第4話 設定資料集の類は読んでおくに限る

『Kyokyokyo……Kyooooooo!!!』

「……あ、あ……ああっ……きゃああああっ……!」

 

 原作通り、パニック状態に陥っていたこよみを狙って、ピグサージが収束させた雷の槍を撃ち放った。

 原作だったらここで俺は、「西條千早」は、すんでのところで敵の狙いに気付き、こよみを庇って死んでいる。

 だがな、それはあくまで不意打ちだったからだ。

 

「……こよみ!」

 

 来るのがわかってりゃ、対処方法なんてもんはいくらでもある。

 雷撃が走るよりも早く、速く、はやく。

 この身が有する膨大な魔力を全力で自己強化に費やした俺は、こよみをすぐさま抱き寄せ、一直線に飛んできた雷槍をギリギリで回避、ビルのガラスに背中を叩きつける結果になったものの、当初の目的は果たしていた。

 

「……さ、西條……先輩……」

「痛ってえ……じゃなかった、こほん。此方に被害は然程ない。其方が無事でなによりだ」

 

 ここで君という秘密兵器を失うことになるのは大きな損失だからな。

 どうして、と開きかけたこよみの唇に表向きの理由を語って聞かせつつ、俺はじんじんと痛む背中を摩る。

 大抵の攻撃やら衝撃を無力化できる魔力障壁まりょくしょうへきがあっても、超高速でビルに背中から叩きつけられればそれなりに痛いもんなんだな、しかし。

 

「先輩、無事ですか!?」

「葉月、此方に問題はない。意識を敵に集中しろ」

「は、はいっ!」

 

 とはいったものの、こいつ相手だと基本的に特級だろうが三級だろうが、魔法少女は焼け石に水というか暖簾に腕押しなんだよな。

 臨界獣ピグサージ。

 明らかにチュートリアルに出てきていい性能じゃないこいつは、前にもいった通りに「ただ一つの例外を除いて基本的に攻撃が通じない」ギミック持ちのボスだ。

 

 そんなやつを原作じゃどうやって倒したのかといえば、雷槍に西條千早がぶち抜かれたことで極限までパニックが加速したこよみが起こした暴風圧で、あいつが纏っている光の衣を剥ぎ取って、そのまま追撃に炸裂魔法で核となる部品を破壊する、という流れだった。

 当然首都圏にクレーターができるし高層ビルも軒並み吹き飛んでいくような、秘密兵器の名に相応しい主人公のチートっぷりが発揮された形だ。

 ただし、事後処理と西條千早を死なせたことによってこよみは大分周囲から責められて、曇っていくことになるけどな。マルチバッドエンドへの第一歩といったところだろう。

 

「こいつ、もしかして魔力による攻撃ぜーんぜん効かない感じです?」

 

 得物を五十口径の二丁拳銃に持ち替えた由希奈が唇の端を引きつらせながら問いかけてくる。

 その間にもトリガーは引き絞られ、魔弾は確かにピグサージの身体を貫通していたが、本当に貫通してるだけで何の効果もなさそうだった。

 まあそうだよ。魔力に限らず通常兵装もあいつの身体を素通りしていくけどな。

 

「ふむ……どうやら其方の考察は当たっているようだ、由希奈」

 

 俺もまた、ピグサージが伸ばしてきた放散型の雷槍を日本刀で斬り落とすフリをしながら回避し、あくまでも由希奈の考察が当たっていたという体で話を進めていく。

 変に真実を語ったとしても信じてもらえないだろうし、第一怪しまれる。

 ここにいるのは西西。中身はあくまでこのクソゲーをやり込んでいた俺に過ぎない。

 

「なにそれ……じゃあどうやって倒すのよ、コイツ!?」

 

 魔力による射撃もダメ、打撃もダメ、斬撃もダメでおまけにデバフで削り殺そうにもシリンジは刺さらないと来れば、いかに特級魔法少女であってもお手上げするしかない。

 じゃあどうやってこいつを倒せばいいのかと、葉月が行き着いた疑問は至極真っ当なものだ。

 基本的に特級だろうが三級だろうが魔力も物理も暖簾に腕押し、糠に釘。だが、本当にこよみが全力を解放するしか倒す方法がないような敵をチュートリアルに配置したのなら、開発陣は性格が悪いどころの騒ぎじゃない。人の心がない。

 

 そう、こいつに対する攻撃にはちゃんと「ただ一つの例外」が設定された上で、原作では西條千早が死んだことによってそれが実現できなくなったから、こよみが全力解放せざるを得なかったのだ。

 つまり、俺が生きていれば勝機はある。

 負けイベ寸前のクソゲーだろうがなんだろうが上等だ、こっちは死にたくもなければ死なせたくもないんだよ。

 

「落ち着け、葉月」

「でも、先輩!」

「……アレが本当に無敵であれば、此方も音を上げていただろう。だが、本当にそうなのか?」

 

 絶え間なく放出される電流を回避しながら、俺はあくまでも考察という体で、設定資料集に記されていたピグサージの攻略方法を語るための口火を切る。

 

「……つまり、どういうこと……ですかぁ?」

 

 まゆは、電流を回避しつつ間延びした声でそう問いかけてきた。

 訊いてくれるのは大いに助かる。こっちとしても話しやすくなるからな。

 

