第5話 入学試験 4

「次っ!ゴートス・ベンジャー!」


「はいっ!」


 学院の広大な演習場では、今まさに入学試験の真っ最中だ。演習場の右側は剣武術コースの受験生が試験管と模擬戦を行い、左側は魔術コースの受験生が的に向かって魔術を放とうとしている。


「魔法陣展開!・・・魔力供給!・・・照準!・・・発動!」


「(・・・まぁ、子供ならこんなもんか)」


俺は受験生の列に並びながら、眼前で繰り広げられている魔術コースの試験模様を眺めてポツリと呟いた。


魔術の発動には、大きく3つの過程がある。先ずは記憶した魔術文字で構成されている魔方陣とも呼ばれる術式を展開すること。次にその展開された術式に必要量の魔力を注ぐこと。最後に発動する魔術の照準を付けることだ。


また、魔術はその威力に応じてランク別けされており、下級・中級・上級・特級が存在する。展開する術式の規模が大きいほど威力は上がるが、魔法陣の構成が複雑になり、必要魔力量も多くなって、発動までの時間も膨大になる。


ちなみに今回の試験で求められているのは、発動の正確さだ。受験生は下級か中級規模の魔術を選択して事前申告し、演習場に設けられた的に向かって魔術を発動する。的は下級魔術でも正確に術式を記憶して、必要魔力を注いでいれば破壊できる程度のもので、簡単に言えば的を破壊できれば実技は合格ということだ。


貴族の子供として幼い頃から家庭教師を付け、鍛練をしてきた者であれば下級魔術程度でも楽に的を破壊できると思っていたが・・・


「ゴートス・ベンジャー不合格!!」


「うわ~ん!!ごめんなさいママ~~~!!!」


「・・・・・・」


先程から見ていると、的を破壊できる受験生の方が圧倒的に少なかった。しかも今の受験生の魔術発動速度は、下級の風魔術にたっぷりと5分程の時間を掛けてしまっている。放たれた魔術は、ちょっと強い風だなというくらいのもので、当然的の破壊は出来なかった。


これまで試験官から不合格を告げられると、絶望に打ちひしがれる者、悔しげに癇癪を起こすもの、もしくは今のように泣き喚く者など、反応は様々だ。


(う〜ん、これが今の子供達の実力か・・・かなり威力を加減しても比較にすらならないな・・・)


試験の様子を見て、俺は頭を掻きながら内心で困惑していた。この学院の生徒と教師連中に、平民でも圧倒的な力を有する者の存在を印象付けるため、受けなくてもいい実技試験を受けようと考えたのだが、あまりにも圧倒的な違いの場合、時に人はその現実を理解しようとせずに拒絶する事がある。


(騎士団に入団した当初もあったな・・・俺が討伐した魔物を目の前にしても、不正だ!インチキだ!と騒いでたな・・・)


平民の出身だったこともあり、俺が騎士になる時も、騎士となって魔物を討伐した時にもイチャモンを付けてくる奴は多かった。どう不正やインチキをすれば、自分達が敵わない魔物を討伐できるのか逆に問いただしもしたが、彼らは喚くばかりでこちらの声に耳を傾けず、言いたいことを喚いているだけだった。


(貴族のお坊っちゃま達は、自分の想像の範疇を超えた力を見せられても理解しようともしないか・・・)


彼らが理解できる範疇に力を抑えて試験を受けるか、それとも、有無を言わせないほどの圧倒的な力を見せて衝撃を与えるか。列に並んでいる間に色々と考えたが、結局俺が選択した方法は後者だった。


(ま、どうせこの学院で悪目立ちすることになるんだし、実力の一端を知らしめておいた方が良いだろう!!)


おそらくは起こるだろう騒ぎについては考えることを止め、任務を達成させるための手段としてこの試験をしっかり利用することにした。考えるのが面倒になったとも言えるが、自分の番が来てしまったのだ。


「これで最後の受験者だな。アル・ストラウス!」


「はい!」


試験官に名前を呼ばれると、俺は不敵な笑みを浮かべながら魔術コース実技試験の会場内に足を踏み入れた。




〜〜〜 レンドール・フログレンス 視点 〜〜〜



(ふっふっふ、僕の合格は確定的だな!)


 既に魔術の実技試験を終えた僕は、残りの受験生の試験の様子を見ながら余裕の笑みを浮かべていた。


(中級魔術を放てるほどの実力者は、僕を含めて片手で数えられるほどか。これなら首席の座も難しいものじゃないな!)


的を破壊できたのは、これまでに150人位だろう。ただ、そのほとんどは辛うじて一部分壊すことが出来たという程度で、僕のように完全に壊せた者は少ない。


(さっきは少し不快なこともあったが、さすが僕だな。全く影響を受けることなく、冷静に試験をこなすことが出来た)


先程のひと悶着の際、警備の騎士が恐縮するような態度を平民の男に見せていたが、何かの間違いか勘違いだろうと記憶から忘れ去ることにした。それが功を奏したようで、試験の時にはいつもの冷静な心持ちで望むことが出来た。


(さて、後は筆記試験と魔力量の測定、それと面接か。どちらも僕にとって問題ないし、もう少し学友になるかもしれない受験生の実力でも見ていくか・・・)


既に実技試験は終わりに差し掛かっており、残す人数はあと数人だった。


(ん?あいつは?)


