彼の武器は心か棘か

空っぽの無能

第1話

僕は友人がいない


それを寂しいと思っている


それを悲しいと思っている


心が空虚な理由をそれが原因だと考える


けれど、きっと


僕が寂しいと思っていることは


僕が悲しいと思っていることは


友がいないことではなく


心が空虚なこと


生まれたときから空っぽなことだと思う


今では






─────────



彼は大学生だ。バイトをすることを人間関係が面倒そうで、趣味も特にない、金もかからないことからやらなくなってしまった。


バイトをする理由を、お金が必要だと、社会経験が必要だと、通帳の残高を見るのが好きだと


色々な理由で述べている人達を見たが、そのどれにも共感できず、また全てのことを無意味に感じたのでひどく退屈な毎日を過ごしている。退屈というのは平和ということでもあるのだから、誰かからすればそれも喜ばしいことなのだけれど。


彼は大学の講義を終えて、帰路についていた。夏が終わりを向かえ、秋がやってくる。今年の夏は本当に暑かった。今でも猛暑の余韻とばかりに、生暖かな風が吹き、あまりにも煩わしい湿気に悩まされている。


頻繁に人から、「心が欠落している」などと呼ばれることがある。そう呼んだ多くが昔は彼にとって友人と呼べる数少ない人であったが、顔も思い出せないほど顔を会わせなくなった。確かに彼らの言う通りなのかもしれないが、失ってしまったというよりか、何か持つものを持たずして生まれてきたという感じを覚えることが多々あるのも確かだ。心を持たずして生まれてきたというならば、寂しい、悲しいと思っていることは何なのかという話にもなる。ならば、なにかそれとは別の、しかし然程遠くない何かを忘れて生まれてしまったのだろう。彼自身は心がどのような物事にも打たれ強いのだと思うことにしている。



いくら心が無いと言われようと、暑いものは暑い。身体は体温の上昇に反応し、肌に汗の雫を浮かばせる。だらだらと垂れる汗に彼はうんざりしている。いくら拭おうとも垂れ落ちる汗に、いつしか拭うことをやめてしまった。身体から乾いた汗がとても臭う。早めに帰り、シャワーを浴びたいと思う。



何時もなら、大学から真っ直ぐに通る広い通りを歩くのだけれど、彼は何かに惹かれるように、もう殆ど利用されていない旧道を歩いて帰っていた。人の多い場所が苦手な彼にとっては、その道はとても落ち着く場所ではあったのだけれども、いかんせん真っ直ぐ帰るよりかは時間のかかる道。この時ばかりは彼は自身の些細な気まぐれを恨めしく思っていた。


歩けど歩けど景色は殆ど変わらない。最早住む人のいない住居、道に棄てられた車や家具、どこまで歩こうともひたすらに寂しい道であった。


そんな折、彼はふと足を止める。何かに気付いたように顔を左右に振り、進んでいた道を少し外れて進む。その先に見たものに彼は足を止め、何となく気になったものはこれだったのかと頷く。


白く流れる毛並みの犬、いや狼が倒れていた。その白く美しい毛は所々が紅く染まり、今まさに死を目前にしているのだと、何となく彼にも分かった。


だがこの怪我では止めには至らなかったのだろう。狼は苦しそうにもがいている。しかし、その目にはもう生を渇望する力に溢れた光は浮かばず、早く死ねないかもう死ぬかと死を悟った獣が苦しみ少なく死に至ることを望む寂しい光が浮かんでいた。


狼の様子を見て彼は思う。これが心優しき正義の心を持つ物語の主役であれば何とかして助けようともがいたり、見ず知らずの獣のために涙を流すのだろう。しかし、彼は思う。獣の望みを叶えることを。それは他者から見れば、限りなく道を外れた考え方かもしれない。良しと思ってやったとは到底思うことが出来ない行いかもしれない。だからこそ彼は「心無い」人間だと言われるのであろう。


彼は獣を「殺すこと」を考えた。


「息があるから救うのか。その選択肢だけが正しいことだとは到底思えない」


彼はそう考えた。


獣は死ぬことを望んでいる。可能な限りの早い死を。命がどこに向かうのかなど、只人である彼には分からない。けれども、命有る限り死から逃れることは出来ないのだと知っている。


そう、遅かれ早かれ、違いはそれだけだ。


ここに居たのがよくある物語の主役であれば、狼はゆっくりとした死を迎えることになり、死の運命に抗わずに命の灯火がそっと消え去るのを待つことになるか。はたまた、熱意ある若者の純粋なる救いの心に触れて、最後に人の優しさというものを知ることになり笑むのかもしれない。


