第8話 学院生活の始まり 2
◆
~~ 職員会議 ~~
「学院長!あんな生徒は即刻退学にすべきです!!栄光あるヴェストニア騎士学院の名が汚れてしまう!!」
「そうです!あのような野蛮な平民など、やはり入学させるべきではなかったのです!」
「多少実力があるといっても、あんな平民を入学させたとあっては父兄の方々から苦情が寄せられます!!今ならまだ間に合います!!」
入学式を早めに切り上げ、倒れた新入生達の介抱を終えた学院の教師達は、新入生の担任となる教師だけを講堂に残し、大半の教師は緊急の職員会議を開くために職員室へと集まっていた。
開口一番から教師達の怒号飛び交う会議だったが、その議題は入学式で前代未聞の悪態をついたアル・ストラウスに対する処遇についてだった。特に声を荒げているのは、あの場でアル・ストラウスの殺気に当てられて失神してしまった教師達だ。
「しかしな、学院の合格者は既に検閲を終え、陛下が認可した正式な生徒達だ。こちらで勝手に退学にしては、陛下の決定に異を唱える事と同義になる。それをどう説明するのだね?」
アル・ストラウスに対する否定的な言葉に対し、学院長は難しい表情を浮かべながら問題点を指摘する。
「そ、それは・・・何か理由を用意してですね・・・」
そこまで深くは考えていなかったのだろう、興奮していた教師達は少し冷静になった。どうやらこの場の勢いで発言している者が大半のようだった。
「それにだ、近年の入学試験に際して、陛下からの勅命を忘れているわけではなかろうな?」
「「「・・・・・・」」」
続く学院長の言葉に、職員室にいる教師達は皆沈黙した。陛下からの勅命を忘れるわけがないが、納得できずに意識から締め出していたのだ。
「陛下が求められたのは実力ある若者だ。そこに身分の貴賤を問うことを禁ずるとあったではないか。しかも今年度の入学試験には騎士団を警護に回す念の入れよう・・・その意味が分からぬ者は、この場におるまい?」
「「「・・・・・・」」」
入学試験の警護を騎士団が行うのは異例の事だった。しかしその理由は、事前に王家の方から説明されている。
「そもそもこの騎士学院の設立目的は、国防を担うことが出来る優秀な若者を見つけ、育てることだ。貴族だろうが平民だろうが、実力さえあれば入学を許される学院なのだ。しかし近年、親のコネや賄賂で実力の無い者の入学がまかり通っている疑いを我が学院は掛けられている。それを裏付けるように、近年新たに騎士に叙任された者達は実力が無いと苦情まで来る始末。抜本的に学院の在り方を見直さざるをえないと警告されたのだぞ?」
厳しい学院長の指摘に、教師達は誰もが口を噤んでしまう。そんな中、一人の教師が挙手をして意見を表明した。
「しかし学院長、騎士としてある程度の教養や礼儀というのは必要なのでは無いでしょうか?彼の野蛮な言動が、他の生徒達に広まっては事です。それを考えるに、彼はこの学院に相応しくないかと思います」
学院長の言葉に反論したのは、この学院の副学院長をしている女性だった。年齢は学院長と同じで、この学院の教師歴40年を超える生え抜きのベテランだ。風紀の乱れに関して厳しい彼女は、掛けている眼鏡に手を添えながら鋭い視線を学院長に向けていた。
「ふむ、副学院長は彼を退学にしたいと?彼は言動こそ問題はあるようだが、筆記試験も首席のはずだが?」
「いえ、この際の教養というのは、単に学力のことを指しているのではありません。時と場合を弁えて行動するための知識とでも言いましょうか・・・平民の彼が礼儀作法の教育を受ける機会がなかったのは仕方のないことですが、それならばこれから教育していけば良いだけです」
学院長は、予想とは少し異なる返答が来たことに、若干眉をひそめた。
「では、彼の在籍について異論は無いということで良いかね?」
「陛下もお認めになられたことについて、私ごときが異論など申せません。ただ・・・」
「ただ?」
何か含みを持った笑みを浮かべる副学院長に対して、学院長は懐疑的な視線を向けてその真意を問う。
