オデットはもういない・6/からうすについて・2

 12/14 ネクサス車中にて。


 ───


 はぁ、出来りゃデカなんかと会いたかねえが仕方ねえ。銘呉 万里メイゴ バンリ


 奴の顔でカラウスと九龍院を赤坂に紹介したもんだから、引き上げたときネッチネチ言われたなぁ。


 お前はカラウス見たことなかったっけ。まぁ…変な奴でさ。


 そうだな……初めて会ったときは……。


 マサシ、俺が族の頭張ってたヤスオに焼き入れたら、それ聞いたお前が俺にタイマン申し込みに来た頃だよ、あれ確か。


 お前、高校出たあたりだったか?ああ、そうだ。


 わはは、いくら殴ってもヨレねえしよ、往生したな、あんときは。


 途中でこいつ殴って死ぬことあるのか?ってちょっと怖くなってよ。


 いやいや世辞じゃねえよ。我慢してたけど結構足に来てたしな。あんときは平気な顔して隠すのに必死だったわ。


 九龍院にバンチョーとの縁が出来たのもその頃だったか。


 おかしいやつばっかり縁ができるじゃねえか、どうなってんだと思ったよ、当時はな。


 まぁ、そうだ。カラウスの話だったな。


 ありゃ、当時囲ってたサオリの奴の所での事だったから十年以上前の事だな。夏の事だったのは覚えてるよ。


 もしかしたらマミコか?あ?名前違うって?


 まぁいいや、思い出せねェ。


 まぁどっちにしたってだらしのねぇ女だったからよ。


 買ってやったマンションに毎晩みてえに男をとっかえひっかえ連れ込んで遊んでいやがったのよ。


 みっともねえから俺の目に入らねえうちは黙ってやっていたけど

 当時の子分が空気の読めねえ野郎ばっかりでよ。あそこで男連れてんの見た、家連れ込んでんのみたって俺にタレこんできやがってなぁ。


 一回二回ならいいんだが、そう毎回来られるとオレも見て見ぬふりってわけにはいかないから

 メンツもあって何度か女ツメたんだわ。


 あるときに、夜更けに中坊だか高坊連れ込んだの見ましたなんてぬかしてきたやつがまたいてなぁ。


 しょーもねぇがそいつはまぁ後で別件ででも因縁つけてシメることにしてよ。


 今度という今度はって事で、一人でその女のトコに飛んでったのよ。


 で、案の定よ。


 タレこみの通り、玄関見たら男物のぼろい靴があってよ。


 女に「そいつ何処だ?」って聞いたらお前、そのガキどこいたと思う?


 夏なのに学ランの上も脱がずにベランダで胡坐搔いてボケッと座ってんのよ。


 お前、誰だ、何してるって聞いた答えが傑作でよ。


「唐臼十兵衛、学生。質問が今の事だったらタバコ吸ってる」だぜ。


 オレはちょっと笑っちまったよ。


 よし、手始めに殺すかと思ってよ。


 ベランダから部屋ン中に引きずり出して……いや、こういう場合引きずり込むっつうのか?まぁいいや。


 もうボッコボコのボコよ。一時間くらいはボコり続けてたな。


 弁当もってたのもあって、手加減してやってたけど、それでも骨の二三本は行ってたな、実際。


 そんなんでボコられ続けても音を上げねえの、今思うと凄いとか根性とかそういう話じゃねえんだよな。


 違うんだよ、根本から普通じゃなかったんだ。


 当時も殴りまくりながら、なんかおかしいぞって思ってよ。……変な話だけど、怖くなったの覚えてるよ。


 ……お前引き合いに出して腐す風にとってほしくねえが、そいつの時は怖さのレベルが違ったわ。


 こいつ、人形かなんかで実は俺がさっき聞いたのは幻聴か何かだったのか、あるいはもう死んじまったかと思ってよ。


 死んでたんなら、始末しなきゃならねえからスコップとズタ、バンも社員に用意させなきゃなと思って電話出して……知ってるよな、あの二つ折りの奴。オメーもガキの時分はあれだったろ。


 震災の前は当時はまだ皆大体あれだったからよ。


 で、電話出したらそいつ、今までうんともすんとも言わなかったくせに


「夜警か掃備会社に連絡を取れ」


 ……だってよ。


 殴りすぎて頭ァいったのかと思ってよ。


 意味わかんなくて、どういうことか聞いたら、


「俺が死んだなら、代わりに、今日の深夜、その女の人目指してここに来る淀澱を散らせるものがいる」


 ってぬかしやがってよ。


 頭いったんじゃなくて時間稼ぎのハッタリだなと思ってどっかほっとしたよ。


 そんな先の事が見えるべらぼうな天目持ってる奴がいるわけねえって思ってたんだよ、そん時ゃ。


 なんか妙に面白くなってきたんで、意地悪したくなっちまってよ。


 詳しく話せって言ったら


 夜の二時四十三分……いや、四十二分だったか。


 マンションの敷地内でその女の人の孤独目掛けてヨドミが現象する、船谷の淀澱の流れが今日はそうなっているとか抜かすんだよ。


 そりゃおめえ、その女は顔も体もよかったが、そのせいか心が弱くて男にモテてねえと急速にヨレる類のアル中の女だったぜ?


