第4冊「同調吐説」

第4冊「同調吐説」①

【道聴塗説(どうちょうとせつ)】

 人の話を心にとどめて自分のものにしないこと。また、人から聞いたことをすぐに受け売りすること。いい加減なうわさ話。


【曲学阿世(きょくがくあせい)】

 真理にそむいて時代の好みにおもねり、世間の人に気に入られるような説を唱えること。


【和光同塵(わこうどうじん)】

 優れた才能を隠して、俗世間に交わること。



 わたしは一人、神社で泣いていた。


 放課後である。まだ日は沈んでいない。国道沿いの、石段を登らなければあることにすら気付かないような、わたしだけの秘密の場所である。中学校からさほど遠くはないが、それでもめったなことでは人は寄り付かない。


 嫌なことがあった。とても嫌なことだ。


 クラスの男子に、好きな本を馬鹿にされたのだ。


 いや、馬鹿にされるだけならまだいい、それはいつものことである、しかし今日に限っては、それが集団で襲ってきたのである。その男子と仲の良い男子が、こぞってわたしが読んでいた本を、馬鹿にしてきたのだ。


 ブックカバーを付けていなかったことが悔まれる。どうして今日に限って、付けるのを忘れてしまったのだろう(その本を皆にも知ってほしくて、カバーを外してきたというのも無きにしもあらずなので、あまり深くは言えない)。


 その小説は、わたしが今熱中している小説家さんの、最新刊だった。ジャンルはミステリーである。昨日発売で――塾の帰りに、お父さんに買ってもらったのだ。一体何がライトノベルか――というのは判断が分かれるところではあるが、表紙には可愛いイラストが入っていて、挿絵もほんの少しだけある。ただそれでも、わたしの大好きな小説家さんの、大好きな本であることには間違いがなかった。元々ライトノベル寄りの作風と、純文学寄りの作風を併せ持った人で――今回はそのライトな部分が満載になっていた。いつもは見れない文章の一面を読むことができて、とても嬉しかった。


 もう一度読破してしまったけど、また読みたくて、朝読書の時間に学校で読んでいた。朝だけでは飽き足らず、昼休みの時間にも読んでいた。


 そこを突かれた。もう本当に、最悪である。


 その男子の名前は、曲狩まがりまなぶという。



 いつもいつもいつもいつも、わたしが読む本に難癖をつけてくる。


 彼自身も本を読む方らしいので、仲良くなれるかなあ、などと思っていたわたしが馬鹿だった。わたしが好きな小説家さんたちの名前を聞くと、彼はこう言った。

「そいつは駄目だ」


「その作家が好きな奴にろくな奴はいない」


「ラノベじゃん」


「ページ数もそんなに多くない」


 ミステリが好きだと言うと、


「それをミステリーだと呼ぶなよ」


「こんなのどこが面白いんだよ」


「キャラの名前が変なだけ」


「文学的じゃない」


「オタクに媚びているだけ」


「癖の強すぎる文章」


「内容も薄い」


 等々と、まあ酷いことばかりを言ってくるのである。


 いつもは、「はいはいそうですね」、とスルーしていたから良かったものの、今日は駄目だった。


 クラスの男子たちが、それに乗っかってきたのである。


 奇妙なことに、こういう男子に限って人望があったりするのだ。


 なんでだろうね、ほんと。


 足が速いからか、顔が整っているからか。


 わたしが読んでいた小説をぶんどり、ひったくり、そして見て、イラストを見て、内容を見て笑った。


 そして、まるでネットのレビューでもそのまま読んだみたいなことを口々に言った。


 文章を切り取って、読み上げて笑った。


 さんざん笑った。


 わたしがいくら言っても、もう全否定だった。


 きっと楽しいんだろうな、と思った。


 そりゃそうだ。自分より立場が下にいて、いじっても何も言わなくて、いじれば周りが同調してくれる。静かな女子は、何も考えていないし何も感じていないと、本気で思っているのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る