月は少しだけ複雑そうな顔をしていたが、どことなく剣呑さが薄れていたようにも見える。
ふん、と鼻を小さく鳴らして、背を向けるその姿から、和解までの道はまだ遠いことを察しつつも、俺はどこか晴々とした気分で葉月の背中に視線を向けた。
例えこの出来事が葉月の中では俺の、西條千早の顔を立てる意味合いがあったとしても、「自分からこよみを信じた」選択は、きっといい未来に通じてるはずだと、そう信じたい。
今願うことは、ただそれだけだった。
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