第3冊「瞑想常軌」

第3冊「瞑想常軌」①

【明窓浄机(めいそうじょうき)】

 清潔で勉学に適した書斎。




 久しぶりに部屋の掃除をしたように思う。


 最近は仕事で忙しくて、ほとんど何もすることができていなかった。駅から13分、家賃は44,000円。一人暮らしである。彼氏はいない。そんな部屋は、仕事から帰った後で、何とかシャワーを浴び、髪の毛を乾かし、そして爆睡するだけの場所と化していた。


 大学4年生の頃まではよく「丸くなったね」と言われていたけれど、最近は痩せてしまった。多分、夕食を食べていないからだろう。まあ、ぶくぶくに太って人から莫迦ばかにされるよりはマシだと思いたい。


 誰かを招き入れるということもない。


 中学、高校、大学と進学するにつれて、友人をリセットしてきた私である。


 特に大学の頃は、所属していたサークルのおさの男子と当時付き合っていたがこっぴどくフラれ、悪口をサークル内で流されて居場所がなくなる、という楽しいオチが付いている。だから家に呼ぶ人なんて、誰もいないのだ。


 お蔭で(お蔭というか全部私のせいなのだが)、部屋の中は、誰がどう見ても汚部屋であった。


 掃除を始めた理由は――何ということはない、ただ単純に、休日に少しだけ体力が有り余っていたから、だということに起因する。いつもは起きていても身体が動かず、ずっと布団の中にうずくまっているのだ。


 色々なものを、ゴミ袋の中に捨てた。


 この部屋にはここまで多くのものが存在していたのか。どおりで狭く感じたはずである。


 こうして掃除をしていると、なぜゴミは発生するのかという根源的な考えに帰納する。埃はなぜ発生するのか、とか、でもそれを考えても、頭の中の靄が全てを邪魔して消し去ってしまう。


 神様に、どうでも良いことを考えずに掃除をしろ、とでも言われているようだ。


 そう思って、3つ目のゴミ袋の紐を縛った。


 ある程度片付けが終わり、水回りも綺麗にし、床も拭いたところで――ふ、と、私は気が付いた。


 いや、今まで気が付かなかったことを恥じ入るべきだ。


 本棚には、何一つ手を付けていなかったのである。

 

 本、小説、物語。


 根暗で陰キャで孤立癖のある私(そう言っておけば暗くても世間では許される魔法の免罪符である)には、とっておきの趣味であった。


 どうしようか迷った末に、私はそれを捨てることにした。


 別に良いのである。積読とかしないし、全部読んだし。内容が分かっている本を、いつまでも置いておく必要はないのだ。


 しかし量が多い。ゴミ袋に入れようとしたけれど、入りきらず、また重い。


 はてどうしようかと悩んだ末に――莫迦な私はようやくここで思い至った。


 近所に丁度、古本屋があるのだ。


 売却したことはないけれど、古本屋ということは――本の売却も受け付けているということだ。手続き等が必要かを調べた。


 身分証明をする必要があるとのことだった。


 こういう時、マイナンバーカードって便利だよね。


 そうと決まれば話が早い――と思ったのだが、その日はもう夜が更けていたので、また明日出かけることにした。


 家にある全ての小説を、売るために。

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