騎士と墓暴き・1/レオと狐
「できれば会いたくなかったって顔してるぜ、サンガ社長。こないだオーエスの末端のガキ引っ張ったんだけど、おたくのオーエスはどうなってんの?あれそうじゃないの」
喫茶店でサンガの向かいのソファに座った細身の男は、立派な顎を引いてにんまりと笑う。
「その話はもう調べてもらったでしょう。あんたにも、世間にあらぬ誤解をされちゃあたまらない。しかし、別件でどうしてもお伺いしたいことができましてな」
「なるほど。会いたくはないがそうはしておれぬ、言うなら越したことがあって、オレを呼んだってワケだな」
白髪を短く角刈りにした男は、細く、鋭利な眼光でサンガを刺す。
男の名は
船谷警察署刑事課に属する私服警察官、つまり刑事だ。
「ええ……」
銘呉は。警察からすれば昼行燈の見本のような男ではあり、すねに傷持つもの達からは言葉尻一つで詮索を入れてくる鬱陶しい徒輩と見なされている、サンガの世界の言葉で言うならばヤクネタという種類の人間だ。
しかし、五十がらみのこの男はサンガにとっては決して油断の出来る相手ではない。
彼と大きな縁のある同業者は、彼の収集した証拠から隠蔽したはずの違法な商取引のルートを立証され、立件された。
それが仇となって組織の内部抗争から分裂へと繋がって組織の規模を大幅に縮小される憂き目にあっているのだ。
確かなことではないが、分裂をけしかけたのが他でもないこの銘呉だといううわさもある。
サンガと彼の付き合いは長い。サンガ自身もメイゴに痛い目を見せられた事は何度もある。
サンガがその噂について「さて、ありそうな……」と怯むほどの【いたずら】を今までにしてきている人物なのだ。
人があげた脚が取れそうであればとりあえず取る。そういう種類の無邪気で陰湿な凶暴性を備えた人間だとサンガは見る。
同時に、好奇心を刺激されるのであれば情報の融通や橋渡しに抵抗を示さない【便利】な人物でもあり、
そうしたバランス感覚こそがメイゴを五体満足で警察官を続けさせている秘訣なのだろう。
「えぇ、どうせ話すことだ。迷っていても仕方ねえ。実はねぇ、メイゴさん。ご明察だが、ちょっと気になることがあってですな」
メイゴは前のめりになるサンガを掌で制して、アイスコーヒーのストローに口をつける。
「まぁ待て待て、そう急くな。……用件、当ててやろうか?」
この寒いのにと呆れてサンガがソファに背中を投げ出すと同時に、今度はメイゴが前のめりになる。
グレーの地味なスーツが皺になって影を落とす。
「おたくの所のグループは今は掃備会社はやっていない……夜警会社だけは現役でやっとるんだったよな」
「ええ、そうです。掃備会社は色々ありましてなぁ」
「競合はユグド掃備だったが、今はおたくのところのサンガ夜警は、ここに掃却は委託しとるね」
調べてきたことの確認だ。
習い性なのか警察官は調べた情報がどんな平易なものであっても、相手の口から述回させる癖がある。
「どう、サンガ夜警。現象体はぼちぼち発見できてるの」
「平年並み。ですが船谷は今年も変わらず多いようで。他のエリアだとパンクする件数ですな。朝日影の皆さんもアレに手を取られるのは大変なんじゃありませんか」
「その分ハコも多いし、人員も多く配属されてる。まぁ……刑事課だと淀澱に対してはそうやることはないからな。鑑識くらいか……そこでだ」
ストローから口を離して、メイゴが唇を舐める。
「やはり淀澱のことかな、それもナイトウォッチの事でなにか聞きたい、違うか?」
「いや……驚きました。そのものズバリを言い当てられるとは」
「ワハハ、おたくは昔からせっかちだからな。気になったことがあるとすぐに動くところがある」
「や、これはお恥ずかしい。ぐうの音も出ません。恐れ入りました」
サンガは平伏せんばかりの勢いでメイゴに媚びる。
彼からすれば相手をおだてる腹もあったが、厳密に言えばメイゴの明察に感心したのも本心であり、それは大げさにでも伝えておいた方が後々得に働くだろうという山師根性のようなしろものであった。
「昨日御神座通りで現象体が出たという話と、あんたのところのネクサスを停めたという話を聞いたのでな。その話だろうと思ったわけよ。オレを午前中から呼び出すくらいだ、急で、しかもすぐ知りたいことが出てきたのだろうなぁと思ったわけさ」
