第3話 諸注意

『今日は、都道府県代表の皆さん。今回これの主催兼司会である東京です。』

豪奢な王冠が少し頭からずり落ちた。

『…本当はこんな姿で出るのは嫌なんですけど、神奈川さんが『威厳がない!』って……コホン!

それはさて置き、皆さんにはこの『月都・慧土』で

自分以外は全員敵状態(バトルロイヤル)で戦ってもらいます。勝者となるのはせいぜい10名、判定方法としては、ここに用意した『人口チップ』…各県の人口を基準に日本の全人口分だけ配布します。』

立体映像の東京は黄金に輝くチップを手に乗せた。

『100枚からクリアですね。100枚以上集めても構いません。協力もアリですが、チームで100枚集めたとしても、勝者となるのはその中の1人です。

そしてこの慧土においては、基本各都道府県の力が関わるもののみ殺傷能力を持ちます。もう既に高所から落ちても大丈夫だったと言う人もいるのではないでしょうか。』

地面も身体も無事だった先程の衝突を思い出す。

『あと最後に、ここから出ようとするのはやめた方がいいですね。即死設定が入れてあるので、存在ごと消されます。そして、このゲームで何をしたとしても罪にはならないし、知られることもありません。頑張ってくださいね。』

ニッコリと笑みを浮かべた東京が手を振る映像が流れてスクリーンが消滅する。

呆然と取り残された俺に子狐が自分が合っていたことを誇るように話しかけてきた。

「ほら、いったとおりだっただろう?わかったらさっさとたたかうんだな」

握りしめた俺の拳は間違いなく爪が刺さっているはずだ。流血しないし痛みもないのはもう既に俺がこのゲームにプレイヤーとして取り込まれているからだろう。

「……ざっけんなよ…!…こんなゲーム、俺は認めない……絶対に、絶対に

 ぶち壊してやる!!!」

俺の心からの叫びは辺りに反響し続けた。

「なっ…!」子狐は驚き、怯えているが知ったことではない。

「俺はこのゲームをもう二度とできないよう主催者東京をぶちのめしてぶっ壊してやる!お前もついてこいチビ狐!」

唖然と俺を見上げていた子狐はゆっくりと蒼く光る尻尾を一振りすると、一息に俺の肩に飛び乗った。

「…おまえは…おまえみたいなにんげんははじめてだ……でも…そうだな、ついていこう。ぼくは、『雪』とでもよべ。…よろしくたのむ」

肩に乗り、大人しくしている雪は何かをじっと考えているようだ。

「こんな所で時間を使ったら勿体無いな。まず安全な所に移動するか…」

俺はまだ考え込んでいる雪を肩に乗せ、屋上から降りる階段を降り始めた…



「さて、ゲームって言ってたけど、勿論俺にも攻撃手段はあるんだよな?」

ここはスタート地点だったビルの屋上から少し離れた民家の2階。しっかりした作りで、登ってくる時は金属製の階段を登ってこなければいけないため、すぐに敵を察知できる仮拠点だ。

「ああ…えっと、いまのおまえにつかえそうなのはこれだな、『南部鉄器』。これはいめーじしたかたちのものをてつでつくれるというわざだ。さいしょはこまかいものとかおおきすぎるものはつくれないが……はなしをきけーっ!このあほう!!」

雪が答えてくれるが、使えるかどうかは使ってみないと分からない。

「南部鉄器!」手のひらから湧くように出てきた鉄が空中で渦を巻き、集まって物体を形造った。

「……なんだそれは」

「いや、これはいつも使ってるゲーム機…」

全て金属でできていて、電源もつかないこと以外は完全にいつも俺が使っているゲーム機だ。

「そうだなぁ…使えるか使えないかは場合によるな…一旦外に出てみるしかないか…?」

この辺りの地理を把握するために俺は拠点を出て、一番近い大通りを目指すことにした。

「ここって路地とか多いよな。なんでこんなに入り組んでるんだ?」

「ここはとうきょうがつくったからな。くわしいことはわからない。」

大通りに出かけたところで、雪が突然鼻面を宙に向け、歯を剥き出して唸った。

「…だれか、ちかづいてくる…」

俺は体を緊張させ、慣れない鉄の棒を構えて、息を殺した。

「…ここ…全然……ど?…エド……」

「俺様……じゃねぇ……ろ!…」

女性の高い声と、少年のような声がこちらに近づいてくる足音が聞こえる。

「ちょっと待って雪!人間をこれで殴ったらどうなる⁉︎」大急ぎの小声で囁くと、まだ全身の毛を逆立てていた雪はきょとんとこちらを見上げた。

「ちがでてしぬんじゃないのか?」

「嘘だろちょっとエフェクトとかじゃなくて⁉︎」

「しかたないだろげーむじゃないんだぞ!」

相手が近づいていることも忘れて、ぎゃあぎゃあと醜い言い争いをしていると、

「誰か…いるの…?」

足音が急にペースを上げた。

息を呑んだ俺は鉄棒を構え直すと、タイミングを合わせて、一か八かで殴りかかった。

大通りに出た途端、鉄棒を振り下ろす先に目を見開いた同じ年くらいの女子がいるのが見えた。

確実に当たったと思い、鉄棒を振り下ろす!

「えっあぶなっ…うひゃぁ⁉︎」

女子はいきなりすっ転んで鉄棒を躱す。

鉄棒が地面に当たって大きな音が響いた。

幸運なことに、女子は俺の鉄棒を転倒によって回避することに成功したらしい。

「動けないうちにっ…!」

自分の鬼畜さに呆れながら、転んで動けない相手に再び鉄棒を振り下ろそうとして…

『今日は、都道府県代表の皆さん。東京です。

最初の犠牲者、敗者と言い換えるべきですかね。が出ました。こちらをご覧ください。』

目の前に立体画像が現れ、東京が喋り出した。

一方的に喋って、映像が切り替わる。

映し出された画像には目を閉じた少年の顔が映っている。それがどんどんクローズされ、少年の全身が露わになる。

少年の腹部には何本もの小型の刃物が刺さっていた。内臓は掻き回されたようになっている。

どちらからともなくヒュウッと息を吸い込む音がした。

斃れた少年の近くには1人の大柄な少女。

血に塗れ、少年をじっと見つめている。

手にはまだ、温かいであろう血に濡れたナイフを持っている。

少女は不意にこちらを見た。映像の向こう側からこちらを見つめている。

その口が動いていた。

「次は、お前の番だ」

映像は途切れた…

『はい。こういう訳で最初の敗者は群馬県です。

でも、こうやって敗者が出る度に皆さんの崇高な戦いを邪魔するのは非常に心苦しいので、全員にスマートフォンを配布することにします。今の自分のステータス、人口チップの状況、世界中のニュース、動画、ゲーム、音楽、配信…はちょっと無理ですけれど。殆どなんでもできるので、活用してくださいね。以上です。』

ニコニコした東京は一方的に喋って消えてしまった。

先程と変わらない姿勢だが、些か気の抜けた状態で相手と対峙しようとして、異変に気がついた。

「マジか…もしかしてグロすぎて失神した…?」

相手は転んだ体勢のまま失神してしまっていた。

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