第1.5話 祖母

「瑠璃、ちょっと良い?」


 それから、平本武尊の祖母である信子のぶこは三人目の孫娘である瑠璃に武尊と喧嘩した事について話をする為に瑠璃の部屋に訪れた。


 今は、夜の十時を過ぎている時間帯で仕事に通勤している祖父の克典かつのりと父親の毅彦たけひこが帰って来ている時間帯であった。


 瑠璃は、夜ご飯を食べ終わってゆっくりしようとしていた時に武尊が大事にしていたゲーム機がリビングの机にある事を知らずに肘に当たってしまい、床に落として壊してしまった。そして、瑠璃は自身が壊した事が本人にバレるのが嫌だったので何も言わずに机の上に置いて無視していた。


 しかし、武尊は瑠璃が壊した事は直感で分かっていた。何故なら、母親の里香りかは信子と台所に居て後の姉妹は各々の部屋に余暇活動をしている事を把握しており、瑠璃しか近くに居なかったからだ。


「どうしたの? おばあちゃん」


 瑠璃は、武尊のゲーム機を壊してしまった事に危機感を持っていたが、母親が庇ってくれた事により反省などは一切感じていなかった。しかし、信子は瑠璃の様子を見て反省などしていない事は既に把握済みだった。


「あのね、貴方もお兄ちゃんに謝ったの?」


「謝ったも何も私はわざとじゃ無いもん」


「わざとじゃ無いからこそ、お兄ちゃんは余計に怒ってるのよ」


「何でよ、わざとだったら許してくれるの?」


 瑠璃は、武尊やクラスの男性に謝るのはプライドが許せなくて謝りきれなかった。心の中では、自身が壊してしまった事に対する罪悪感は存在していた。しかし、もし仮に謝っても許してくれなかったらと想像するとプライドが邪魔して謝る事ができなくなってしまうのだ。


「許して貰おうと謝るから許してくれなかった時に自分が傷付くのよ。だから、『許して貰おう』とかじゃなくて『私が悪い』って思わなきゃ駄目よ」


「分かってるけど……。どうしても、謝り辛くて……。どうすれば良いか分かんないもん」


「なら、私が後ろで着いて行くからお兄ちゃんに謝って来なさい」


「分かったよ……」


 瑠璃は、信子に言われた事で仕方無く武尊に謝る事を決意した。しかし、武尊の部屋に入ると武尊はベッドの上で寝ていた。なので、信子は瑠璃に明日の朝に謝りに行く事を約束する事にした。そして、信子は瑠璃を自身の部屋に返した後に旦那である克典が居る居間室へと足を運んだ。


「信子、どうしたんだ?」


「克典さん、やっぱり今時の男の子って大変そうですね」


「そうだな。しかし、今のだと武尊は何かあったようだな」


 信子は、克典に諭されたので武尊に何があったのかを伝えた。克典は、その事を聞いて武尊に同情しながらも武尊にも非がある事を信子に述べた。


「まぁ、今時の若い子は俺達と考え方が違うからな。どのラインがセクハラになるのかも人によって変わるからな」


「そうですね。私から見ると、今の女の子は男性を下に見過ぎです」


「そうか? まぁ、信子がそう言うならそうかもしれないな。確かに、今の男は優しすぎなんだよな」


 克典は、最年長として会社を支えているので女性の部下からも慕われている。しかし、関わる時はかなり気を遣っているので時々面倒臭くなる時がある。


「今の時代は、女性が当たり前に働いているからな。まぁ、別に悪いと言う訳じゃ無いんだけどな。偶に、疲れるんだよな」


「そうですね。私達の時代は、結婚したら家庭に入るのが当たり前でしたからね」


「それにしても、信子は良くやってくれてるからな。本当に感謝してる」


「今更どうしたんですか?」


「いや、何でも無い。ちょっと上から目線になってしまった。すまない」


「ふふふ。いつもの事ですよ」


 信子は、二十歳の時に職場で克典と出会って二年後に結婚した。その後は、家庭に入って克典の帰りを待つ事が増える様になったが、それでも克典は信子の為に仕事を早めに終わらせて帰宅していた。


 信子は、そんな克典の事が大好きで克典の為に専業主婦として支えてきた。そして、娘の里香を授かって二人で育てる事もできた。それから、二十年が経った後に毅彦を婿として迎い入れて孫までも授かる事ができた。


「まぁ、とにかく俺らみたいな家族はそう簡単に見つかる物では無いからな」


「そうですね。克典さんが頑張ったからこそですよ」


「確かに辛い事もあったな。でも、それを支えてくれたのは信子だ。いつもありがとう」


 克典は、そう言いながら信子の肩を優しく置いた。そして、信子は自身よりも大きな手をしている克典の手の温もりを感じながら微笑んでいた。


 それから、克典はリビングで食事を摂る事にした。この時間帯は、毅彦と共に帰って来た後に少し時間を置いてから夜ご飯を食べる事にしていた。なので、里香が毅彦と克典の分のご飯を準備している間に着替えなどを済ませていたのだ。


「それより、毅彦さんはお仕事は大丈夫なんですか?」


「ん? 毅彦君は、いつも通りに頑張っているけどどうしたのか?」


「いえ、このご時世なので女性との関係に困ってないのかと不安になっただけですよ」


 信子は、同じ職場の女性との関係に何か困った事が無いのか気になった。しかし、毅彦は同じ部署の人達とも楽しく仕事をしている事を克典は同僚に聞いていた。


「そうですか。それは良かったです」


「俺ももうすぐ定年だからな。この調子で頑張って貰いたいな」


「そうですね。毅彦さんは、克典さんに似てきましたものね」


「そ、そうか? まぁ、ずっと一緒に居るからな。彼と一緒に居てなかなか飽きない」


 克典は、毅彦を婿として迎い入れた時から毅彦の事を気に入っていた。出会った当初は、家庭環境が最悪だった毅彦を見て同情しかしていなかったが、何度も関わる事で最悪な家庭環境に育った事が感じない程に毅彦の良さを感じていた。


「良かったです。この調子で家族全員が幸せになってほしいと思います」


「あぁ、そうだな。信子や里香だけじゃなくて毅彦や武尊達にも幸せになってほしい」


 克典と信子は、自身の家族が誰にも疎まれたり恨まれたりせずに平和に過ごしてくれる事を切実な想いで語り合った。

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