「夏頃には王家の方々の視察が予定されていますので、その際に彼が不敬を働いてしまった場合、私ども教師陣にも彼を教育しきれなかった責任を問われることになるのでしょうか?」
「そうならぬように教育して欲しいものだが、万が一の時には諸君らに責任が及ばぬよう、私の方から陛下に進言しておこう」
「ありがとうございます。少し安心しました」
聞きたかったことはそれだけなのか、確認が終わると副学院長は表情を和らげ、それから何も発言することはなかった。そんな彼女の様子に、周りの教師達も追従するかのように静かになり、結局アル・ストラウスの処遇については現状維持ということになった。
ただこれは問題の先送りに過ぎないということは明白で、約3か月後に行われる王家の視察の際に何かが起こるだろうということを、この職員室にいる全ての教師達は感じていたのだった。
◇
「・・・というわけだ。くれぐれも王家の視察の際には言動に気をつけてくれよ?」
講堂での騒動の後、喧騒冷めやらぬ状況が続いていた。俺は講堂の隅でその状況を静かに眺め、そんな俺に対して新入生や教師達は、恐怖、畏怖、忌避、憤怒など、様々な感情が感じ取れる視線を時おり投げ掛けて来ていたが、誰も近寄ってこようとはしなかった。
そんな時間がしばらく続き、一人の教師が講堂内に小走りで入ってくると、嫌そうな顔を浮かべながら俺の方へと足早に近づき、学院長室へ行くようにと指示を受けた。
そうして学院長室へ移動すると、それまで話し合われていた職員会議での顛末を説明されたのだった。
とはいえ・・・
「それは分かったが、王家の面々とは顔見知りだぞ?俺の性格も陛下は知っているし、問題など起こらないんじゃないか?」
学院長が何を心配しているのか理解できなかったが、そんな俺の考えに対して学院長は静かに首を横に振った。
「火の無い所に薪をくべて炎上させる・・・そうしてライバルを蹴落とすというのが貴族のやり方だよ」
「それにしたって相手は陛下だ。陛下が問題ないと言えば、それで済むんじゃないか?」
「問題を大きくすればするほど、陛下だけの独断というわけにはいかん。それこそ、貴族連中との軋轢を考え、何らかの処分を下す必要も出てくるというわけだ」
「はぁ・・・これだから貴族ってのは厄介でいけ好かない」
「う、う゛ん、自覚が無いのか知らないが、君も立派な上位貴族なんだが?」
呆れを含んだ学院長のその言葉に、俺はなんとも言えない表情を浮かべる。正直に言えば、自分が伯爵だという事を意識したことはあまりない。そもそも俺の仕事は魔物の討伐で、一年のほとんどを魔物蔓延る森の中で過ごしているのだ。自分が貴族であると認識できるのは、年に数回開催される王家の夜会に出席する時くらいだ。
(そう言えば、学院に潜入中は王家の夜会にも出席になくて良いんだよな?しばらくあの王女の相手をしなくて済みそうだ)
毎月のように王家からは夜会の招待状が届くのだが、出席するのはその内の2、3回だ。それも絶対に断れないような文言を並べ立てられた招待状の時に限る。
(出席しなければ国家反逆罪って、権力の乱用もいいとこだろ・・・)
数ヵ月に一回、どう見ても子供が書いたような招待状が届くのだ。最初は微笑ましい文言だったのだが、俺が出席を断っていると、次第に内容が過激になっていき、1年近く出席しなかった時には、『来て下さらなければ命を断ちます』と書かれており、王城の執事とメイド達が総出で迎えに来たものだ。
(まさか、その視察の時に付いてこないだろうな・・・絶対に何かしらの事件が起こることになるぞ・・・)
王女はまだ13歳なので公務などはなく、視察には参加しないとは思うのだが、もし同行して、あまつさえこの学院で俺に対する騒動が起きるとしたら・・・
(う~ん、絶対に面倒なことになるな・・・)
嫌な予感に肩を落としながら、学院長室をあとにするのだった。
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