第2話 冷や飯食いの主人公
やってられるか畜生が。
鏡の前で洗いざらい感情をぶちまけた俺は、何事もなかったかのようにカウンター裏の休憩室を目指して歩いていた。
ゲームじゃ立ち入れないというか、ADVパートでしか出てこないような場所だが、こうして生身の肉体を得ればプレイエリア外にも侵入できるのだ。クソゲー特有の壁抜けとかテクスチャ裏に行くとかはできないがな。
さて、魔法少女は全員喫茶店というかメイドカフェにいるのかと訊かれれば、その答えはノーだ。
俺こと西條千早を含めた五人の魔法少女たちは、普通なら一級から三級で区分されるそれの中でも、文字通りにスペシャルな「特級魔法少女」として、国からある程度の自由行動や作戦における裁量が与えられている。
他の魔法少女たちは一級と非常時を除いて、基本的に自衛隊の基地や駐屯地から出ることができないと考えれば破格の待遇だろう。
それもそのはず、特級魔法少女は単独で世界をひっくり返しかねない戦力だからな。
そんなのを制限付きとはいえ野放しにして大丈夫かどうかはわからんが、有事即応の四文字の元に認可されてるって設定なんだから仕方ない。
その分普通の魔法少女が任されないような任務が回ってきたりもするわけだが、そんなエージェントじみた特級魔法少女たちの秘密基地がメイドカフェに擬態している理由はさっぱりわからん。多分制作者の趣味かなんかだろう。
設定資料集にも、舞台がメイドカフェな理由とか特に書いてなかったしな。
薄らぼんやりとそんなことを考えながら、俺は休憩室の扉を開く。
畳が敷かれた部屋の座卓には賄い飯が並んでいて、昼飯食う前に隕石に当たって死んだせいもあってか、腹の虫が騒ぎ出すのを感じ取る。
「皆さん、ご飯できましたよぉ」
座卓に並ぶ賄い飯を作った、特級魔法少女の一人である「
確かこのメイドカフェ「
座卓に並ぶカルボナーラは五つ。ぴったり特級魔法少女の数と合致している。
「ありがとねー、まゆ。超愛してる」
「そんなこと言われても、困りますよぉ……」
由希奈は揶揄うように、ふわふわとウェーブがかかったまゆの茶髪を撫でて、食卓に一番乗りする。
ああ、そうだ。思い出した。
このシーン、確かチュートリアル前に挟まれるADVパートだったな。要するにヒロインの顔見せだ。
「ちょっと由希奈、食い意地張りすぎー! 次はアタシね、まゆ!」
「慌てなくても、パスタは逃げませんよぉ」
「まゆの賄いご飯は美味しいんだから仕方ないじゃない!」
ロングストレートな赤毛をかき上げながらエントリーした、どことなく勝気な印象を受ける魔法少女、「
ああそうだ、この東雲葉月が厄介なんだよな。
攻略対象としてルートを進んでいけば、苛烈な性格の裏に秘められた部分とかが見えてくるんだが、それまでが大変というかなんというか、いってしまえば、なにかと主人公に因縁をつけて絡んでくるトラブルメーカーなのだ。
「……つ、次は……そ、その、わ、わたし……」
「あら、無駄飯食らいがなんか言ってるわね」
「……っ……」
そう、葉月に続いて現れたこのふわふわとウェーブがかかった銀髪に赤色の瞳をした小柄な女の子こと「
気が弱くて泣き虫で、人と接するのも苦手。その代わりといっちゃなんだが、絶大な魔力を秘めている、まさしく特級魔法少女の切り札ともいえる存在が彼女なのだが。
「秘密兵器様はいいわよね、接客ヘッタクソでも、安全な後方にいるだけでも、お仕事になるんだから」
葉月が言った通りに、特級魔法少女が駆り出されるような作戦においてもこよみの役割は基本的に後方待機だ。
凄まじい力があるのに、なんでこよみを後方待機なんかさせているのかといえば、「力があまりにも強すぎる」からに他ならなかった。
射爆場を丸々グラウンド・ゼロに変えたその力を、無数の高層ビルや住宅が立ち並ぶ市街地でぶっ放せば、また俺なんかやっちゃいましたか、どころの騒ぎじゃない。
壊れた建物の復興予算やら、予算に数えられない巻き添えで死ぬであろう人間の命、それらを天秤にかけて尚「彼女の力でしか倒せない」と判断した敵が出てきた時だけ、その力を振るうことを許された秘密兵器。
それこそが「魔法少女マギカドラグーン」の主人公こと中原こよみの立ち位置なのだ。
つまりそんな秘密兵器がアクションADVの主人公をやってるということは、お察しの通りである。
この世界はこよみがいなければ、根本的に詰んでいるのだ。
にもかかわらず、ゲーム内で彼女に対する風当たりは常に強いんだから、制作者は人の心がないか相当なサディストかの二択だろう。
そしてこよみの唯一の理解者ポジションが原作における「西條千早」の役割なのだが、千早は残念なことにチュートリアルでこよみを庇って死ぬ。本当に主人公を曇らせることに余念がねえな、このゲーム。