「そうだな……あれだけのエネルギーを、ヤツは一体どうやって制御している?」

「それって……まさか」

「肯定だ、由希奈。此方はあの臨界獣にはなんらかの制御機関が存在していると見た」

 

 そう、こいつの正攻法は、体内に存在する電流と光の衣の制御機関を破壊することなのだ。

 とはいえそれが高層ビルと肩を並べられるような巨体のどこに埋まっているかという話になってくるし、どうやって光の衣を引き剥がさずにその制御機関を破壊するかという問題もある。

 だが、制御機関の位置についてはこちとら設定資料集を穴が開くほど読み返して予習済みだ。

 

 あとは、それを破壊するための手段だが。

 左耳に装着している通信機を起動して、俺は作戦本部こと喫茶「間木屋」の地下ブリーフィングルームに陣取っているであろう大佐とホットラインを繋ぐ。

 

「此方西條。本部、聞こえているだろうか」

『聞こえている。君たちの戦いはモニターしていたが……こいつは厄介にも程がある。今、上層部が中原こよみの魔法征装を解禁するかどうかの会議中だが、それまでに時間は稼げるか?』

 

 どうやら俺が生存しても、世界の強制力とかそんな感じのなにかでこよみが全力を解放して倒す流れになりかけているらしい。

 流石はマルチバッドエンドのクソゲーだ。

 これはどう考えても俺が死ななくたってこよみが後ろ指さされて曇るパターンじゃねえか。

 

「上申する。その必要はない」

『……なんだと?』

「繰り返す、その必要はない。アレは此方だけで対処可能だと踏んでいる」

 

 通話の向こうで大佐がどんな顔をしてるのかはわからんが、まあ渋い顔になってることだろう。

 俺だけで対処可能といっても、防衛省の上層部にその理由の説明だとか手段の申請だとかをやらなきゃいけないのは大佐だから仕方ない。

 名目上俺たち魔法少女を統括する機関である「M.A.G.I.A」は独立した作戦権限を持っている体だがそこはそれ、大人の世界で、中間管理職の悲哀ってやつだな。

 

『……その方法であれば、こちらが想定している副次被害よりも都市部へのダメージは抑えられるのか?』

「肯定する」

『……わかった。そっちの提案を聞こう』

 

 もしもそんな夢みたいな方法があるならな、と続けなかったのは大佐の良心だろう。

 この状況下で奇跡の逆転満塁ホームラン、盤面をひっくり返す方法があるなんて言われても、普通だったら胡散臭くて取り合わないことだろう。

 俺が原作未体験で大佐の立場だったら間違いなくそうしている。

 

 だが、大佐はそんな胡散臭い提案を呑んでくれたんだ。

 だったらあのチュートリアルに出てきていいような存在じゃないクソボスを全力ではっ倒す他にない。

 幸い、雷撃にはパターンがあることを見切ったのか、四人の特級魔法少女たちが防戦一方とはいえ負傷することはなさそうだ。

 

 彼女たちが隙を作ってくれている間に、この作戦を成功させる。

 それが俺に与えられた第一のミッションなのだろう。

 

「此方は試作式遠距離展開ブースターの使用を要請する」

『……なんだと?』

「試作式遠距離展開ブースターの使用を要請する。現物は既に置いてあるのだろう」

 

 特級魔法少女が必要とされるような事態は今のところ東京以外では発生してしていないものの、もしもの時を想定して、特級魔法少女の魔力消費を抑えつつ遠方に飛ばすためのユニットが、地下格納庫には置かれている。

 ただそれはあくまで試作品で、実際に動かしたことは一度もないし、ゲーム終盤に至っても日の目を見ない哀れなメカだ。

 だが、設定資料集の端っこに書かれていたそれこそが、勝利の鍵に他ならない。

 

『どうするつもりだ、西條千早?』

「此方が弾丸となってヤツの制御核を破壊する」

 

 魔力障壁を前方に集中させて、光の衣を突き破り、ブースターの速度を乗せた一撃で制御核を破壊する。

 そんな特攻紛いの戦術が唯一設定されていた正攻法だとか、冗談みたいな話だ。そんなやつをチュートリアルに配置するんじゃねえよ。

 クソゲー特有のガバガバなバランスに内心で文句を百万回ぐらい唱えつつ、俺は大佐からの返事を待った。

 

『……上層部にはこちらからかけ合っておく。今一度訊くぞ、君を信頼していいんだな?』

「肯定する」

『了解した。ドッキングに関しては』

「空中でのぶっつけ本番なのだろう。やってみせるさ」

 

 本来は地上で装着しなきゃならないユニットと空中でドッキングを行うとなれば、その難易度は筆舌に尽くしがたいものになるんだろうが、勝利の道がこれしかないなら、こよみを不幸にしない道がこれしかないなら、やってやるさ。

 

『……健闘を祈る。ブースター射出! 到着予定時刻を転送した、チャンスは一瞬だぞ!』

「感謝する。必ず……やり遂げるさ」

 

 それがどんな、茨の道であったとしてもな。俺は拳を固めて、腕時計型のデバイスに表示されている、試作型ブースターとの合流時刻を一瞥した。

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