第7話 学院生活の始まり 1

 波乱の入学試験を無事?済ませ、今日から俺はこのヴェストニア騎士学院の1年生として、15歳の少年少女に混じって学ぶことになる。同級生となるのは、剣武コース50名と魔術コース50名の計100名だ。


学院在籍中、俺はこの学院の敷地内にある寮で生活することになる。寮は学年とコース毎に別れており、中々の大きさと豪華さだ。3階建ての寮は、上層階ほど好成績者の為の部屋となっており、各コース学年1位ともなれば、一人で使用するには広すぎる程の豪華な部屋が割り当てられる。


また、学院の制服は動きやすい運動服の上に、灰色のロングコートを羽織るのだが、各コース学年の上位7人は、第一から第七騎士団のベロアコートと同色の特別仕様を着ることになっている。


「さて、行くか・・・」


制服に着替え終えた俺は、入学式が行われる講堂へ移動するため部屋を出る。すると、廊下を歩いていた一人の人物と鉢会わせた。


「おや?」


「っ!!(・・・何でこんな平民が)」


その少年は俺と視線が合うと大きく目を見開いたが、次の瞬間には物凄い形相で睨み付けてきた。そしてすぐに視線を逸らし、ボソッと呟きながら足早に去っていった。


「やれやれ、あいつの性格はそのままの様だな・・・」


彼は入学試験の際に俺に突っ掛かって来ていた貴族の少年だ。背中に魔方陣の模様が刺繍された黒色のロングコートを着ているということは、彼は魔術コースの入学試験で7位の成績だったのだろう。


「これからああいう奴等の意識を変えなきゃならんって事か・・・」


試験官と学院長とのやり取りを見た後でも変わらないというのは、相当貴族連中の平民に対する蔑視は根が深い。そこに更に剣士と魔術師のいがみ合いを解消するという任務があることを考えると、頭が痛くなる思いだった。


「どうしたもんかね・・・」


そう呟きながら俺は白いロングコートを靡かせ、講堂へと歩きだした。



『新入生諸君、入学おめでとう!』


 広々とした講堂には新入生100人が整列し、皆少し緊張した面持ちで壇上で挨拶を始めた学院長の言葉を聞いている。ちなみに壇上から向かって右側の新入生の制服の背中には剣が刺繍されており、一目で剣武術コースの生徒だと分かる。


更に整列している新入生の後方には、メイド達も列を成して待機している。聞くところによると、学生はほとんど全員が1人ないし2人はメイドを伴って入学しているのだという。


(さすが貴族のボンボン達が通う学院だな。というか、騎士になれば野営することになるんだが、その時に奴等は身の回りの事を出来るのか?)


よくよく思い出してみれば、騎士に叙任された当初の同僚達は、食事を作ったりということが出来なかった。話を聞くと、知識はあれども実際に調理した経験が絶望的に少なく、そこに貴族としてのプライドが相まって、この世の地獄みたいな創作料理が出来上がっていた。


(あの時は食材を無駄にするなと激怒したもんだな・・・)


幼い頃の境遇から、俺は食べ物を無駄にする奴が嫌いだった。しかも、自分で作ったくせに失敗したからと捨てようとした瞬間、無言で同僚の口にその料理を捩じ込み、泣きわめこうが完食させたものだ。



『これで私の挨拶は以上だ。改めて、君達の入学を祝福する』


 入学式と全く関係ないことに思いを馳せていると、いつの間にか学院長の話は終わっていた。そしてこの後は、新入生代表の挨拶となる。


『続いて、本年入学試験首席合格者より挨拶を行ってもらう。先ずは剣武コース、マーガレット・ゼファー!』


「はいっ!」


アナウンスに大きな声で応えると、一人の生徒が列から外れて壇上へ登った。剣武コースの首席は、明るい金髪をポニーテールにしており、その顔は若干の緊張が見受けられるも、凛とした表情をしている。彼女を一言で表現するならば、真面目な美人という印象だ。女性にしては高身長で170位あるだろう、スレンダーな体型をしている。


(チッ!挨拶で噛まないかな・・・)


自分より8つも年下なのにもかかわらず、20センチ程背が高い彼女を忌々しげに見つめていると、小さく息を吐き出した彼女が口を開いた。


『春の暖かさを感じ始めた今日の良き日、私達はこの栄えあるヴェストニア騎士学院に入学します。今日から3年間、私達は王国を守る騎士としての技術や知識を身に付け、王国の発展に貢献するべく努力を惜しまず勉学に邁進します。また、共に学ぶ同級生と切磋琢磨し、時にライバルとして、時に背中を預けられる仲間として、共に成長していこうと思います。学院の先生方におかれましては、ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願い致します。本日はありがとうございます!』


