クソゲー世界に転生してしまったTS魔法少女ちゃんは今日も生き残りたい

守次 奏

第1話 転生して5秒でクソゲー

 耳をつんざく轟音に先立って、眩しすぎる光が爆ぜた。

 一体なんの騒ぎだと目を開けてみれば、そこにあった風景は、夏のクソ暑い中で汗水流して歩いていた渋谷のスクランブル交差点──じゃない。

 仄かな暖色系の明かりに照らされた、クラシカルな喫茶店、としか言いようのない場所が瞳に映る。

 

千早ちはや先輩、どうしちゃったんですか? ぼーっとして」

 

 千早。誰だそれは。

 目の前でお盆を後ろ手に回したプラチナブロンドの女の子が、珍しいものを見たとばかりに口元を緩めながら、問いを投げかける。

 熱でもあるんですか、とその子は続けたけど、だからそれは誰に訊いてるんだ。そして、なにがあったか訊きたいのは俺の方だ。

 

 確かどうせ当たらないだろと思って買った宝くじで、夢の前後賞合わせて七億円が手に入ったことに浮かれて、某メガバンクへと換金手続きをしに行ったはずなんだけどな。

 いくら頭の中を浚っても、今日家から出てからの記憶はそれしかない。

 それに、大金を貰いに行く片道で喫茶店に寄って暇を潰せるほど俺の肝は太くないんだが。

 

「千早先輩、本当大丈夫なんですかー? そんなに調子悪いならまゆのこと呼んできます?」

「だから、千早って」

 

 クラシカルなメイド服に身を包んでいる目の前の女の子が、唇を尖らせながら問いかけ続けるのを遮って、俺は思ったことを口に出そうと試みた。

 そうして自分の喉から飛び出てきたのは、凛と透き通ったハイトーンな声。

 間違いなく、男の声帯から出力されるようなものじゃなかった。

 

「なんだ……? なにがあった……?」

「それ訊きたいのはこっちですよー」

 

 頭のネジでも外れちゃったんですか、とメイド服の子は冗談なのか本気で心配しているのかわからないような声で言う。

 よく見ればこの子の顔は、どこかで見たような気がした。いや、気がしたというか日常的によく見ていたというか。

 混乱していた脳味噌が落ち着きを取り戻していく中で状況を俯瞰すれば、この喫茶店みたいな場所の内装にも覚えがあったし、それに。

 

 自分が着ている服の裾を摘んで持ち上げてみれば、それは目の前の女の子が着ているのとよく似た、というか、全く同じロングスカートだった。

 それと喉から飛び出てきたハイトーンボイスに、さっきから呼ばれ続けている「千早」という名前。

 一つ一つ、記憶と事実の断片を拾い上げて頭の中で継ぎ接ぎにすれば、確証はないけど、嫌な予感が浮かび上がってくる。

 

「なんですか先輩、私の顔に変なものでもついてますー?」

「……もしかして君の名前、北見きたみ由希奈ゆきなだったりしない?」

「千早先輩、頭でも打ったんですか? 本当大丈夫ですか? 私が北見由希奈じゃなかったら一体どこの誰だってんですか」

 

 まさか、「敵」が成り変わったわけじゃあるまいし。

 目の前の女の子改め、北見由希奈は唇を尖らせたまま、いよいよ手にしたスマートフォンで119番を呼び出しかねない雰囲気を醸し出していた。

 ああ、よかった。それこそ「敵」が成り変わったことを疑われて、銃を向けられなかっただけマシだ。

 

 とりあえずまずは、誤解を解かねば。

 こほん、と咳払いをして、声を整える。

 思い出せ。「俺」はどんな喋り方をしていたか。

 

「……すまない、由希奈。此方こちらも少しばかり混乱していた」

「うちにしては珍しくランチタイムが大繁盛でしたからねー、てか千早先輩、人酔いするタイプだったんですか」

「そうだな、そういうことにしておこう」

 

 これで俺が抱いていた嫌な予感は完璧に立証された。

 北見由希奈という女の子。クラシカルなメイド服が制服な喫茶店。そして「千早」という名前。

 そこから導き出される結論は一つだ。

 

 ここは、俺が住んでいた世界じゃない。

 夢でも見てるんじゃなければ、百パーセントそうだと断言できる。

 なぜなら、それは。

 

「すまない、少し洗面所で顔でも洗ってこよう」

「よくわかんないですけどそうした方がいいですよー、じゃ、私休憩入りますんでー」

 

 短いやり取りを交わして、俺は休憩に入った由希奈を尻目に、従業員用トイレへと早足で向かう。

 そうして手洗い場で鏡を覗き込んでみれば、そこに映っていたのは死んだ目をした、覇気のない二十五歳フリーター男性の顔じゃなかった。

 均整な調和の取れたクールビューティー、大和撫子、言い方は色々あるんだろうが、そんな感じの美少女が、俺のものではないが見慣れた顔が、鏡には映り込んでいる。

 

「……西條さいじょう千早」

 