 聞いたらそれを話して、そいつがヨドミをどうにかしてくれるって体でそいつはその女のトコに上がり込んだみてえでよ。


 女もナンパだと思ってたらしいわ。とりあえずその女どうしてやるかは一発ビンタして、あとで考えることにしたわ。酒持ってこさせてよ。


 ……そのガキのフカシに付き合って、時間まで待ってからバラしてやろうと思ったのよ。


 そのガキ碌に動ける状態になかったから、その辺に括り付けといて、酒食らって憂さ晴らしに女一発お仕置きしてから……声でけぇ上にバスルームだったから途中でちょっとうんざりしちまったよ、わはは。


 そのあと女も軽くボコってバスルームに閉じ込めてよ。


 一仕事終わった後、酒回ったのもあって寝ちまったんだよな。


 夜中に……寒くってよ。目が覚めたんだよ。


 空調いじれる奴はいないんだぜ?


 電気つけようと思って、月明かり入れるためにカーテン開いてさ。


 そしたらベランダの向こうにいるんだよ。


 スーツ着た係長課長みたいなリーマン。


 さかさになってよ。


 ぼけっとこっち見てんの。


 そう。まず飛び降りかと思ったよ。

 けどそいつずっとそこ浮いててよ。よく見たら片足、上にずーーっと伸びてんだよ。屋上かなんかに繋がってたんかな……。



 で、ガキが火が付いたように喚いてよ。


 振り向いて時計見るだろ。



 二時四十二分。


 巡回してた夜警がドアガンガン叩いてよ、掃備会社のものが来ます、すぐ逃げてくださいって喚くのよ。


 で、もうわけわかんなくなってベランダ見たらヌルっと逆さのリーマンがこっちに寄って来んの。



 ガキが「外せ!!」って信じらんねー声量でまた喚いてさ。


 みっともねえ話だけど、俺ャ、ガキの時分、目の前で淀澱に知り合いさらわれてることもあってビビっちまってよ。


 もお、藁にもすがる思いで一も二もなくその辺のハサミで結束バンド切ってやったんだよ。


 ヌルーっと窓ガラス抜けて、現象し直したそいつの禿げ頭、ガキがすっ飛んで行って力いっぱいルームモップをフルスイングよ。


 こっちが参るくらいぶん殴った後だぜ?


 でよくよく考えたら、時間言い当てた天目だけじゃなく、その辺にある棒切れ掃器みてーに使えるのも普通じゃねえんだよ。


 何がなんだかもう……何もわからなくなって口ぽっかーんしてたらそいつ、ヨドミに


「月が奇麗だな」


 だとよ。人間にはまともに口ききゃしねえのによ。


 見てたら、モップすげえ勢いで振り回してリーマン滅多打ちにしてさ。


 なんか殴られまくってるうちに、形変わってボールみたいになってたな。窓見えなくなるくらいデカくなって……。


 狭いとこで手やら足やら頭やら、それがビュンビュン飛んでくるんだけど。


 そいつ、全部わかってるみたいに危なげもなく避けてよ。


 おかしいよこいつと思ったね。わかるとおもうけど、普通の怪我じゃねえんだぜ。


 後で聞いたら、地穢がたくさん残ってればそういう補強は出来るらしいけど、もの知らなかったから心底ビビったね。


 まぁでもそのうちヨドミもボコられてるうち目玉のとこからちっちぇ赤いやつ、芯体、ボロンしてよ。


 そいつモップを折っちゃったと思ったらそれ捨てて……。


 おめー掃技知ってる?霊威ってやつらしくてよ。


 芯体に素手ですげえフックぶっこんだと思ったら、ものすげえ光ってワンパン。


 ぼぼーの呆然だったぜ。


 ガキは、ヨドミを苦も無く掃却しちまった。


 霧が晴れたらそいつ、ぶっ倒れててさ。


 動転する頭で、大丈夫かって聞いたら、また傑作でよ。


「俺は今日風邪を引いているんだ」だってよ。


 俺はそのガキ、唐臼十兵衛を気に入ってしまったかもしれねえと思ったよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る