第6話 入学試験 5

(ま、こんなもんかな・・・)


 目標の的を消し炭も残らないように焼失させると、試験終了の合図を宣言するはずの試験官へ視線を向ける。すると、試験官は俺に対して憎々しげな表情を浮かべて睨んでいるようだった。


(なるほど。平民が貴族以上の実力を保有しているとその目にすると、やっぱりこんな反応になるか・・・)


先程学院長から聞いていた通りの反応をしている試験官である教師に対して内心でため息を吐くと、未だ実技試験の合否を宣言しない彼に質問する。


「的を壊しましたけど、試験結果は?」


「・・・し、失格だ!」


「はぁ?」


俺の問いかけに、顰めっ面をしながら予想外の言葉を吐く試験官に対して、素で聞き返してしまった。


「な、何だその態度は!失格だと言っただろう!さっさとこの学院から去れ!!」


「いや失格って、不合格でもなく失格ってどういうことだよ?というか、的はしっかり破壊しただろ?」


当然の疑問を投げかけると、試験官は嫌そうな顔をしながら口を開いた。


「き、貴様!平民の癖に口の聞き方がなっていないぞ!貴族に対しては敬語を使え!」


「いや、今はそんなこと聞いていないーーー」


「黙れっ!貴族に対する礼儀のなっていない者は全て失格だと決まっている!!それに加え貴様は不正を行った!よって貴様は失格だ!」


聞いたことのないルールと、身に覚えのない不正を指摘してくるを試験官に辟易としていると、先程一悶着あった少年が近づいてきた。


「試験官の言う通りです!僕も奴は不正していると確信しています!!」


「ん?君は?」


「はい、先程実技試験を合格しましたフログレンス伯爵家が嫡男、レンドール・フログレンスです!」


「おお、フログレンス伯爵家の!君も分かりましたか!」


「当然です!魔術の二重展開は高等技術。平民ごときが発動できる訳がない!」


「その通り!さすが伯爵家のご子息。既に魔術の二重展開の知識を有しているとは・・・感心だな!」


「この程度の知識、当然です」


俺を置いて繰り広げられる茶番に、頭の痛くなる思いを抱えながらとりあえず確認してみる。


「一応聞くけが、どう不正をしたら平民の俺が本来使えないと言っている、その高等技術の二重展開が出来るんだ?」


「そんなことはどうでも良い!!とにかくお前は不正をしたから失格だ!!」


「そうだ!今さら言い訳など見苦しい!!大人しく不正したことを認め、土下座しながら謝罪すべきだ!!」


俺の問い掛けに、試験官と少年はまるで聞く耳を持たないどころか、自分達の主張だけを押し通そうと声を荒げてくる。その必死さといい、どこかで見たことのある光景といい、貴族のプライドの高さにウンザリしていると、一人の人物が割り込んできた。


「何を騒いでいる!?」


「が、学院長!!」


そこに現れたのは、先程まで学院長室で話をしていた学院長その人だった。突然の学院長の登場に、試験官である教師は姿勢を正して恐縮したような姿を見せている。また、少年の方も緊張した面持ちで固まっているようだった。


「説明したまえ。周囲にまで聞こえる声を張り上げながら、いったい何を騒いでいるのだ!?」


「そ、それは・・・こ、この平民が不正を行ったため、それについて厳しく指導をしておりました」


「そうです学院長殿!この平民は、栄えあるヴェストニア騎士学院に何とか入学しようとするあまり、許されざる不正を行ったのです!!」


学院長に対して2人は必死の形相で説明を行うが、当の学院長はそんな2人を冷たい表情で見下ろしながら顎をさすり、おもむろに口を開いた。


「ほぅ、不正かね?具体的に聞かせてくれないかね?」


「そ、それは・・・」


学院長の質問に試験官の教師は言葉に詰まり、苦虫を噛み潰した表情を浮かべる。それはそうだろう、二重展開を可能とする不正など聞いたことがないからだ。もしそんなお手軽に高等技術を誰でも発動出来る技術や魔道具があるのなら、とっくの昔に騎士団に導入されていなければおかしい。


しかしそうとは知らない少年は、声高らかに自らの主張を展開した。


「お聞きください学院長殿!この平民の男は、あろうことか不正を行って魔法陣の二重展開をしたのです!更に、貴族に対する敬意のない言動の数々!学院の試験ルールに反しているのは間違い無いです!!」


「ふむ・・・貴族に対する言動のルールなど試験には存在せんし、魔法陣の二重展開を発動可能とする不正も聞いたことは無いな。君はどんな不正を講じれば、超高等技術である二重展開が出来ると?」


「はい!それはその男の不正を見破った試験官殿であれば答えられる質問だと思います!」


学院長の疑問の言葉に、少年は真っ直ぐな瞳をしながら返答すると、俺に失格を言い渡した試験官に視線を向け、語られる内容を今か今かと待ちわびているようだ。その様子は、本当に自分は説明する必要などなく、全て丸投げして当たり前とでもいう態度だった。


