第3冊「瞑想常軌」②

 次の日、書店まで赴いた。


 古本屋までは、徒歩で15分ほどである。


 流石に全ての小説を一度に売却することはできなかったので、今日はどちらかというと値打ちのつきそうな――メディア化された小説をピックアップして、リュックに入れて持っていった。結構重かった。本は重いのである。


 店の中で一つ一つ出すというのも申し訳ないので、外にあるベンチで、リュックの中の小説たちを取り出した。どれも一度か二度だけ読んだ本ばかりである。元々本の扱いだけは丁寧にするよう教育されていたので(部屋は汚い癖に)、装丁や表紙に傷などはほとんどなかった。


 私のように、読んだまま放っておかれる人ではなく、今度は大切にしてくれる人の所にいけよ――と、そんな風に念じた。


 そして、財布の中の古本屋専用のポイントカードを探そうと。


 したところで。


「お姉さんはその本、何回読んだ?」


 と――そんな風な声が飛んできた。


 声の主の方を向くと、成程そこにはガキがいた。


 浅黒い肌に、八重歯が目立つ。髪の毛を二つ結びにした、動きやすそうなショートパンツを履いた、小学校高学年から中学初期くらいの、三白眼のガキ――女の子であった。

 幼さの象徴として、時折文学作品ではツインテイルは見るけれど、実際に見たのが久しぶりすぎて、なんだか文化遺産を見たような気分になった。


 確か私の時には、小学校高学年くらいから徐々にツインにする子は減っていっていたように思う。

 

 そんなクソガキが、私に話しかけてきた。


 口調が悪くて申し訳ないが、私は子どもが苦手である。特に生意気なガキは嫌いだ。たとえ将来結婚することがあったとしても、絶対に子どもは作りたくない。どうして自分の腹を痛めてまで、ガキを作らねばならないのかという話である。


 インターネットが普及した令和の今、ガキ共は当然のようにスマートフォンを持っていて、あれだろう、大人の失態を録画してネットに晒し上げるのだろう。


 咄嗟とっさに警戒し、その場を去ろうかと思ったけれど、


「おいおいお姉さん、そんな警戒するなよ」


 と、言ってきた。


 どうやら見たところ、スマホの類は持っていないらしい。


 先程も述べたように、私はガキが嫌いだ。なぜかと問われると難しいが、言葉が通じないからだろう。大人にも話の通じない輩は普通にいるが、子供の差ではない。「人は誰でも子どもだったのだから」と言われても、今は大人なのだ。結婚の予定はなく、子どももいらない。一生独身だろう。自分のこともそこまで好きではないのに、自分と似た顔のガキだと。嫌いな要素しかない。絶対に虐待すると断言できる。そんなことのために、一生をドブに捨てて、子育てに励み、命の危険を冒す勇気が、私にはなかった。少子化対策? 知らん。少なくとも私が死ぬまで、人口減少で世界は滅亡しない。世界とかこれからの日本とか、そういうことは余裕のある奴が考えていればいい。どうせどうなろうと、私ができることなんて何もないのだ。


 

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