残りの受験者の列を眺めていると、その最後尾に見た覚えのある不愉快な顔があった。


(ちょうど良い。この僕に無礼な態度をとった奴の実力とやらを見せてもらおうか!)


どうせ奴が的を壊せるわけがないという事は分かっているが、僕に対して礼儀知らずに接した平民の様子を見るため、ニヤケ顔を隠すようにして試験場所に近づいた。ついでに奴の試験が終わった後、身の程を理解させる教育もしてやろうと思い付いた。


(幼い頃より鍛錬してきた貴族と平民の違いを理解させないとな!先ずは土下座から教えるべきか?いや、どうせもう会うことは無いし、泣いて謝罪をさせるべきか?)


そんな事を考えていると、奴の名前が呼ばれたようだった。


「これで最後の受験者だな。アル・ストラウス!」


「はい!」


奴が名前を呼ばれると、所定の位置に進み出た。的までの距離は15m。その先にある直径50センチの円形の的を破壊できるかがこの試験の肝だ。確実に破壊するためには、中級魔術を放つ必要がある。


(くくく・・・平民ごときがいくら魔力の量や素養を認められたとしても、何の訓練も無しに中級魔術を撃つのは不可能だ!どんな無様を晒してくれるのかな?)


きっとあの平民は愉快な姿を晒してくれるだろうと、心の中で嘲笑う準備をしていると、奴はおもむろに的に向かって両の手のひらを前に差し向けた。


(何をやってるんだ?・・・っ!そうか!魔術の基本姿勢も知らないんだな!)


目標物への照準を付け易くするため、魔術師は普通片手で構える。そうでなければ命中精度が落ち、小さな的の場合は数メートルの距離でも上手く当たらないこともある。実際に僕はそうだった。


(まぁ、魔術に慣れてない奴など、この程度か。これであんな不遜な態度を取っていたとは・・・少し厳しめに現実を教えてやらんとな!)


ニヤけながら様子を眺めていた次の瞬間、奴の足元に展開された魔法陣を見て、僕はありえないその光景に固まった。


(ば、バカなっ!魔法陣が2つ展開されているだとっ!?何だあれは!?)


見たこともない光景に僕は内心驚愕していたが、努めて表情には出さないようにして、後ろに控える2人のメイドに振り返る。


「おい、あれは何だ?どうして魔法陣が2つ展開されてるんだ?」


「あれはおそらく二重展開でしょう。騎士団の中でも限られた者しか出来ない、魔術の極みと言われています」


「はぁ???魔術の極みだと!?そんなバカなことがあるか!!あんな平民が出来てるんだぞ?誰でも出来る技術なんだろ?」


メイドのありえない返答に、僕は信じられない思いで詰問する。


「いえ、魔法陣の二重展開とは、異なる属性の魔術を同時に発動し、2つの魔術を融合させることで、飛躍的に威力を強化させる技術です。騎士団長クラスの実力者でようやく扱える超高等技術です」


「そうですね。この王国の騎士の頂点である第一騎士団長は、全ての属性の魔術を同時発動するという異次元の実力を有していらっしゃり、たった一人であらゆる魔物と渡り合える猛者らしいですが、この年齢で二重展開出来る彼は、とんでもない逸材のようてすね」


(平民が何でそんな力を・・・いや、ありえないっ!そう!そんな事は絶対にあってはならないんだっ!!)


信じられないメイドの言葉に臍を噛んで正面を向き直ると、奴の魔術が発動する。


(火と風の属性・・・嘘だろ・・・いや、嘘だ!何か仕掛けがあるはずだ!神聖な入学試験の場で不正を働くなど許せん!!)


奴が放ったのは下級だが、火と風の属性魔術を同時に放ち、炎を纏う竜巻となって的に命中した。それを見ていた受験生や試験官は、あまりの熱さに顔をそらしたり、腕で熱を遮ろうとしていたが、比較的近くに居た者達は逃げ出すように距離を取った。


(くっ!!熱っ!!!)


それは近づいてしまっていた僕も例外ではなく、奴の魔術に屈するようで癪だったが、熱さに我慢できずに後ずさった。


周りの者達は奴の魔術を見て呆然とするもの、眉を潜めるもの、憎らしげに顔を顰める者など反応は様々だ。ただ、試験官は憤怒の表情を浮かべて奴を見据えていたので、僕と同じ思いなのだろう。


(ふんっ!やはり不正か!!丁度良い。正義はこちらにあるのだから、僕が厳しく指導してやる!!)


試験官の表情を見て確信を得た僕は、奴の試験が終わるのを手ぐすねを引いて待つのだった。

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