「なるほど。では聞こうか。平民であっても魔法陣の二重展開を可能とする、そのとんでもない不正とやらを」


「うっ・・・そ、それは・・・」


学院長の鋭い眼光で見据えられた試験官は、狼狽えながら後退りしていた。それも当然だろう。そんな不正などそもそも存在しないのだから。


「ん?どうしたのかね?先程の魔術の威力は、私も遠目ながら見ていたよ。下級魔術を融合したようだが、その威力は素晴らしいものだった。あの的を蒸発させるほどのものだ、騎士として即戦力になろう?」


「・・・・・・」


問い詰める学院長に対して、試験官の教師は青ざめながら何も言えずに固まっている。そんな状況に、全く空気の読めない少年が口を開く。


「どうされたのです試験官殿?平民が即戦力となる魔術を発動できる訳がありません!早く奴の不正のからくりを解き明かしてください!」


「・・・・・・」


完全に他人任せの少年の言葉に、試験官の顔色が更に悪くなっている。既に学院長の口から、言葉遣いなどの言動に関するルールは存在しないと釘を差されているため、そちらに逃げることも出来ず。かといって、不正をしたと主張した二重展開についてはそんなものは存在しないと本人も分かっているようだ。


そして、試験官は目を泳がせながら何とか取り繕う言葉を口にした。


「ま、魔道具です。彼は違法改造された魔道具を使用してこの試験に望んだのです!」


「ほほう。魔術の素養があれば誰でも二重展開を可能とする魔道具か・・・もしそんなものがあれば、その価値は聖金貨5枚は下らんと考えるが?」


学院長は、人を追い詰めるような黒い笑みを浮かべて問い詰める。この国の通貨は、銭貨・銅貨・銀貨・金貨・聖金貨という種類がある。それぞれの通貨が100枚で上の通貨になる。ちなみに、一般的な平民の4人家族が月に必要な生活費は、銀貨20枚程度とされている。


そんな魔道具があれば、その価値は平民の人生を2回繰り返しても余る程だと指摘されると、冷や汗をかき始めた試験官は何とか声を絞り出した。


「そ、それは・・・や、奴が自分で改造して・・・」


「なんと!そんなとてつもない技術をこの少年が持っていると!?ならば是非、我が学院でその才能を活かしてもらいたい人材ではないか!そうは思わんか?」


「・・・・・・」


「どうした?そこの貴族の受験生が言うには、君は不正を見破ったのだろう?よもや、彼が平民だからと言い掛かりをつけて、才能有る受験生を独断で不合格にしようとしたとは言うまいな?」


「そ、それは・・・」


「ど、どうされたのです、試験官殿?は、早く奴の不正のからくりを・・・」


学院長の詰問に、試験官の表情はもはや蒼白となり、少年も不正の内容について言及できないでいる試験官に焦りの表情を浮かべ始めていた。


そしてーーー


「あっ、逃げた」


追い詰められた試験官は無言のまま、脱兎のごとくこの場を走り去った。彼の突然の行動に唖然としながら、その後姿を眺めつつ呟くと、学院長から深い溜め息の声が聞こえてきた。


「はぁぁ。彼もあれで、人にものを教えるのは上手いのだがね・・・だからこそ残念だよ。君もこれに懲りたら、何の証拠もなく平民だからという理由で相手を見下さんことだ。その行為はいずれ、自分の首を絞めることになる。彼のようにな・・・」


「なっ!え、あ、あの・・・」


学院長は少年の顔を見据えながら、あの試験官の未来を暗示した。その言葉に少年は、困惑や驚愕、理解不能といった様々な感情がないまぜになったような複雑な表情を浮かべていた。


この出来事に少年が何を思い、考え方を変えていくかどうかは本人次第だが、何となくこの少年は変わらないような気がしてしまう。


「さて、我が学院の教師が失礼した。実技試験だが、学院長である私の権限において君に合格を言い渡す。おめでとう」


「ありがとうございます」


「ふむ、名前を聞いても良いかね?」


俺の名前など知っているはずの学院長だが、おそらくこれは周囲に俺との関係性を見せつけるためのものだろう。


(これで今後、学院長が俺を呼び出し易くなったってことか)


そんな事を考えながら、自分の学院での偽名を口にする。


「はい。アル・ストラウスです」


「なるほど、孤児院の出の者か。平民であっても優秀な実力者が居るというのは、我が国にとって吉報だな。入学の暁には、是非その力を発揮してもらいたい」


「分かりました。可能な限り、尽力します」


「うむ、期待している」


学院長がそう言い残すと、この場を静かに去っていった。そうして一人蚊帳の外に置かれた少年は、学院長が居なくなったことを確認すると、親の敵でも見るような視線を俺に向けてきたのだった。

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