―03― なぜか婚約するはめに
放課後になった。
あいかわず転校生の風不死椎名は人気なようで、彼女の周りには人がたくさん集っていた。よく見ると、他のクラスの生徒もチラホラいるな。
それを尻目にオレは席を立ち上がり、帰り支度をする。オレは帰宅部のため、これといった用事は存在しない。
そういえば、今朝電話で父親に早く帰ってこいと言われたんだったな。紹介したい人がいるとのことだが、結局、誰を紹介するつもりなんだろうか。
家へ向かっていると父親からメッセージが届いた。
文面は、指定のファミレスに来いとのこと。
マジか。ここからだと、来た道をわざわざ戻る必要があるな。面倒ではあるが仕方がない。
それから数十分かけて目的のファミレスへとたどり着く。
「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」
中に入ると、店員に出迎えられる。
「うっ」
思わず及び腰になる。ここで『1名様です』と答えると、新しい席に案内されてしまう。すでにファミレスで待っているであろう父親がいる以上、それでは困る。こういうときコミュ障なのが不便だよな。
「えっと、待ち合わせをしていまして……」
「あ、はい、そうでしたか。ではごゆっくりお過ごしくださいませ」
今の説明でちゃんと伝わったんだろうか、と不安に思いつつ、父親の姿を探す。
どこにも見当たらない。
もう一度丁寧に探すが、やはり見つからない。
「こんにちは、忠仲さん」
突然、話しかけられた。
振り向くと、そこには噂の転校生の風不死椎名が座っていた。
「学校で会ったぶりですね」
「お、おう。そうだな。風不死さんも誰かと待ち合わせしているのか?」
驚きつつも平静を装い、オレはそう口にする。
「はい、そうです」
と、彼女はいつも通り仏頂面でそう答える。機嫌悪いのだろうか? そういうことなら、さっさとここを退散するのが吉だな。
「そうか。オレも人と待ち合わせしているから、それじゃあ」
そう言って、ここからいなくなろうとするも――
「待ってください」
と、風不死さんに呼び止められる。
「あなたが探している人は、ここにいます」
「……ん?」
◆
『あー、さっきまで彼女と一緒にファミレスでお前のことを待っていたんだが、彼女がお前の顔がわかるって言っていたからよ、じゃあ、俺いなくてもいいなってなって帰ったわ。事情は彼女から聞いてくれ』
父さんに確認のため電話をかけたところ、本当に紹介したい人というのは目の前に彼女であっているようだった。
父さんは最低限説明をすると、それじゃあ忙しいから、と通話を一方的にきった。ホント勝手な人だ。
「悪いな、父親が迷惑をかけて」
「いえ、大丈夫です……」
彼女はメロンソーダをストローですいながら、そう口にする。
「その、私がここにいる理由について、ある程度聞いてはいますか?」
「いや、なにも聞かされてないな。昨日、突然父親が会わせたい人がいるって言い出して、それがこうしてやってきたわけだけど、事情に関しては一切聞いていない」
「そうですか」
風不死椎名は困った表情をしていた。まったく父さんも事前に説明してくれたらいいのに。
「だから悪いけど、説明してくれないか?」
「わかりました」
そう頷いた彼女はなにか決意した表情をして口を開いた。いったい真剣な表情でなにを言い出すつもりだろう、とか思う。
「その、結論から言うと、あなたと私は婚約関係にあります」
「……は?」
彼女がなにを言っているのか、オレにはまったく理解が追いつかない。
「えっと、婚約ってのは、つまりオレとあなたが将来結婚をするっていうやつだよな?」
「それ以外に解釈しようがないと思います」
なにか大きな勘違いをしているんじゃないかと念の為言葉の意味を確認したが、そうではなかったようだ。
「いやいや、そんな話オレ初めて知ったんだが!?」
「私もつい最近知ったばかりです。どうやら、あなたの父親と私のお爺様がここ最近勝手に決めたみたいなので。ようするに許嫁というやつでしょうか」
「いくらなんでも勝手すぎるだろ!」
結婚相手を勝手に決められたことに憤りを覚える。
クソッ、なんでよく知りもしないやつと結婚しなくちゃいけないんだよ。こんな……まぁ、こんな美少女と結婚できるのかと思うと悪くないような気もしないでもないが。
とはいえ、オレたちの気持ちを無視して事を進めたのは正直おもしろくない。
「その、お前はどう思っているんだ? オレなんか結婚するとか嫌だよな?」
「……そうですね。確かに、決められた人と結婚なんて嫌ではありますが、お爺様が決めたことなので仕方がないのかなと」
「なんだよ、それ。いくら今まで自分を大事に育ててくれた人が言ったからって、なんでも言うことを聞くのかよ。オレだったら、絶対に断るね」
オレは声を大してそう主張をした。
今まで、オレは親の言うことは素直に言うことを聞いてきた。けど、オレにだって譲れないものはある。
「それって、忠仲さんは私と結婚したくないってことですか……?」
「え、えっと、そういうわけでは」
慌ててそう誤魔化しつつ、風不死椎名の顔を見る。すごく不機嫌そうな表情をしていた。もしかして、怒らせてしまったのだろうか。
「別にいいです。結婚をしたくないならお爺様にお願いして、婚約を解消してもらうこともできるので」
「婚約って解消できるのか?」
「できると思いますよ。お爺様は私にとても甘いので」
「そ、そうか」
思わず、声色に喜びの感情が交じってしまった。どうやら結婚しないで済むらしい。
「じゃあ、オレたちの婚約はなしでいいな」
「……よく、そんなことが言えますね」
椎名は仏頂面をしながらそう口にする。
一体どういうことだろう? 言葉を待った。
「そもそも私とあなたが婚約するはめになった経緯をあなたは知らないんじゃないですか」
そういえば、まだそんな大事なことを聞いていなかったな。
「どうしてなんだ?」
「あなたのお父さんが私の実家に融資をしてもらっているのは知っていますか?」
「え?」
「風不死グループ。あなたでも聞いたことぐらいあると思います。旧財閥系の家柄のひとつの」
確かに、風不死グループといえば誰もが知っているぐらいには有名だ。名だたる企業を傘下に加えた超巨大企業のひとつ。国を裏から支配しているなんて、都市伝説が流布されているのをネット上で見たことがある。
「私の祖父は、その風不死グループの理事を務めています」
「マジか……」
確かに、あの風不死と同じ名字だとは思っていたが、まさか理事の孫娘とは。
「風不死グループはあなたのお父さんに多額の融資をしています。そのおかげで、あなたのお父さんはなんの不自由もなく役に立つかどうかもわからない研究を長年続けることができました」
「それで……?」
「それは私たち一家があなたのお父さんをそれだけ高く評価しているから。けど、あなたのお父さんが私たちに多額の借金をしているのもまた事実。だから、ある条件を飲めばあなた方の借金を帳消しにすると、お爺様が提案なさいました」
「その条件とは……?」
「それぐらい、いくら察しが悪くてもわかってほしいですね。もちろん、あなたと私が結婚をすれば、その借金が帳消しになるんですよ」
「――ッ!!」
思わずオレはその場で立ち上がっていた。
まさか、オレたちの家にそんな多額の借金があるなんて、毛ほども知らなかった。
「ち、ちなみに、その借金っていくらぐらいなんだ……?」
「最低でもゼロが9個は必要って言っていました」
それって、少なく見積もって10億以上ってことかよ!?
