第2話 現実と遊戯開始

連打連打連打連打連打連打連打連打連打…

無数のコマンドによる攻撃が相手の身体に突き刺さっていく。

無限に続くかと思われた連打の先に、気合いと共に全身全霊の力を込めた特大攻撃がうなりをあげて相手の顎にヒットした。

『critical hit‼︎ you win‼︎‼︎』

地面を転がった相手の身体が壁に衝突して停止し、明るいBGMが高らかに鳴り響き、画面内で自分のキャラクター、いつも使ってまだ負けなしの赤髪の拳闘士、が腕を振り上げ、勝利のポーズをとった。

「…………よし…」

勝利報酬の画面に移行し、俺は傍に置いてあったカップ麺の容器を手にした。冷めて伸びきってしまっているそれを啜る。ゲームを放置してスマホを見ると、いつから放置しているかわからないくらいの無数の着信が放置してある。それをカップ麺に負けないくらい冷めきった目で眺めて、スマホを置く。

伸びて味のよく分からないカップ麺を食べ終わると食器を片付けるために立ち上がった。

しかし、足に力を入れ歩き出そうとしたところで立てた足がぐにゃりと不自然に歪んだ。金属を引っ掻くような耳鳴り。反射的に何かを掴もうとした手は何も掴めずに宙を彷徨う。俺は襲ってくるであろう痛みに耐える為、歯を噛み締めた。


俺の頭に伝わったのは自室の床の感触ではなかった。もふもふとした柔らかいシート。

「もうじき白鳥の停車場だねぇ」

まだ耳鳴りと頭痛の残る頭を抑え、周囲を見回す。

自室は影も形もなく、古そうな列車に変わっていた。目の前の少年以外には誰も居らず、混乱した俺の頭には「誘拐」「拉致」と言った言葉しか出てこない。

「あれ?どうかした…うわぁっ⁉︎」

「ここはどこだ⁉︎俺に何をした⁉︎」少年の胸ぐらを掴み上げ、揺さぶる。しかし、少年は映像が途切れたようにガジガジとノイズが走り、哀しそうな笑顔で消えてしまった。

「…乱暴だな、人間は」カツカツと靴を鳴らしていつのまにか現れていた青年が近づいてきた。

「初対面はまず挨拶だと思うけど。」青年は繊細だが凄みのある美しい貌をにやにやと笑みの形に歪めて、均整のとれた体躯を水干に包んで音一つなく歩いてくる。青年はそのまま消えた少年が座っていた俺の対面に優雅に座り、長い脚をゆったりと組んだ。

「僕は岩手。人間、鈴水 修君に話がある。」


「俺…?話って言うか…岩手って何だよ。確かにここ岩手県だけど…変だしイタいぞ…?」

自称岩手の青年は美しい貌から笑みを消した。

「僕が岩手なのは紛れもない事実。わざわざ会いに来ているのは君は今から僕の為に戦ってもらうから。」訳の分からないことを言い出した青年の前に俺の思考は止まる。

「勝手な事言ってんじゃねーよ!何で俺がお前の為に戦わなきゃなんねーんだよ‼︎」

「それは君がその為に産まれたからだけど?」

予想の斜め上を行く答えに開いた口がそのまま固まった。次に感じたのは激しい怒りだった。

「何でお前が俺の産まれた理由なんか勝手に決められるんだよ!ああ⁉︎」

「仕方ないな。次の候補としては君の妹になるんだが…年齢が足りない気もするが目を瞑ろう。」

全く悪びれる様子もなく吐き出された次の言葉に目の前が真っ赤に染まる。そして、それは急速に収まっていった。

「わかった。お前の言うことには従ってやるから妹には触るな」

青年は特に喜ぶ様子もなく、ただ「ありがとう」とだけ呟いた。

「でも君が従ってくれないからルール説明する時間、もう無いな…仕方ないから“その子”に聞いてくれ。それじゃあ、健闘を祈る…」

俺の座っていたシートが消えた。それどころか列車自体が消えた。かなりの高度で俺の身体は放り出され、重力によって下方への加速が始まる。

堕ちていく身体が光に照らし出される。

大きい白銀の月が優しく照らす、巨大な黒々とした中に色とりどりの光を宿す都市。都市の中央には一際高いビルが見える。その美しい光景に息を呑む。

俺の身体はその都市の外れにある一つのビルの屋上に叩きつけられた。


硬い屋上に叩きつけられた俺の身体には傷一つなかった。屋上も凹むようなことにはなっていない。

「……うぐぐぐぐぐぐ…」

何処からかくぐもった呻き声が聞こえる。

きょろきょろと辺りを見回すが、誰もいない。

「がるるるるるっ!!!」

唐突に俺のポケットから白い毛玉が飛び出し、手に鋭い痛みが走った。

「いったぁ⁉︎」手を見ると、少し血が滲んでいる。

白い毛玉は小さな子狐だった。もふもふの体は美しい純白の毛に包まれ、氷のように薄青い瞳がこちらを見る。ふさふさとした尾はぼうっとした蒼い光を放っていて、幻想的な雰囲気を纏っていた。

「よし、たたかえ!にんげん!」

「初っ端の初対面から物騒だな」

子狐は目を細めて、俺を見つめた。

「いや、そんな目で見られても俺、格ゲーくらいしか負けないものないし、なんで?どこで?なにで?いつ?だれと?全然わかんねぇ」

「このあほう。いまから、ここで、いわてさまのおちからで、いわてけんをまもるために、ほかのとどうふけんだいひょうどもとたたかえといっている」

理解できない言葉の連続に固まる俺を差し置き、子狐は延々と喋り続ける。

「ぜんいんおないどしだからじゅうぶんたたかえるはずだ。いわてさまはつよいからな、はじめはつかえないかもしれないが、おしえてやる…」

喋る子狐を手の動作で一旦止めて、

「…戦うことを放棄して逃げ出す方法は?」

子狐が呆けた、可愛らしい顔になった。

「ここをでられるのはしょうしゃとしたいだけだ」

混乱のあまり、目眩すらしてきた俺の目の前に突如として立体画像が浮かんだ。

『えーえー、テステス、マイクテス』

王冠を被り、マントを纏った少年が手を振っている。

『今日は、都道府県代表の皆さん。今回これの主催兼司会である東京都です。』

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