オデットはもういない・12/オーバマイヘッド

『大チャンスだ!ボタンを…………押せぇーーーーーーーッ!!!!!!!!』


 出力できる最大の音量で音を鳴らしているがため、割れまくった声がスピーカーを震わせた。

 それと合わせてどう考えても目に悪影響しかない七色の光が高速で明滅する。


 パチンコ台の前でアレックスは肩を竦め、横にすわったオオバにゆっくり向き直った。


「Oh……悪いアルナァ、オオバ。本当に、悪い」


「死んでくれ」


 吐き捨てたオオバの顔を覗き込んで、アレックスは本当に嫌らしい笑顔をスローで作る。


 作りながら、同じようにゆっくりと光害化したボタンを掌でそっと押す。


 プシュン。音と共に、先ほどまでの勢いのある演出がいきなり断ち切られて、画面は灰色になる。


 電子画面の、いかにもアニメといった調子の美少女が図柄として脇に描かれた、三つの数字を示すルーレットが再び回りだす。


「Oops!ジャップ嘘つき!デカパイが七色に光ったら人生の全ては開かれるってオダノブナガも言ったね!」


「保証するが有史以来ジャップの誰も言ったことがねえ文字列だよ」


 溜息をつき、あくびをするとオオバは椅子に深く腰掛けなおす。


「ソシャゲーのフレーンドの事デス」


「知らねえんだよ、帰って寝ろ」


「Shit、完全に今日は気分じゃなくなったネ。朝一 Over Our Heads…… サクラ、ギョクショー行って帰ろうゼ」


 やせ型の癖にアレックスは健啖家だ。昨晩の出動前にもUberで頼んだハンバーガーを食べていたとオオバは記憶している。


「寝るつうのに朝一餃子食わねえだろ普通……」


 そういうオオバも缶コーヒーに手を付けている。


「今ソシャゲはなんだっけ、ブルオダ?年末年始だからアツいんじゃない?」


「アー、ブルオダはPit in…放置。今はチャイナのなんか流れてきたヤツね」


「ゾンビ!十連ガチャ!高級外車!みたいなやつ?」


「ソソ。どうせトレンド過ぎたらやめるもんだし、ゴツいのはダルいがアル」


 スマートフォンを取り出して、ホーム画面を見るアレックス。


 オオバは残った缶コーヒーを飲み干す。


 微糖のケミカルな甘みをオオバは好まないが、それでも大量の砂糖が含有されている飲み物だ。


 ぬるくなり甘すぎる、コーヒーというには抵抗の残る飲み物を飲み干して、オオバは軽く顔をしかめると、オオバはアレックスの意見に同調した。


「それはそう」


「ブルオダはSNSで考察してる人の速が今スゴイね」


 ミニブログSNS、トイッターをスマートフォン上で起動したアレックスが何気なく、画面をオオバに示す。


 ジャンルごとにユーザーを分類したリストで情報を管理しているらしい、大雑把に見えてまめな男だ。


「あー、ホントだ長文ヤバいね」


 オオバは目をしばたたかせ、画面を覗き込むと、ユーザーの詳細な考察長文や、ラブレターのような切実な思いをつづった文面を見て、

 顎髭を一つ撫でる。

 感心したのか、呆れたのかどちらともとれる声色だ。


「しあがっちゃってんねコレ。自分の感情に酔う奴が騒ぎ出したらおしまいよ。そろそろ辞め時か」


「ナゼ?」


「そいつなりの善い事を、声がでかいやつが押し付けだすだろ?それを踏襲した村になるのよ。そのルールがわからない、見方の違う奴の居場所が少なくなって、外から何やってるかわからない垣根が出来て、そいつらだけの祭りが循環するようになって……淀むんだよ、場が。息苦しいから、そこじゃ生きていけないやつは他の川に行くってわけ。勝手にやっててって感じ」


「オオバはドライね。オレは多少トモダチとかに思い入れあるワ。オマエいた陸自もそうアルか?ヤクモもドライだし、もしかしてジャップはドライなのが基本なのカ?」


「逆逆、情動とルールしかねえよ、どこいったってそういうのがダルくてよ。だから俺は人付き合いがあんまりないナイトウォッチなんかやってんのよ。飯食いながら語るか、その辺。……餃子きついからそばうどんにしようぜ」


 今度は、オオバの台にリッチな演出が入った。


「そういや、バカの怪我治しきれなかっただろ。大丈夫そうだったか?」


 オオバは構わずに上着を羽織り、ヤクモの話題の水を向けると、足元のサコッシュを取り上げる。


「アー……やはり、デカパイはニヅキにかなわない。デモ、アヤコ、形はよい、and成長の余地をまだ残してイル。デカパイまでの土鋳型という」


「役員も言ってたけどお前ホントは日本語堪能だろ」


「オレはジャパンで生まれ育ったが、ハーフのアドバンテージをマキシマイズするためにこの喋りをしているネ」


「あ、そう……そりゃ勝手だけど……」


「そしてアヤコの怪我は……オレでは難しかっタ。Sheいつもメチャメチャな怪我をして帰ってくる。ウォーキングディザスター」


「だよなぁ、でも次のシフトには治してくるってことは、すげー穢療師でも知ってんのかな。俺らの稼ぎがまぁまぁいいっつっても、しょっちゅうあんな怪我引っ提げて帰ってくるんじゃ、金いくらあっても足りねーだろうによ」


「なんだ、オオバ。やけにアヤコを気にするな。デカパイの青田買いか?ウン?SRがSSRになるアルか?」


 アレックスが下品な手つきで、両手で胸にカーブを描いて見せる。


 オオバは缶コーヒーの空き缶をアレックスに手渡した。


「人の胸気にする前に、お前ガリだから筋トレした方がいいぞ」


「Oh…マッシブ礼賛流行らないネ……」


 サコッシュを肩にかけると、オオバはさっさと出口に向かいだす。


「SIRURIの二十四時間ジムオープンしたって」


「タイツミテェなボディスーツはアヤコとかで散々見てるダロ」


「お前目的がそもそも間違ってるんだよ……でも確かにジムのウェアってインナースーツみたいだよな……」


 冬と言ってもさすがに太陽はもう高い。


 太陽の下は少し肩身が狭いような気がするのは、自分がナイトウォッチだからだろうかと取り留めなく思うと、オオバはアレックスから空き缶を受け取って入口の自販機横のリサイクルボックスに投げ入れた。

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