第2話

命を潰したあの日、あの狼を殺してから数日、色々な所で変化が起きた。世界の終わりだとか、強欲な人間への神罰だとか、様々な情報が日常の中を飛び回り、前から見れば非日常であるような景色に変わった。


世界の様々な場所で未確認生物、未確認飛行物体などの情報が増え、時にドラゴンのような姿の生物まで報道に登場するようになった。作り話だと嘯いた誰かが、本当の話だったと口にし、また騒がしくなる。今にして思えば、明らかに知性を感じさせる目をしていて、どう考えてもサイズが大きすぎる狼、あの時命を落としたあの狼も、さながら未確認生物だったのかと思わせる。


現実にそんなことが起こるはずがないと口にする科学の信者達のように、変わらず存在する目前の景色だけを宛にして信じられない信じてなるものか、と認めないことを目的とするかのように意固地になるわけではないが、実際、どういうものかを知らなくては信じられないのは僕も一緒である。彼らと僕に異なるものがあるとすれば、現実であると認めれば、そういうものかと納得する思考放棄にも似た考え方にあるだろう。


そんな風に考えていたのはつい先日のことであったが、世界の管理者と名乗る人物が接触してきたのだとテレビで報道された。彼らが言うには地球の寿命が失くなってしまったので異なる世界同士で融合することになったのだと、にわかには信じがたい説明がなされたわけだが、それこそ人智を越える力を管理者が持っているのだと信じ込まされてしまったのだから信じる他にないだろう。多くの人がその言葉をそのまま鵜呑みにするなかで彼はそれに本当の事を隠しているような違和感を感じた。


彼らは世界各国に同時に顕在し、天災と言うべきだろう事象を一瞬の内に起こし、大陸や海の配置を変えるというまさに神の御技をたった一つの命を奪うことも無くやってのけ、たった数刻で世界地図を役に立たないものに変えてしまった。


科学が発達した世界である「地球」と実験的に作られ、忘れ去られた「魔法文化」が発達した世界である「壱」が融合するのだと認めざるを得なかったのだ。しかし、それも彼にとってはどうでもよかった。




それによって世界は大きく変化する、かと思ったのだがそういったことにはならなかった。


それは管理者の説明に続いた。衝突した世界でまかり通っていた理が大きくずれていたのである。


地球は科学という自然的な理を軸にして成長した世界であり、壱は魔法という超常的な理を軸にして成長した世界であった。大きくはずれすぎた理は融合を不完全なもの足らしめた。


確かに融合することにより変化はあった。世界各地に異世界を行き来することの出来る空間の歪みが見られたこと、想像上の生物であったモンスター達が地球上に紛れ込むこと、魔法を扱うことが出来るようになるもの、獣の特徴を持ったヒトである獣人族と名乗る者が現れること、そして時折神隠しに会ったかのように消え去る人が居ること。


普段通りとは行かないこともあったのだが、世界の終わりを感じさせるような天災じみたことは、管理者と名乗る存在が起こしたそれ以降には何一つとして無かったのである。


普段通りにはいかないことには、大学の運営も含まれていた。人が多い場所にはよくモンスターが出現し、その度に怪我人、酷い時には死者が出るのだ。大学などの施設に通うことや通勤等の理由などで外に出る人は少なくなったし、それらの運営に関わる人達は外に出さないように、家で仕事や勉強をすることを勧めた。いわゆるステイホームだ。


それらの施設で起こったことの責任が行くことは天災のようなものとして扱われる一方で人を集めたから起こったと非難する人も少なくなかったからである。


とはいえ、こうしたステイホームについてはかなり前、それこそ僕が生まれる前の頃に感染症か何かでステイホームが進められたのだと多くの資料で知ることが出来た。その過去があるお陰なのか、そうした取り組みは驚くほど迅速に行われた。


そういった事情のなか、学生である僕は長い休暇をただ傍受している。一部では新たに発見された概念、レベルアップに大騒ぎした学生達が大暴れして補導されたり、無謀にもモンスターに戦いを挑み死亡したなどのニュースが流れているのを何も感じず考えず眺めている。


