第1冊「臥薪生譚」③

「それで話を戻しますと――その小説を読んで、私は、愕然がくぜんとしてしまったのです」


「愕然と? 何に。その本が虫食っていたとか? 懐かしい書き込みがあったとか」


「いえいえ。この私が、大事な本をそう粗末に扱うと思いますか? 私に対する評価を、少々改めてもらわねばならないようですね。覚えておいてください。本に書き込みなどという愚かな真似、私はしません。絶対に」


「わ――分かったよ。それで。何があったんだ。何に愕然としたんだよ」


「外面にも内面にも、何一つ変化はなく、あの頃のままでした」


「……?」


「いえ、変わっていたのは、私の方でした、と言うべきでしょうか」


「変わった? 薪原さんが?」


「ええ。端的に言えば、その本が、面白くなかったんです」


「…………」


「それもただ面白くなかった、だけではないんです。それに面白さを、そもそも見出すことができなかったのです」


「そりゃあ……」


「いえ。臥雲くんの言いたいことは分かります。私は今までに多くの小説に出会ってきました。この中学校の図書室にあるほとんどの小説は、既に読破しています。小学校の頃から蓄積されたそれが私の記憶として――読書体験が更新アップデートされてきました。だから、面白くないと感じるのは、別におかしいことではないんです」


「まあ、小説は時が経っても変わらないけれど、人間は変わるものな」


「ええ。そうです。そういう体験、臥雲くんにはありますか」


「うーん、どうだろう……具体的に聞きたいな。面白く感じなかったっていうのは、どういうこと?」


「そうですね。その小説はミステリで、敬愛する作家先生の処女作なのですが」


「ほう」


「……今、処女作という言葉にえっちな響きを感じましたね?」


「感じてねえよ」


「まあ良いでしょう。臥雲くんも年頃の男子ですからね」


「僕の話をちょっとは聞け」

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