騎士と墓暴き・2/おわったおにいさん
「イチロー。お前のバイク撮るからどいてくれない?、バエねーからバイクの下のゴミ寄せて」
「自分のカメラあるじゃん」
イチローことカノンは、手で追い払う仕草を見せる妹、留乃を睨むと脇の植え込みの方へ歩み寄る。
昼のお台場は、船谷と比べてもさらに人が少ない。
もう十日ほどすれば、時節柄デートコースとして需要が上がって混むのだろうがこの時期はまだ閑散としている。
閑散とした場所で、見せるために大げさな声と動きで動画撮影をしているものの姿や、写真の見栄えを確保するためにあちらこちらを寄る辺なく彷徨う者の姿は、閑散としている場所ではどこか滑稽にも見える。
霞音は植え込みの中に自販機を見つけ、ミネラルウォーターを買う。
ミネラルウォーターを一口飲んで、スマートフォンを取り上げ、手すりの向こう、品川方面の陸地とお台場側の陸地の間、人工の入り江になっている場所を、戻ってきたらしきクルーズ船が悠々と通り過ぎていく。
特に理由もないが、カノンはスマートフォンを掲げ、写真を撮る。
持ってきたサニーのデジタルカメラはバイクのバッグの中だ。
ついで、イメスタグラムを起動してみる。
こちらには、妹に渡した画像データをサイト上で最終確認するという目的のようなものがあった。
久しく起動していなかったためか、パスワードの入力を求められた。
パスワードそのものは忘れていたが、アカウントの設定をする時にどういう事を考えるだろうか、という思考の再現を経て、霞音はパスワードを思い出す。
狙いたがわず、入力したパスワードは一致する。
僕は少しは自分の事を知っているらしい、霞音はそのような心境に至る。
開封前のカップラーメンのアイコンが画面に表示される。
彼のアカウントのものだ。あまり画像はアップロードしていないが、アカウントを作って置いてあまりいじらなければ、ある場合と無い場合、両方の面倒ごとを避けられるのではないかという考えのもと、カノンはそうした運用を心掛けている。
単純に彼自身があまり興味を持っていない方が理由としては大きいが。
留乃に渡した画像データはもうアップロードされているだろうか、と留乃のアカウントを検索し、確認する。
留乃はSNS上で注目されるタイミングを見計らい、SNS上の話題作りの為に遊びに行くことがある。
実際に各SNSでインフルエンサーとして認知されている上、成績もすこぶる優秀なため、個性として黙認されている。
丁度カノンが一人暮らしを始めた頃からの事なので、周囲ももうそういうものとして認識している。
当初はカノンも一言二言釘を刺したが、効き目はなかったようだ。
昨日は登校した様子で、学校の画像、それに友人と帰りにカフェに寄った際に撮ったらしき画像が上がっているが、今日渡した写真はまだアップロードされてはいない。
「カフェって、ランボじゃん。学校帰りにわざわざ港区まで行ったのか……」
恐らく、今日撮影した写真は留乃自身もチェックした後、必要な加工を施してアップロードするのだろう。
イメスタグラムやテックタックに残る自分自身の映像画像には熱心であることを思い出して、カノンは得心する。
「大好きなお兄ちゃんのバイクに乗せてもらってデートです♡クリスマスもお兄ちゃんとデートの予定♡」
見ている最中にカノンのバイクの画像だけは白々しいキャプションと一緒にアップロードされた。
クリスマス家族で集まる流れになっちゃうから実家帰ってくるなよ、というのは彼女の言だ。
……他に画像のアップロードはされない。自分の顔の写る写真はカノンの見立てどおり、加工してからにするようだ。
「人をアリバイ工作に使うなよ……」
晴れているが思いのほか風が強い。カノンは重い溜息と共に、思わずカノンは独り言を漏らし、レザーシャツの中に着たパーカーのフードを上げてボブカットの下の顔を隠す様に被る。