「それで、改めてあなたに聞いてあげます。あなたは本当に私と結婚をしたくないんですか?」
「お願いします。オレと結婚してください」
「いやです」
最低なプロポーズだった。
ファミレスのテーブルに頭をこするようにぶつけ、土下座のような姿勢でオレは懇願していた。プライドなんてものは投げ捨てていた。
「金に目が眩んだ人と結婚なんてしたくないので」
そう言葉を残した彼女はもう用は済んだとばかりに彼女は立ち上がる。
まるで修羅場のような現場に周りのいたお客さんたちは騒然としていた。店員なんか、メニュー表を持ったままどうしていいのかわからず戸惑っていた。
「なぁ、すぐ帰るのか?」
彼女がわざわざ海外からオレと同じ学校に転校してきたのはオレと結婚するためなのは明らか。婚約破談となった今、彼女がここにいる理由はない。
「さすがに、すぐには帰りません。最低でも、2ヶ月はここにいると思いますよ」
その言葉を最後に、彼女はファミレスから出て行ってしまった。
「くそっ」
天を仰ぎ見る。
どうやら2ヶ月の猶予はあるらしい。それまでに彼女の考えを変える必要がある。
これはゲームだ。オレと彼女の命を賭けたゲーム。
勝敗の決め方は、たった二ヶ月でオレが風不死椎名を落とすかどうかで決まる。勝ったら将来は安泰。負けたら一生借金地獄。
なにがなんでも、オレは彼女と結婚をしなくてはならない。
それからすぐ風不死椎名は「用事があるから」と帰ってしまった。
『まぁ、そういうことだから頼むよ、奏生』
通話ごしでも父親がヘラヘラと笑っているのがわかってしまってイラつく。
「いい加減にしろ。こんな大事なこと勝手に決めやがって」
『別にいいだろ。だって、お嬢ちゃん写真で見たけど、めちゃくちゃかわいいじゃねぇか。あんな子と結婚できるなんて羨ましいね』
確かに、風不死椎名はかわいいが、そういう問題ではない気が。
『ともかく、お嬢様の機嫌だけは損ねないようにな。今回の縁談、お嬢様が嫌だと言ったら破断するかもしれない。だから、がんばれよ』
「あぁ、わかったよ」
頷く。
こうなったら、やるしかないのだろう。
『あと、父さん出張でしばらく帰ってこないから』
「はぁ?」
詳しく聞こうと思った頃には、電話はすでに切れていた。ホント勝手な人だ。
さて、今の風不死椎名は恐らくオレに対して、興味も関心もない状態だろう。それは、下手したら嫌いって感情よりも最悪かもしれない。だから、努力して彼女に気に入られる必要がありそうだ。
なんせ、彼女と結婚できなければ、オレは借金地獄になるのだから。
◆
「お爺様、忠仲奏生様とさきほどお目にかかることができました」
風不死椎名はファミレスからの帰り道、祖父に報告を兼ねて通話をしていた。
「……どうだった、ですか。そうですね、あまり平凡で面白みにかける男でしたよ」
忠仲奏生の印象を聞かれたので正直に思ったことを伝える。
「なので私が彼に惹かれることは万に一つもあり得ないかと。…………笑わないでください。私は真剣なのですから」
風不死椎名は不満げな口調でそう口にする。
それからいくつかのやりとりを終えて、彼女は電話を切った。
「忠仲奏生、私はあなたを許しません」
ポツリと彼女はそう呟く。誰に聞かせるつもりもない独り言だ。その淡々した彼女の独り言には、確かな怨念がこもっていた。
「いっそのこと、彼に私のことを好きになってもらうのも悪くないかもしれませんね」
どうせ自分は美少女だ。男一人を籠絡させるぐらい容易だ。
「その上で、あえて彼を全力で拒絶する」
そのとき彼はどんな絶望の表情を浮かべるだろうか。
想像した途端、喜びの感情が芽生えた。きっと、その瞬間、自分は歓喜に満ちあふれているに違いない。
――なにせ、これは彼に対する復讐の物語なのだから。
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