第4冊「同調吐説」②

 もちろんわたしも何とも思わなかったわけではないけれど、あまりの衝撃でびっくりしすぎて、何も言えなかった。固まってしまったし、そもそもそんな男子集団がぐわっと寄ってきて応戦できる程に、わたしは鍛えられてはいない。


 しかし、気付かないうちにわたしは、涙を流していたらしい。


「うわっ、こいつ泣いてんじゃんー」


「なんだよ、たかが本じゃん」


 などと、男子たちは言っていたように思う。


 その後もしばらく、わたしの読んでいた本の罵倒大会が続いた。


 ああー、と思った。


 あーあ、の方が近いかもしれない。


 別に顔をゆがめたとか、泣き叫んだとか、そういうことではない。


 ただ――何も変わらないんだなあなんて思ってしまった。


 普通に日常生活を送っていて、まあ例えばお腹がめちゃくちゃ痛くなったとか、誰かに殴られたとか、そういう劇的な何かが起きない限りは、学校で泣くことってそこまではないと思うのだ。


 だから――何というか、わたしにとっては、学校で泣く、とか誰かが泣いているというのは、ちょっとした異常事態なのだった。


 何かがあったんだろう――と思うし、どうしたんだろうと思う。その日の気分によっては、「大丈夫?」なんて声を掛けることだってあるかもしれない(もっともそんな優しい子でもないのだが)。


 しかし――何もなかった。何一つ、動かなかった。


 世界は変わらなかった。


 泣いた程度で止まることもなく、誰かが声を掛けてくれることなんてなかった。誰も助けてくれなかった。


 頭の少し上くらいで、その様子を眺めているような感覚だった。


 そう、わたしは、所詮、その辺の人なのだ。普通の人なのだ。だから泣いたところで、ピックアップもされない。取り立てて誰も反応もしない。わたしは、わたしの大好きな小説の登場人物たちのようなキャラクターではなく、ただの何でもない人間なのだ。


 いてもいなくても、変わらないのだ。


 これが普通――なのだ。


 そして休み時間終了のチャイムがあって、何事もなかったかのように席に戻って、授業を受けていた。授業が始まる前にトイレで涙は拭いて――わたしも普通に授業を受けた。


 いや、普通なわけないよ。


 辛かった、んだと思う。


 もやもやしていた。


 ただ、うまくそれを言葉にできなかったし、心でも表せなかった。


 そして放課後、部活動に入っていないわたしはそのまま帰り、何となく神社に寄った。たまに寄るのだ。テストの点が悪くてお母さんに怒られるの嫌だなって時とか、友達に感じ悪いこと言っちゃった時とか、失恋した時とか。


 鳥居を潜って、石が積まれているところに腰かけて、溜息を吐いて。


 そうしたら、涙が勝手に出てきた。


「え、え、ええええっ! ちょ……」 


 いや、最初は何が起きているのか分からなくて、混乱した。でもすぐに、自分が悲しんでいるんだと気付いた。大好きだったものを、あんな風に言われて、さんざんに馬鹿にされて――悲しかった。悔しかった。


 そして何よりも、彼の言っていることも、別に分からないではないことが嫌だった。クラスではその小説家さんの本を読んでいる人はいないし、知名度はあっても、中学生が好んで読む本かと言われるとそんなことはない。


 そして彼は、少なくともそんなわたしよりも本をたくさん読んでいて、読書感想文だっていつも入賞してて、頭も良くて――その彼が言うのなら、悔しいけど正しいのかも、なんて思っている自分がいるのだ。


 本を馬鹿にされたことよりも、作者をけなされたことよりも、この本を嫌いになりかけているわたし自身がここにいるのが、一番辛かった。


 リュックから取り出して、小説を見た。


 あーあ。昨日はあんなに、読んでいて幸せだったのに。


 手に取ったとき、すっごく嬉しかったのに。


 読むの、わくわくしていたのに。


 何だか今は、持っていて恥ずかしい気がする。


 こんなの読んでる自分を、自分で馬鹿にしている。


 どうしてこんな恥ずかしい本読んでるんだろう――なんて、考えてしまっている。


 なんでよ。


 なんでだろう。


 なんでだろうなあ。


 そんなことばかり考えていたら、また勝手に涙があふれてきた。


 頑張ってリュックの脇のポケットからハンカチを取り出したけど、この涙は、それだけではせき止められそうになかった。

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