カロンと音を立てて、メイゴはアイスコーヒーの氷を一つ口に含む。
「オレもヒマしていることが多いからな、話を聞くならオレにということもあろうが」
「やはり頭のいい方でないとこういう話の通りはね……」
サンガがさらに持ち上げるが、メイゴは顎を引いてニヤリと笑う。
カミソリを思わせる鋭利な、殺気を孕んだ笑いだ。
「ナイトウォッチが、掃備会社のスイーパーが到着する前に単独で現象体を掃却したらしいな、あんたはそれが気になる」
「ええ。巡査との世間話で聞いたんですけどね。どうも管内でそれがここのところよくあるとか」
「あんたのトコに便宜を計る話と取ってほしくないが、あるよ。ちょっと異常と言っていい」
メイゴは一瞬しかめ面をして、口の中の氷を飴玉の様に頬に押しやって、ソファにもたれかかる。
「差し支え無ければ、夜警が管内で掃却したケースについて聞ければと思うのですが、一体どれくらい……?いや、ざっくりとで構わんのです。ざっくりで」
メイゴは細い目を気持ち見開いて、じっとサンガの硬い面をその眼光で射る。
そうして、メイゴは黙って指を二本立てた。
「二……?いやぁ、まさか……え、いや、そんな筈はない。まさか!」
狐につままれた気持ちになり、拍子抜けしたサンガは、言葉に出している途中で自分の思い違いに行き当たり、二度目のまさかは大声になる。
メイゴが深く肯いて、前腕を膝の上に置いた。
「そう、二十件。全て同一人物、単独行動のナイトウォッチによるものだ。」
「はぁ!?」
すでに示された答えを言葉として聞いたというのに、サンガは素っ頓狂というほかない声で叫ぶ。
他に客はいないが、老齢の主人が驚いてカウンターの向こうから覗き込むのが見えた。
「今年度でなく、今年という話ならもうちょっと増える」
「ば、バカな……」
「ああ、無茶苦茶だな。ただ自治体も損する話じゃないし、なにか実害を被るところもあるわけでなし。気にするものは少ないね……。オレ個人は純粋に何故、というのが気になるがね」
「そう……ですね、現象体の掃却はスイーパーでもユニットで当たる事案だ、それを踏まえてユニットの人数で割れば、多分船谷管内でダントツの掃却件数になるでしょう」
「さすが、業界人」
メイゴがサンガを両手の指で軽く指さす。後ろめたいところがないわけではないが、サンガは警察官に指を刺されていい気持ちはしない。
「スイーパーであるならば、単独行動を原則として、他の追随を許さない成果を挙げた人物を我々は他に知っているな?」
「そう、唐臼十兵衛……そのナイトウォッチは唐臼の縁者なのではないかという疑問があります」
明快に、言わんとすることを先に読み取るメイゴに乗せられて、サンガは机に手をついて身を乗り出す。
彼らの着席した卓は、そう重いテーブルではないためサンガの体重に押し負けてカップの中のブレンドコーヒーが波打った。
口中で氷を溶かしきったメイゴはグラスを手に取ってもう一つ氷を口の中に押し込む。
「時間が足りなくてそこまでは正直調べていなかったな。あんがとうよ、サンガ社長。ちょいとクリパの提出資料に目を通すか……。ま、これについては個人情報になるから結果はそうそう教えられんがね」
「ああ……それよりも、本線のお願いがあるんでした」
「ほーお。魅惑のグレーが目白押しだ」
「掃備会社が回収する前の、破壊された芯体の写真資料がありますな。それの欠損度合いを教えてほしいのです」
ヨドミ、淀澱が現象体として出現する際、核として生成される物質が芯体である。
化学に接続されていない現象体が掃却され消滅した後も残す数少ない痕跡の一つだ。
しかし、淀澱を纏っていないこれは組成をどの方向から調べてみても単なる石としか結論されない。
真球の形を崩したそれは文字通りたんなる石ころと化すため、保存や管理のリソースが限られる警察はその処分を掃備会社に委託している。
「うん……」
口腔で唸ったメイゴの眉がぴくりと持ち上がる。唸って彼は氷をかみ砕いた。
「鑑識か」
メイゴが片目を大きく見開く。
キツネじじいの千里眼とサンガたちの業界のものに陰口される、メイゴ本来の刑事としての眼光だ。
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