第22話 最悪な状況

「あぁ……。あ、あれ……?」


「た、武尊!? 目が覚めたか!?」


 それから、俺はいきなり目が覚めて緊急処置室のベッドで寝ていた。すると、塚田が心配した顔で俺のベッドの近くにある椅子から立ち上がって見守っていた。


「何で、お前がここに?」


「いや……。私もさっきまでここで休んでたんだ」


「そうか……。それより、試合はどうなってるんだ?」


 すると、塚田は下を向きながら俺に今の状況を伝えた。チーム・レッドは、俺が気絶したので次の試合は不戦敗となったそうだ。そして、最後の試合は長谷川さんと森さんが俺らの代わりに出ているそうだ。


「はぁ!? 何であの二人が!?」


 俺は、驚いてしまって思わず声を荒げてしまった。しかし、塚田は心配しているよりか落ち着いている様な表情で俺の質問に答えようとしてくれた。


「それがさ、あの二人は私達ばっかりに負担を背負わせる様な事はできないって言って聞いてくれなかったんだよ」


「だ、だけどよ、森さんまで出なくても良いじゃねぇかよ」


「いや……。それが、この事は森さんからの発案なんだ」


 森さんは、俺と塚田が北村と山路のチームとの試合で疲れ果てている姿を見て自分だけ何もできない事が耐えきれなかったそうだ。


「だけどよ、そこまで言わなくても良いじゃねぇかよ」


「それは、私も言ったんだ。だけど、どうしても聞く耳を持っていなかったんだ。だから、痛い目を見させるしか無いと思ってしまった」


「何だよそれ……。もう良い!! 今からでも俺が出るんだ!!」


「武尊!?」


 俺は、一回もリングに上がっていない焦りを感じながらも森さんの試合を止める為にベッドから急いで立ち上がった。塚田は、俺を食い止めようと腕を掴んできたが、俺はそれを払って会場まで走った。


 すると、そこには森さんがリングに上がって川添と戦っていた。そして、俺らのチーム専用のスペースにはボロボロになった長谷川さんがゲームスタッフに手当てを受けていた。


「長谷川さん!!」


「平本君!?」


「この試合を止めて下さい!!」


「え、いや、それは無理だと思います」


 長谷川さんは、下を向きながら俺のお願いを断った。なので、俺は長谷川さんに言う事を諦めてゲームマスターであるフェミニスト君に試合を中断する様に声をかけた。


「あれ? 平本武尊君じゃん」


「お願いだから! 辞めさせてくれ! 俺が出るんだよ!」


「武尊!! もう辞めてくれ!!」


 俺は、塚田に止められながらもフェミニスト君に試合を中断させる事を必死に訴えた。しかし、フェミニスト君は笑いながら俺の願いを全く聞く素振りを見せなかった。


「残念だけど、本人は戦う気で居るんだから暖かく見守るのが仲間ってもんじゃないの?」


「だけど、俺は知らなかったんだよ!」


「そりゃそうでしょ。さっきまで二回も気絶してたんだからね。そりゃ、仲間も心配して代わりに出場したくなるよ」


 俺は、何も言えなかった。確かに、フェミニスト君が言っている事は納得できるが、それでも俺は試合を中断してほしかった。しかし、俺は何も言える事は無かった。


「とりあえずさ、平本武尊君は森渚沙さんの勇姿を見ていてご覧よ」


 俺は、フェミニスト君にそう言われて恐れながらリングの方へと顔を向けた。すると、森さんが対戦相手である川添の攻撃を一方的に受けていた。


「や……。辞めてくれ……」


「もう辞めれないよ。だって、これが最後のラウンドなんだもん」


「は、はぁ?」


「森渚沙さんはね、貴方達の為に最後まで粘ってるんだよ。それこそ、女性だからとは言わずにね」


「そう……。だったのか……」


 俺は、森さんを良く見ると身体中に痣が幾つもあった。確かに、森さんは攻撃ができなくても頑張って攻撃を避けたり防御に専念して耐えてたりしていた。


「情けねぇなぁ……。こんなにも頑張ってるのに俺なんて試合すら出れないなんてよ……」


「そんな事はないぜ、武尊」


 すると、塚田が励ましながら俺の背中に寄り添ってくれた。俺は、森さんの勇姿を見て情けなく感じていたが、塚田は両手を俺の背中に触れて落ち着かせ様としてくれた。


「武尊、覚えてるか? お前が私に励ましてくれた事をよ」


「すまない……。今は、それどころじゃなくて思い出せない」


「いや、良いんだ。私が勝手に思い出した事だから」


 塚田は、今までに無いぐらいに優しい声で思い出した過去を語ってくれた。それは、塚田が中学生の頃に同級生の女子が塚田に嫉妬して嫌がらせをされていた時の事だった。


 塚田は、俺だけじゃなくて同級生の男子とも楽しく冗談を言い合ったり昼休みにサッカーしたりしていた。俺は、そんな塚田の事が大好きで同じ幼馴染として誇りに思っていた。


 しかし、そんな時に同じ女子からは嫉妬されて嫌がらせを受ける事になった。塚田は、それでも俺ら男性陣に気付かれない様に振る舞っていたそうだ。


「だけどよ、我慢の限界になったから武尊に思わず相談してしまったんだ」


「すまない、肝心な時に憶えてなくて」


「大丈夫だ。私は、鮮明にあの時を思い出してるんだ。あの時から……。あの時から、私は自分らしく生きよって思ったんだ」


 塚田は、そう言いながらも涙を堪えている様な声になっていた。塚田が言うには、俺はその相談を受けて急に殴ったそうだ。しかし、そんな事を言われても思い出せなかった。


「武尊から殴られたのは驚いたけどよ、それよりも武尊が私と向き合ってくれた事が何よりも嬉しかったんだ」


 塚田は、俺に殴られた後に驚いて怒り叫んでしまったそうだ。しかし、俺はクヨクヨしていた塚田が俺に怒りをぶつけている様子を見て安心したそうだ。


「確かに、塚田には強い女で居てほしい気持ちがあるからな」


「初めてだけど、そう言われてめっちゃ嬉しかったんだ。だからこそ、女の悪質な虐めに屈してる暇はねぇって思ったんだ」


 塚田は、俺に殴られた事で男には強く言えるのに同じ女になると気が引けてしまう自分が嫌になったそうだ。なので、塚田は嫌がらせをしてくる女の子達に堂々と負けない気持ちで居る事に決めたそうだ。


「武尊の強い拳が私を強くしてくれた。本当にありがとう」


「でも……。今の俺は、もうどうすれば良いのか分からないんだ」


「分からなくて良いんだ。分からなくても格好悪くても武尊は武尊らしく生きててほしい」


「だから、それが分からないんだよ」


「なら、私と一緒に見つけようぜ」


 塚田は、そう言いながら俺の手を引っ張って先程まで居た緊急処置室に迎った。俺は、何の事か分からないまま森さんの勇姿が最後まで観れる事はなかった。

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