第4話

命を守る方法。最近のニュースではそんなことばかりが放送されるようになった。一番シンプルな解決策はステータスを上げることだと、ほとんどの人が同じことを口にしている。ステータスを上げることに躍起になる民衆を見て、食べるだけでレベルが上がるラムネだったり、ステータスが上がりやすくなる腕輪だったり、詐欺商売は繁盛している。命の危機はよほど金になるらしい。中には本当にそんな効果のあるアイテムも発見されているらしく、悪徳商法に拍車がかかるばかりだ。もちろん簡単な見分け方はある。一つは値段、安くても30万。偽物は5万とかそこら。それでも、食いつかずにはいられない人達はやはりいるのだろう。楽して金を稼ぐ方法に楽はできても「何もしない」という選択肢はなかったのに、命を守るものに「何もしない」という選択肢があると思っているのだろうか。


まあ、そんなことはどうでもいい。結局のところステータスを上げるには健康的に生きて、身体を鍛えて、魔物を殺したりなんなりすることが必要なのだということ。魔物との和解をと、命を粗末にすることはよくないと口にする集団もいるみたいだが、あの人たちは隣にいる人が突然魔物に殺されても同じことを言えるのだろうか。それでもそうやって言い続けられるなら本当にすごいと思う。それでもそれほど興味はわかないが。


至る所で命が失われていても、その件数が増えていても、そこそこ世界は落ち着いてきている。だって、魔物がいないときでも命が失われ続けていたのには変わりないから。ちょっと対処しなくてはならない事項が増えただけ。場所によっては深刻だが、それもまた前の状態と変わらないだろう。きっとお偉いさんたちは頭を悩ませているのだろうけれど。


僕だって不安を抱えながら生きていることには変わりない。でも、それで行動できない方がもっと不安になるから日々地道にステータスを上げている。カードがないから値は確認できないけど、まあ日々の生活で楽になる部分も増えているからきっと少しずつ上がっているのだろうと思っている。


そうだ、魔物と戦ったりもしている。見た目そのままスライムって名前が付けられた液状というかゲル状というか、まさしくスライム状の不定形生物だ。戦っているといっても塵取りに乗せて、ベランダではたきで叩くだけだが。

室内に出没する黒光りするきもい奴と同じような出没の仕方をするスライムは、Gとは違って生命力にも欠けているし、見た目も気持ち悪くないし、病気を持っているわけでもないので簡単に駆除できる。黒光りするやつよりも素早くないし、きもくないので「Gよりはマシ」という評価を受ける魔物だ。一番簡単な駆除方法は重曹を振りかけること。体が酸性の液体なのか中和されるとただの水になって死ぬ。水になったら死ぬというのも意味が分からないが、そういうものだと納得することにしている。ただ面倒なのは叩いて死んだら胃液のような臭いが広がるし、重曹をかけて水になるとそこがビシャビシャになる。Gよりはマシだけれど面倒なものは面倒だ。

それを抜きにすると、エサはGだし、片栗粉を入れると固くなって動かなくなり、ゼラチンや寒天を入れるとプルプルになって無害になるという何とも奇妙で面白い生物である。


さて、モンスターを倒していて思いがけない副産物を得た。魔法の石と書いて『魔石』である。どんなモンスターを倒してもこの魔石が落ちる。もちろん強さによっては質なりなんなり変わるものだが、今のところ魔石は高く売れる。上級国民が実験にでも使っているのだろうか。スライムの魔石一つで百円、労力を考えれば相当に高い小遣い稼ぎだと思っている。しかも、スライムは頻繁に湧く。場所によってはモンスターが湧かない場所もあるらしいがこの近辺はスライム以外の明らかに強力なモンスターなんかも結構湧く。そのせいでこの辺りの住民の多くが引っ越し、家賃も少し値下がりした。命の危険があろうが引っ越しは面倒なのでするつもりはない。ただ、そう考える人は少なかったらしく、このアパートも人が随分少なくなった。薄い壁から音が漏れてくることも無くなったので、どうやら両隣の人は引っ越したらしい。大家さんも元はアパート一階に住んでいたが、今は離れたところに暮らす娘さんの家に厄介になっているらしい。


これ幸いにと一人でイヤホンもつけずに性欲処理をしたら、床下からドンドンと叩かれた。どうやらぼく以外も住んでる人がいたらしい。謝罪。天井から聞こえてくる機器を通したアダルト用途のアニメ声はさぞや耳障りだったことだろう。


さて、ともすればこのままではスライムを叩き潰す作業だけで1日が終わってしまいそうなものだ。ということで、筋トレを始めた。母から貰ったボロいヨガマットを床に敷いて腕立て伏せや上体起こしなどの簡単なものを始める。おそらく、詳しい人がいるならそんな姿勢じゃダメとか、効率的なトレーニングについて語ってくるのだろうが筋肉をガチガチにつけたいわけでもない。そりゃあるに越したことはないだろうが、そこまで続けられるほどの根性があるわけでもない。とりあえず習慣を作るために簡単な筋トレを続けているのである。


最近筋トレを始めたのだと母に伝えた。すると、ジムに行かないのかと母に言われたので調べてみたが、どうやら最寄りにジムは無く、一番近い場所でも2時間はかかりそうだ。車が運転できるなら話しは別だろうがぼくは生粋のペーパードライバーだ。なにより月額制3000円。


ひょろひょろの自身の腕を見ながら思う。ぼくの身体には今外に意気揚々と出て、生きて帰ってくるほどの術は無いだろう、と。外出をしたいという思いはそれほど無いが、あの狼といい、少しばかり興味をひかれるものがあることは事実なのだ。


ならば、いつか外に出るためにこうして形ばかりのトレーニングをするのも悪くはないだろうと、誰に言うわけでもなく言い訳をする。


こうして彼の1日は普段通り過ぎていく。








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