ルートが進めば次第に葉月との和解も進んでいくんだろうが、それはそれとして見ていて気持ちいい光景じゃない。
確かに可哀想は可愛いかもしれない。だが俺はハッピーエンドが見たいのであって、バッドエンドを見たいわけじゃないんだよ。
だから砂粒ほどの可能性にかけて「魔法少女マギカドラグーン」をやり込んでたわけなんだが、まあトゥルーエンドですら救いがなかったんだからそりゃもう開発にお手紙送ったよな。と、そんな話はさておくとして。
「葉月、やめておけ」
「先輩、でも」
声を整えて、俺はあくまでも「西條千早」として葉月の行動を咎める。
デモもストもねえんだよ、と言いたくなるのを堪えて超然とした笑顔を浮かべると、原作通りに、何度も何度もプレイしたことですっかり覚えてしまった台詞を暗唱する。
「人には得手不得手がある。そして役割がある。こよみは自らの役割に殉じている……まだ機が来ないというだけだ」
「……ッ……!」
「葉月、
当代最強のフォワード、チュートリアルで死ぬまでは常に前衛の要として戦ってきた……という設定の魔法少女が西條千早だ。
だからまあ、中身が元フリーターの俺であっても説得力はそれなりにあるんだろう。
わかりました、とぼそりと呟くと、葉月は不満げな顔で、なんならこよみを睨みつけながらカルボナーラをもしゃもしゃと頬張る。
「……ぁ、ありがとう、ございます……西條、先輩……」
「気にすることはない。其方が特級魔法少女として正式に国から認定を受けている以上、不相応ということもない」
「……で、でも……わた、し……なにもかも、全部、ダメダメで……」
実際、こよみの接客は接客業として考えれば壊滅的で、注文を取るのも鈍臭ければ料理を運ぶのにも時間がかかる始末だとADVパートには書かれていた。
一生懸命愛想を振りまきながら接客をやっている葉月にとっては、それもまた気に入らない要因なんだろう。
まあなんとなくわかる。明らかにやる気ないバイトが新しく入ってきたときは、俺も不機嫌になったことがないわけじゃあないからな。
「其方を目当てにした客もいるらしい。一生懸命さが伝わったのだろう。それより、冷めないうちに食べるのが賢明だと此方は判断するが」
設定資料知識だけど、こよみの辿々しくも一生懸命な接客を目当てにやってくる客もいる……らしい。
それはそれとして、やる気がないのは論外だとしても、頑張ってできないんだったら話は別だ。
いくら壊滅的でも、苦手な接客を自分なりに頑張ろうとしている辺り、こよみは偉い。俺が同じ立場なら多分無言でバックれてることだろう。
「……は、はい……ありがとう、ございます……いただき、ます……」
ぽろぽろと赤い瞳から涙を零しながら、こよみは、まゆ謹製のカルボナーラを、小鳥が啄むように口元へと運んでいく。
このやり取りのあとに理解者ポジションの先輩が死ぬんだから本当このゲーム主人公に厳しいよな。
まゆからカルボナーラを受け取った俺も、ゲームではテキストでしか表示されなかったその味に感動しつつ、そんなことを頭の片隅に浮かべる。
……このやり取り?
待てよ、このカルボナーラ事件カッコカリは確かプロローグの導入で、このあと待ち受けているのは、俺の前世の記憶が確かであれば。
休憩室に、答え合わせをするかのようにけたたましい音が響き渡ったのは、思考回路が結論を導き出すのとほぼ同時だった。
「この警報……」
「特種非常事態宣言、出たみたいですよー」
テレビをつけた由希奈が、大真面目な顔で原稿を読み上げているアナウンサーを指差して俺たちにそう伝える。
特種非常事態宣言。
それは特級魔法少女が駆り出される公的な宣言であり、今頃霞ヶ関のお偉いさんは出撃許可証に大慌てで判子を押してることだろう。
「諸君、聞いての通りだ」
「店長……じゃなかった、隊長、出撃ですかー?」
「出撃だよ、北見由希奈。今回のは随分とデカい」
転生当初は薄らぼんやりとしていたせいもあって気付かなかったけど、そういえば特級魔法少女の運用には統括責任者がいるんだった。
カウンターから戻ってきたのであろうその燕尾服の男こと、健康的に焼けた浅黒い肌に癖毛の美丈夫といった風体の、
それは、光そのものが悪意を持って現れたら、そんな形になるのであろう、醜悪なデザインをしていた。
「臨界獣ピグサージ……『M.A.G.I.A』からの呼称はそう決定された」
そうだ。
転生して早々戦う羽目になったこの醜悪な光こそが、ゲーム内ではチュートリアルに出てくる相手で、そして。
俺がこのままルート通りに進めば命を落とすことになるであろう、怨敵だった。
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