 ぼそりと呟く。

 間違いない。由希奈とのやり取りを経たのと、たった今鏡を見たことで、確信は確証となった。

 これはいわゆるあれだ、異世界転生というやつだ。そうに違いない。

 

 なんでそんなことが断言できるのかって、理由は一つ。俺はこの顔に、西條千早や北見由希奈という存在に、死ぬほど見覚えがあるからだ。

 百合アクションADVゲーム「魔法少女マギカドラグーン」。

 生前と言っていいのかどうかはまだわからないとしても、この世界に転生する前、俺が腐るほどやり込んでいたゲームの名前だ。

 

 そこに出てくるキャラクターには、確かに「西條千早」と「北見由希奈」という名前があって、容姿も声も、ゲームの中に出てくるキャラと合致している。

 そんなゲームの世界に転生なんて漫画かジュブナイル小説の中での話かと思ってたけど、まさかこうして我が身に起きてしまうとは思わなかった。

 なんだろうな、あまりにも出来事が突然過ぎて、一周回って冷静になれた気がしてくる。

 

 そうして、朧気だった記憶が、鮮明に形を取り戻していく。

 

「……そうか、俺……死んだのか」

 

 あの光が爆ぜた理由は、大分でかい隕石が渋谷のスクランブル交差点に落ちてきたからだ。

 そして哀れにも俺は夢の七億円を手にすることなく塵になったわけだが、その代わりに神様かなんかが気を利かせて、生前死ぬほどやり込んでいたゲームの世界に送ってくれたのかもしれない。

 寝るのも食べるのも忘れるほどに没頭していたゲームの世界、それもメインの登場人物である美少女に転生したとなれば、普通だったら涙と鼻水を垂らして喜ぶシチュエーションだろう。

 

 ──そう、「普通」だったなら。

 

「畜生が、神か女神か知らんが余計なことをしやがって!」

 

 余計なことをしでかしてくれたのが神様か女神様かは知らんが、鏡に向けてそう叫びながら、俺は打ちひしがれる。

 この「魔法少女マギカドラグーン」というゲームは、俺が生まれ変わったこの世界は、はっきり言って生まれた時点で詰みに等しい。

 モブの命も軽ければ、ちょっとしたことでヒロインが死ぬ。最終的には主人公も死ぬ。死屍累々、マルチバッドエンドと揶揄された超絶クソゲー。それこそが「魔法少女マギカドラグーン」なのだ。

 

「しかも西條千早ってチュートリアルで死ぬキャラじゃねーか! 冗談じゃねえ!」

 

 つまり、このままなにもしなければ、俺は二度目の人生で早速二度目の死を迎える運命にあるってことだった。

 二度目の人生RTA、多分これが一番早いと思います、じゃあないんだよ。

 今日が何月何日かはあとで由希奈辺りに訊けばいいとしても、このまま順調にいけば俺は主人公を「敵」から庇って死ぬ運命にある。

 

 冗談じゃない、なんで転生して早々死ぬ運命を押しつけられなきゃならないんだ。

 じゃあ主人公を無視して見殺しにしたらいいじゃないかって? それだと詰むんだよ。

 早い話がゲームオーバー。とにかく主人公という存在は、この世界において滅茶苦茶重要なポジションにいるってことだ。そりゃそうだよな、主人公だもんな。

 

「つまり俺のやるべきことは一つ……!」

 

 主人公を守る、そして自分の命も守る。

 その両方が実行できれば問題ない。覚悟はまだ決まっちゃいなくてもやるしかないんだよ、できなきゃ死ぬんだからな。

 だが、俺はこのマルチバッドエンドなクソゲーを腐るほどやり込んでいて、設定資料集も穴が開くほど読み込んでいる。

 

 なんでわざわざそんなことしてたのかって、単純に救いが欲しかったんだよ。

 条件分岐も無駄に複雑だから真のトゥルーエンドもあったりするんだろうかとか思って血眼になってたわけだ。

 まあ、そんなもん欠片もなかったがな。

 

 それはともかく、この世界に「西條千早」として転生できたことは不幸なのかもしれないが、同時に幸いなことでもあった。

 なぜなら、この西條千早という女は。

 

「設定上は最強の魔法少女だからな……!」

 

 原作では「敵」の不意打ちから主人公を庇って死んでしまった先輩キャラだが、こと能力の汎用性と、戦闘力という意味じゃ最強な魔法少女。

 設定資料集に書かれていた通りなら、そしてなんとかバッドじゃないエンディングを探して死ぬほどやり込んでいた経験が活かせるなら、俺は死なずに済むかもしれない。

 でも、とりあえずは。

 

「……この身体に慣れなきゃいけないんだろうな」

 

 僅かにメイド服を押し上げる膨らみに触れてみれば、少し芯が残ったような柔らかい感触が指先に伝わってくるし、スカートの下に履いているものの、言ってしまえばパンツのぴっちり感。

 そして丈が長いのにやたらとスースーするスカートの感触。

 これからはフリーター改め魔法少女として生きていかなきゃならないんだから、まずは自分の身体に慣れるとこから始めないとな。

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