第3話 チュートリアルでクソみたいな敵を出すな

 臨界獣りんかいじゅう

 それは「界震ヴァイブレーション」と呼ばれる現象によって時空間に開けられた「穴」から現れる存在につけられた呼称にして、魔法少女の敵に他ならない。

 臨界といっても、物騒なものを体内に埋め込んでるとかそんなことはなく、ただ「異界」から「臨む」という意味で名付けられている存在だ。

 

 今まではアニメの中にしか存在していなかった魔法少女たちが現れたのは、この臨界獣に対してこの地球という惑星が発動させた防衛機構の発露であり、超常の力を持つ魔法少女こそが人類の希望──というのがあくまで表向きの話。

 実際はもっと生々しい事情があるんだが、概ね「臨界獣に対抗できるのは魔法少女だけ」という点においては間違っちゃいない。

 そして特種非常事態宣言というのは、「特級魔法少女が出撃しなければいけないほど厄介な臨界獣の出現」を意味している。

 

 ピグサージと、個体名が名付けられたそれは、捕食するように電線をバリバリと引きちぎって噛み砕きながら、既に配備されていた自衛隊員や少なくとも二級以下の魔法少女を黒焦げの肉塊に変えていく。

 わかっちゃいたが、ここはゲームの世界であっても、ゲームそのものじゃない。

 臨界獣が暴れれば死人が出る。死人が出れば、悲しむ誰かがいる。

 

 このチュートリアルで死ぬことが運命づけられている俺こと西條千早もその一人で、画面の前で見ていればそれは他人事のように受け流せたのかもしれない。

 だが、これは現実だ。俺自身が、命をかけて戦わなければいけないのだ。

 怖気付いたか? 脳内に零れて落ちた言葉が反響する。

 

 ──まさか。

 笑って俺は、それを否定した。

 生憎、転生特典のチートなんてもんはない。あるのはこの「西條千早」が持っている魔法の力と、やり込みにやり込んだ原作知識だけ。

 

 それでも、俺は。

 俺は、このどうしようもない運命を変えたい。

 ここで死ぬのも真っ平ごめんで、ヒロインたちが死んでいくのを見届けるのも同じこと、いわんや主人公も、だ。

 

 もしもこの世界に転生した意味があるとすればそれは、破滅とバッドエンドしか待っていないこのクソゲーをどうにか覆すことなのかもしれない。

 俺にできること。西條千早にできること。

 全部を使い切って、このチュートリアルから始まるクソゲーのフラグをへし折ってやる。

 

「各員出撃! 全力をもって臨界獣ピグサージの侵攻を阻止するんだ!」

『了解!』

 

 小野大佐からの激励に応えて、俺たちは更衣室へと走り出していく。

 着ていたメイド服から支給されている制服に着替えておかなければ、事後処理がめんどくさい……というのも、お役所勤めの宿命みたいなもんだ。

 慣れないスカートの構造に四苦八苦しながらも、俺はどうにかいかにも女子高生といった風情の制服に身を包んで、地下へと再び走り出す。

 

「この発進方法考えたの、誰なんだろうねー、葉月?」

「アタシが知るわけないでしょそんなの、一々地下から飛び出さなきゃいけないなんてめんどくさいったらありゃしないわ!」

「でも、まゆたちが特級魔法少女だって、普通の人にはバレちゃいけないんでしたよねぇ……?」

 

 魔法少女ってのは便利なもんで、変身している間は魔力の作用によって、一般人に対する認識阻害が働いているらしい。

 それなら喫茶店から直接飛び出しても問題なさそうに見えるだろうが、「特級魔法少女が喫茶店から出てきた」事実は認識されるから、厄介なことになる。

 従って、専用の地下カタパルトから発進しなきゃいけないとのことだ。

 

 まあ、そんなことを言ったところで葉月が納得するわけでもないだろうから黙っておくがな。

 

「我々に求められているのは迅速な展開と殲滅だ、その過程に不満があるのならば上申すればいい」

「うっ……わかりましたよ、先輩」

「それでいい、各位、出撃準備は整ったな!?」

 

 俺からの呼びかけに全員が答えるのと同時に、関係機関からの許可が降りたことで、足を乗せたカタパルトがアンロックされる。

 普通の人間だったらGで眼球が飛び出し、内臓が潰れかねないカタパルトの衝撃も、ひとたび魔法少女に変身してしまえば何食わぬ顔でやりすごせる。便利なもんだよな、本当に。

 俺は左胸の下辺り、心臓の位置に手を当てながら、そこにことを確かめつつ、変身のための解号を唱える。

 

「……ドレス・アップ!」

 

