第3冊「瞑想常軌」④
「それで? 何回読んだんだよ、この小説たちをよ。へー、綺麗な表紙じゃん。あ、ミステリが多めだな」
手に持った小説群をじろじろと見ながら、虫姫は選評を口にした。ツインテイルと口調が全く嚙み合っていない。全然可愛くない。
何だかそのギャップに毒気を抜かれてしまった。見知らぬガキの相手をする私。誰か給料を支払ってくれないだろうか。
「まあ――そうね、推理小説は好きね」
「ふうん、推理小説が好きってことは、あれか。やっぱ人が死ぬのを見るのが好きなんだな!」
「極論すぎるって」
小説で性格分析するな。
まあ非日常を求めて小説を買っているということもあるから否定はできない。
「どっちかって言ったら、推理を見るのが好きかな。探偵は嫌いだけど、ワトソン役の方が好き」
「へえ!
あのシリーズを知っているのか小学生。
そこで
このガキ、できる。
侮っていた。
「そうね」と言っておいた。
なるべく感情を込めずに。
ふと、まじまじと一冊の小説を取り出し、虫姫は言った。
「そんで、これって、どんな話なんだ?」
売ろうと思って最初に手にした本で――それは。
「…………」
確かに、読んだけれど。
手に取り、何度も
内容は覚えていなかった。
「あれ――」
「どうしたんだ、遥。何かに気付いたような雰囲気だな?」
にやにやと、人の
「いつ、これを買ったんだ?」
いつだ、これを買ったのは。
確か、就職して最初のお給料で、買ったはずだ。間違いない、この作者さんの新刊は、学生の頃からずっと――ずっと好きな一冊だった。
なのに、にもかかわらず、どうして覚えていないんだろう。
お茶を濁すと、虫姫は、
「ふうん。でも、なんか神妙な顔つきだな? もうちょっと見てみるか?」
そう言って、紙袋をまさぐっていくつか本を出した。外のベンチでお店屋さんかよ、めんどくせえガキだな。
しかし、その鬱陶しい感情は、すぐにどうでも良くなった。
その日売りにきた小説は13冊あったけれど、そのうちどれ一つとして、粗筋さえも、私は覚えていなかった。
「はあ?」
ついそんな声が出てしまった。
なんでだ。
中学の時は書痴とまで呼ばれた私である。速読には自信があったし、内容だってその時は覚えていた。記憶喪失にでもなったのか。
今流行の忘却探偵か?
「あーあ、ほら、やっぱ覚えてねえんだ! そうだろ! あたしの思った通りだ」
「…………」
ガキが調子に乗っていると殴りたくなる――が、この場合は違うだろう。
どうしてそれを、虫姫が分かったかということだ。
私は、内容を覚えていないなどとは一言も言っていない。
なのに――本を取り出させたのも、元々虫姫がそれを理解していたからこそできた芸当である。
そして従う必要はまったくなかったのに、私はしぶしぶ諦めて言われた通りにしている。
仕組まれている、何かを理解られている――が、何を?
首のあたりに嫌な汗が滴った。うざい。
その分からなさ加減が、しかし、気になった。
だから私は聞いた――。
「どうして――分かったの?」
「ああ? 当たり前だろ。だってあんた」
――死のうとしてるんだろ?
小学生の静かな言葉は、世界を止めた。
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