ついでではあるので、『おだいばです、うみどりがかわいい』とキャプションを付けて先ほど撮った写真をアップロードすると、即座にイメスタグラムのリアクションがあった。
主に大学の知人だ。
「リアクションが早い。みんなずっと見てるのかな……」
呟いて、アプリをタスクキルする。
他のSNSも一見しておくかと考え、アイコンに指を伸ばす。
「それさ、まるでなにかに見張られて、自分も見張ってるみたいだぜ」
アイコンをタップする直前、同じようにSNSをため息交じりに梯子していた際に、それをカラウスに言及された過去を思い出す。
彼が他人の事に言及するのは珍しかったので強く印象に残っている。
彼のアイコンのカップラーメンは、その時にカラウスから貰ったものだ。
「それは、そう……でも、そうしないでいることを忘れてしまっている気がします」
その時と同じ答えを口の中に溶かすが、カノンはSNSのアプリケーションを起動せずにスマートフォンをレザージャケットのポケットに差し込む。
「イチローも画像上げたの?」
いつの間にか後ろに回り込んで、彼のスマートフォンを覗き込んでいた留乃がうんざりしたような声を上げる。
「たまにはいいだろ」
フードをさらに目深にかぶって、カノンは振り返る。
「よくねーよ、見るやつが見たらお前とあたしが兄妹だって気づくだろ。関係あるくらいは気付くやついるかもだし」
「兄妹でしょ実際……」
「スイーパーなんてやってる奴と兄妹だって思われたくなくね?しかも一浪。低身長。終わってんですけど草」
腰に手を当て、カノンの顔を下から覗き込むように前かがみになる留乃の黒髪の裏に、ピンク色のインナーカラーが覗く。
カノンからすれば、身長の事を持ち出されると君よりは気持ち高いと言い返したくなる気持ちはあったが、同程度の言い合いになってしまうので抑える。
「僕も痴女みたいな格好してる子が妹なのはちょっと……」
カノンがストレートに腐した留乃のいでたちはと言えば上はオーバーサイズのミリタリーコート、ショートパーカーにこの寒いのに薄手タイツとホットパンツにソングといったいでたちだ。
「キモッ、イチロー言う事がキモすぎくない?」
「邁進してまいります」
適当に返事をしたカノンは、飲み切ったペットボトルを潰してゴミ箱に押し込む。
それからお手上げ、とでもいう風にカノンは両手を軽く上げて留乃から目を反らし、バイクの方に向かう。
「クリスマス、どうすんの」
小柄とはいえ、カノンの歩幅はさすがに留乃よりは大きい。
小走りに後を歩く留乃が背中からカノンに声を掛ける。
「バイトを仮入れしてる。スイーパーはそういう人ばかりだから、現状溢れてるけど……どの道家にも帰ってくるのはダメなんでしょ」
「うわ~……悲惨すぎ……」
「そうかなぁ。留乃の言う終わってる人が留乃のクリスマスデートや人の暮らしを影で支えてるというのは僕の考えだよ。それに僕は終わってるとか始まってるとか、そういう言葉で人を計れるとは思わない」
「はぁ?デートとか言ってねーし」
苛立ったらしい留乃が軽く拳を作って、カノンの背中を突く。
「はいはい、敵を騙すにはまず味方から……」
肩を竦めて、首を横に振るカノンのスマートフォンの告知音が鳴る。
歩きながら、カノンがスマートフォンをポケットから取り出すと告知を確認する。
あっ、っと声を上げてカノンは足を止めた。
少しずつ離された距離を埋める為、小走りのペースを上げた留乃が後ろからスマートフォンを覗き込もうとする。
「クリスマスの予定が向こうから来た」
カノンは、左手で肩越しの留乃の視線を遮りがてら、パーカーのフードを下ろして、スマートフォンをポケットにしまい込む。
「っはぁ!?」
意表を突かれたのか、留乃の驚く声が裏返った。
「丁度よかった。僕も会いたいと思ってた相手からのメッセージだったから」
「っはぁーッ!?」
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