 解き放たれた魔力が形作る光の粒子が繭を作り出し、その中で自分という存在が再構築されていく感覚と共に、俺は、西條千早は、「魔法少女」へと変質していく。

 いかにも女子高生といった風情の制服はフリルのあしらわれた青いドレスに、戦いじゃなく、舞踏会に臨むかのように可憐な姿へと生まれ変わる。

 しかし、こんな日曜日の朝にテレビで放映されてそうな格好をした少女たちが鉄火場に放り出されるんだからこの世界は世も末だ。可哀想は可愛いかもしれないけど、物には限度があるんだよ。

 

『中原こよみの魔術兵装まじゅつへいそう装着確認、各員、魔法征装まほうせいそうの着装よろし、カタパルトスタンバイ、発進どうぞ!』

 

 地下格納庫のオペレーターをやってる女が最終確認を済ませると同時に、発進までのカウントダウンが始まった。

 三、二、一。

 表示信号が青に変わると同時に、俺は腰を落として射出への衝撃に備える。

 

「……西條千早、出撃する!」

 

 そして、お決まりの口上と共に蒼穹へと放り出されていく。

 一瞬舌を噛みそうになったのは秘密だ。死因が舌噛みちぎったことになったら原作よりひどいからな。

 道路の一部が展開して発進口となったカタパルトから、俺含めて五人の特級魔法少女たちが一塊になって、臨界獣ピグサージの元へと一直線に突き進む。

 

 あのキモい光の塊としか表現できない敵がなにを考えているのかはわからないが、ゲームでの敗北条件は敵の中心市街地到達だったから、要するにあれをここで始末できればいい……んだが、それには問題が一つだけあった。

 

「派手に暴れてるなー、とりあえず遠距離からぶっ放してみる?」

「……それならアンタも攻撃に参加できるでしょ、由希奈の支援に回りなさい」

「……は、はい……っ……」

 

 由希奈からの提案を渋々といった風情で承諾した葉月が、チェーンガンを背負っているこよみを指して言う。

 白いふわふわとしたドレスにものごっついチェーンガンの組み合わせはあまりにもアンバランスだったが、あれはこよみ本来の武器じゃない。

 本当はもっと魔法少女然とした杖がこよみにとっての「魔法征装」……魔法少女が魔法少女として変身した際に生成される魔力行使のためのデバイスなのだが、過剰火力が過ぎるということで、今は主に三級から二級の魔法少女から徴収した魔力を弾丸に込めたそれを背負っているのだ。

 

「そんじゃぶっ放しますかー、レッツ・トリガーハッピー!」

「……え、えい……っ……」

 

 由希奈の魔法征装である二丁のサブマシンガンと、こよみが構えている魔術兵装であるチェーンガンから魔力のこもった弾丸が、凄まじい速度で連射される。

 秒速何発かは知らないが、普通ならオーバーキルもいいところな制圧力を誇る魔弾の雨霰は、確かに臨界獣ピグサージを捉えて撃ち抜いていた。そのはずだった。

 しかし、それを嘲笑うかのように魔弾はピグサージの揺らぐ光のようなボディを素通りして、道路や避難が済んだのであろうビルに弾痕を穿つに留まっていた。

 

「どういうこと!? 弾が効かないっていうの!?」

「みたいだねー、だったら……」

「ぶん殴り倒す!」

 

 葉月は弾がピグサージの身体を突き抜けていった光景に驚愕しつつも、すぐさま魔法征装であるソードメイスを構えて、突撃をかける。

 

『Kyokyokyokyo……!』

「な……ッ……!」

 

 しかし、それすら通じることはなく、揺らぐ光が形を成したようなあいつの肉体は、ソードメイスによる打撃すらシャットアウトしている始末だった。

 はいこれだよ、クソゲー名物のチュートリアルからクソみたいな敵が出てくる現象だよ!

 いってしまえばあの臨界獣ピグサージは、「ただ一つの例外を除いて、攻撃の一切を受け付けない」というギミック型のボスなのだ。

 

「なら、まゆのシリンジで……!」

『Kyoooooo!!!』

「危ないぞ、まゆ!」

 

 そしてあいつの身体が帯びている性質は光であり電気だ。

 魔法少女が常に魔力による防壁を纏っているといっても、特種非常事態宣言が出されるような、特級魔法少女が駆り出されるような相手なら、それは特級魔法少女と互角か、それ以上の力を持っているということになる。

 俺からの警告で間一髪、枝のように広がった電流の腕から逃れたまゆは、高空へと退避して事なきを得た。

 

 まゆの魔法はシリンジから様々な性質の魔力を味方や敵に注入するというものだが、針が刺さらないんじゃどうしようもない。

 そして。

 

『Kyokyokyo……Kyooooooo!!!』

「……あ、あ……ああっ……きゃああああっ……!」

 

 ──臨界獣ピグサージの野郎は、今度は収束させた電流の槍を、原作通りパニックに陥っていたこよみへと向けて撃ち放っていた。

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