第1冊「臥薪生譚」④

「話を戻しますとね」


「会話が鋭角過ぎやしないか……まあ良いけどさ」


「私はその小説が好きでした。間違いなく、小学生までの私なら――『今まで読んできた小説の中で一番好きな小説は何ですか』という問いに、その小説を選んだことでしょう。でも今はというと、そうでもありませんでした。登場人物のネーミングの尖り方は、わざとてらっているように感じます。トリックの突拍子もなさは、こちらをめてやろうという読者の意図が見え透いています。オチのまとめ方は、何も解決していないのにこちらを無理矢理納得させたように思えてしまいます。えて改行しないという手段も、文字数を稼いで視覚的な『すごみ』みたいなものを演出しようとしているように見えます。散っている傍点ぼうてんも、ただ何となく振っているようにしか見えないんです。わざとらしくこれがミステリだと名乗って良いのかと、私は、そう思ってしまったんです」


「…………」


「私は――知らないかもしれませんが往生際が悪いので、その処女作に近い時期に発刊された、その作家先生の小説をもう一度読み直しました。私の大好きな小説が、こんなにつまらないわけがないと――それを証明するために、好きな作家の好きな成分で頭を満たそうとしました。でも――」


「その小説も、面白くなかったのか」


「そうです。小学生の時に通学中ですら読んでいたその小説たちを、私は一切合財、面白いと思うことができなくなっていました。陳腐だとすら思えてしまいました。それで、私は、とても悲しくなってしまったんです。あの時の面白かった小説は、どこに行ってしまったのだろう……と」


「泣きそうだぜ、薪原さん」


「私も年頃の女子ですよ、男子の前で泣いたりはしません。でも――本心では泣きたいですね」


「そうか……でも、その気持ちは、僕もちょっと分かるかもな」


「臥雲くんも、似たような経験をしたことがあるんですか?」


「ああ。いやさ、僕も、デビューの作品からずっと追ってて、全巻持ってる小説家っていうのが一人いるんだよ。薪原さんが多分そうだったように、新刊の発売が決まったら即本屋に予約注文するレベルの。図書館に入ることなんて待ってはいられない、みたいな小説家だよ」


「へえ。濫読らんどく派かと思っていましたが、臥雲くんにもそういう人がいたんですね」


「まあね。それこそ、僕が小学校3年くらいからずっと追い続けてて、中学受験で読めなかった分を去年一気に読んで、やっと追い続けてる、って感じなんだけれどさ。それこそ当時は、小学校の授業なんてほっぽり出して、その小説を読みたいくらいには熱中していたんだけど、でも最近は――正直、惰性で買ってるんだよな」


「惰性で、ですか」


「うん。まあさ、小説家も人間だし、ああ、変わってくるんだなってのは、読んでて分かるんだよ。薪原さんみたいに、改行だとかルビだとか、細かい変化には気付けないけどさ。ただ何となく最近の変わり方が、僕に合ってないみたいなんだよな。『』『』って、最近はそう思いながら買ってる」


「それでも購入しているんですね」


「まあ、ここまで来るとコレクション欲みたいなものかもしれないけれどな。その人同時並行で色んな物語展開している人だから、何となく全部集めたいってなるじゃん。でもそれだけかな。それらのシリーズも正直下火だし、アニメ化、ドラマ化もかつてはしたみたいだけれど、それも昔の話で、正直そういう映像化した作品におんぶにだっこしている姿勢も気に食わないっていうか、ダサいじゃん、いつまでも過去の栄光にすがっているみたいでさ……ああ、これはでもちょっと、薪原さんの悩みとは違うかな」

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