どうやらそれに関連してステータスカードというものを受け取りに行くことが出来るらしい。地球で開発した新たな技術のように謳っているが、その実あちらの世界からの流出物にアレンジを加えただけの品であることは想像に難くない。


ステータスというのはカードを見なくとも上がっていくが、確認はできないのだという。ステータスを判別するにはカードが必要で、それを発行するためには少しばかりのお金が必要になってくるのだが、少しばかりとはいっても一人暮らしでアルバイト未経験の大学生の生活には厳しいところがある。ならバイトに励めよと言う人の方が多いだろう。だが、僕は体力も知恵もないダメ人間であり、何より、働きたくないと思っている。もちろん働く必要があるなら、出来るだけ簡単で楽なバイトを探してやるだろう。だが、ステータスカードはスキルアップに繋がるとされているだけで、所持義務はない。それなら今買う必要もない。所詮はステータスを確認するためだけの道具だ。それがないからステータスが現れないということでもない。

ステータスカードにそれほどの魅力を感じないとはいえ、ステータスの上昇があると言うことなら試してみるべきだろうと思った。煩わしい日常の手助けになりうる力かもしれない。運動もそれほど好きではない僕は、非常に非力である。脆弱というほどでは無いけれど、ラグビー部のクラスメイトの鍛え上げられた腕と足は、僕自身のそれより三倍も太く見えるのだ。振るう武器さえあればそれこそ死にかけである狼を突き殺すことは出来たのだが、あの場にレンガブロックのようなものしかなければ、まず持ち上げて叩きつけて殺すだけの体力がなく、じっと見守る羽目になっていただろう。


自分の非力さは自分の生活に悪影響をもたらす。買い物をするにも掃除をするにもとにかく体力が必要である。家を出て一人暮らしになってからは体力を必要とする場面に遭遇することも増えた。それらにも苦労するのだから非力さは言わずとも分かるというものだ。


しかし、最近その苦労の許容量が随分と上がったような気がする。どうやらステータスの上昇というものは確かな効果が認められるらしい。モンスターを倒すだけでなく、日々の生活習慣などでもステータスには影響が出るようだ。見慣れない場所を歩くなどの経験を積むこともステータスの上昇に貢献する。


先に行った通り、ステータスカードは買えない。だが、分かったことがある。どうやらあの時の狼はモンスターと呼ばれるに相応しい存在だったということだ。

あの狼は未確認生物かもしれない、などと確信していないように言ったが、常に不健康ギリギリの身体が妙に健康的な感覚があることをあの日から、狼を殺した翌日から体験している。それでもモンスターと呼べないのは、こんな世界になってから見たモンスターとあの狼とでは何か、存在感のようなものが全く違う気がしたからだ。



最近になって彼は、緑色の小鬼が捕獲され檻に押し込められている所を直接見ていた。モンスターは独特の雰囲気、おどろおどろしいドロドロとした存在感を纏っていると彼は感じた。


あの時の狼は自然的な雰囲気、どこか神聖ささえ感じるような神として崇められるような動物はこのようなものなのだろうと感じさせた。


モンスターは恐れ。背筋が凍るような吐き気を催すような醜さを固めたような気持ちの悪いもの。


あの時の狼は、畏れ。思わず頭を垂れたくなるような、神聖さを醸し出すもの。


最もどちらも彼の心には響かなかったのだ。彼にとってはどちらも小さなさざ波程度の変化しかもたらさなかった。それでもその空気の違いはあまりにも明白だった。


それに加えて彼はあの時、殺した狼から感謝の念のようなものを感じ取っていた。もしも知能が想像しているよりもあるなら皮肉を効かせたありがとうかもしれないが、それもまた彼にとってどうでもいいことなのだろう。ただ、誰かに言い触らすような事柄でもないと考え直しただけだ。


まあ、彼には言い触らす誰かなどいないのだが。

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