まさに優等生の見本とでも呼ぶべき挨拶を済ませ、静かに彼女が頭を下げると、講堂中から盛大な拍手が巻き起こった。そんな割れんばかりの拍手に見送られ、微笑を浮かべながら少し頬に赤みが差している彼女は壇上を後にした。


『続いて魔術コース首席、アル・ストラウス!』


「は~い!」


間の抜けた返事を返す俺に対して、近くの同級生達は冷たい視線だった。壇上に向かって進む俺に対しても、ヒソヒソと陰口が聞こえてくるが、全て無視していく。


そして壇上から講堂全体を見下ろすと、不敵な笑みを浮かべながら大きく息を吸って口を開いた。


『どーも、平民のアル・ストラウスです!この学院は実力者しか入学できないと聞いていたけど・・・はぁぁ、平民の俺が首席に成れるんだから、ただの過大な噂に過ぎなかったようだね』


肩を竦め、ため息を吐きながら煽る僕の言動に講堂内は一瞬静まり、次の瞬間には怒号が飛び交った。


「んだとっ!!ふざけんな!この平民が!!」


「何でこんな奴が首席になってんだ!!」


「このチビが!!覚悟できてんだろうな!!」


今にも暴動が起きそうな状況になり、自分の目論み通りだと思おうとしたのだが、最後に聞こえたチビという言葉に、つい過剰反応してしまった。


『・・・あ?今俺の事チビって言った奴、出てこいよ』


「「「っーーー」」」


つい殺気を纏いながら低い声で凄んでしまった影響で、それまで悪態をつきながら騒いでいた新入生達がバタバタと泡を吹きながら倒れてしまった。


やり過ぎたかと思いつつも、今の子供がどの程度の実力を有しているかを見る良い機会だと思い直し、講堂をじっくりと見渡した。


(ふむ、立っていられた者は皆無か。何とか膝立ちしている者が・・・5人。剣武術コースに4人と、魔術コースは1人か)


剣士は基本的に近接戦闘を行うため、魔物が放つ殺気にも耐える必要がある。それを考えると、俺の僅かな殺気にも耐えられないのは不甲斐ない。魔術コースに至っては、赤いロングコートを着た学年2位の少年が何とか意識を繋いでいるだけで、輪を掛けて不甲斐なかった。


(まぁ、貴族のボンボンが実戦を経験しているはずもないし、これが順当か?それにしたって俺が同じ15の頃は毎日のように魔物と殺り合っていたんだがな・・・)


師匠に課せられた課題をこなすため、10日間魔物蔓延る森で寝ずに討伐していた頃を懐かしく思いながら、この状況をどうしようかと考える。


『あ〜、先生は・・・』


学院の教師連中に丸投げしようと舞台下に整列していたはずの教師陣に視線を向けると、なんと半数以上の教師達が新入生と同じように失神していた。


(おいおい頼むよ・・・仮にも教師なんだから・・・)


呆れながら盛大なため息を吐くと、学院長が声を上げた。


「入学式はこれにて終了だ。先生方は意識の有る生徒の介抱を。失神している者はしばらくすれば目を覚ますだろうが、その後に健康状態の確認をするように」


「が、学院長・・・意識のない先生はどういたしましょう?」


学院長の指示に意識の有る先生の一人が、脂汗を流しながら質問をすると、学院長は不快な表情を浮かべながら口を開いた。


「そんなもの、水でも掛けて叩き起こせ!まったく嘆かわしい!!」


「は、はいっ!」


指示を受けた先生が、水魔術を使用して気絶している教師達を起こしていく。その様子をぼんやり眺めていると、学院長が壇上に登って耳打ちしてきた。


「まったく・・・やり過ぎだぞ」


「悪い悪い。まぁ、これで平民に対する悪感情は全部俺に向かうだろう。剣士と魔術師のいざこざも、もっと重大な問題の前には霞むはずだ」


「なんと、そこまで考えての行動だったのか」


「まぁな」


予定とは異なってしまっているのだが、想定通りだと言い切るしかなかった。


(さて、どんな学院生活が始まるかな・・・)


少しだけ先行きに不安を感じながらも、なるようにしかならないだろうと、半ば諦めの境地で講堂の様子を眺めていた。

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