けれども、何の偶然か、はたまた必然か。ここに居るのはそんな格好の良い彼らのような者ではなく、「心無い」と言われることを遺憾に思い、然れどそれが見当違いかと言われれば全てを否定することは出来ない。そんな若者だった。


まだ息があるので、殺すことにした。


彼が少しの間に出した結論はこのようなものであった。獣からしてみれば望むところではあったのだけれど、ここに第三者が居るのならその決定には「否」と口を挟むだろう。何の偶然かここには彼以外の人間がいないが。もしかしたらそれこそが狼にとっての最後の幸運であったのかもしれない。優しさや寂しさに労られて死ぬことは狼にとっては屈辱的なことかもしれない。死ぬのならば潔く散りたいと考えているかもしれない。


きっと、彼はそこまで考えていないだろう。純粋に憐れに見えたそれを殺すことだけを真摯に考えている。しかし、それすらも狼にとっては幸運であったのかもしれない。何物にも代えがたい救いであったかもしれない。


彼は狼のそばにある瓦礫の山に目をやった。そしてその中から無造作に鉄パイプを引き抜いた。長らく放置されていたのだろうそれは、所々が錆びていて、しかし彼と獣にとっては都合の良いことに錆びた部分が折れて鋭く尖っていた。鉄パイプで殴打する程度では狼はより深い苦しみを味わいながら死ぬことになったであろうが、これを首もとに突き刺せば、楽に死ぬことが、容易く殺すことが出来るだろう。


彼は狼のそばによる。狼は望みが果たされることを悟り、そっと目を閉じた。彼は狙いを外さぬよう慎重に、しかし力強くその鋭く尖った鉄の棒を瀕死の狼の首に捩じ込んだ。


狼は一瞬の痛みの後に、その命に終わりを告げた。




「おめでとう」



彼は鉄パイプを引き抜き、瓦礫の山に放り投げてそう言った。


『ありがとう』


狼が小さくそう言った気がした。





或いは人は彼のことを慈悲深き人だと訴えるかもしれない。憐れな命に終わりを迎えさせて上げたのだと。悲痛な意思を感じ取ったのだと。


そうか、本当にそうだろうか。彼は瀕死の命を見るのが初めてではなかったとはいえ、本当に悲痛な意思を汲み取ったのだろうか。憐れな命であれ、命を奪うのだ。彼は何の躊躇いもなく刺し殺した。直接的に命を奪ったことがない一人の人間が、だ。誰でも生きているだけで間接的に命を殺めることはある。けれど、その手で直接命を葬ることは虫を除けば、それほど無い。犬猫を虐めるような趣味でも持ち合わせない限り。


彼は趣味といえるものは読書しかない。することがないから本を読んでいるのだと彼は言うけれど。


何より、彼は本当に悲痛な意思を感じ取り、獣の望むままに命を終わらせたのか?

彼の勝手な想像かもしれない。


「おめでとう」


彼の言ったこの言葉には、彼の願望と意志が込められている。


或いはその意志が望みを叶えられる人間である自分が現れたその運に称賛を示しているのかもしれない。


彼の願望が含まれているならば、それは…


『命の終わり』


これを羨む言葉になるだろう。















〔世界の接触を確認。世界名『地球』の被害は甚大です。寿命を確認………残り寿命『0』。接触した世界の寿命を確認……残り寿命『100000000000+n』、未だ増加中。「管理者」への被害分補填要求、並びに条件提示・情報交換の場を設けます…………成功。管理者からの条件が決定致しました、実行します。世界名『地球』を基礎に世界名『壱』の融合を開始します。それに伴い、混乱を抑え、資源の浪費を防ぐため、両世界共通の知的生物種、『ヒト』への接触を開始します………………接触の際、強い魂を持った世界名『地球』には存在しない知的生物と『ヒト』の接触が確認されました。その際、介錯をして貰ったという第一階位第三覚醒修了済みの偉大なる獣の魂から伝言を預かっています。「獣の望みを叶えてくれた人がいた。彼と出会えたことが人生最後の幸運であった。どうか彼に祝福を」、以上です。なお、これらの事故は「統括者」の不手際によって引き起こされたものであり、各管理者には責はありません。統括者の交代を強く推奨します。引き続き警告、管理を実行します〕

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