#4 平安京という場所①



「要はね、若様が拾ってきたんだよ。あんたみたいにさ」






夕食に使う菜葉の虫食い部分をちぎり取りながら、雑仕のタエが言った。


比較的年齢が近いという理由で野分の教育係に任命された彼女とともに葉をむしっていた野分は、手を止めずに先輩の顔を見る。


「要もあの器量だろう?しかも昔、痘瘡(もがさ)にかかったみたいでね、あの口布の下には痘痕がビッシリなんだよ」


彼女は八重歯を覗かせながらわざと不気味がらせるような笑顔を見せた。 




要の器量については、顔が覆われているため判別がつきにくい。

しかし、唯一露わになっている目は、長い睫毛とくっきりとした二重だったはずだ。

そこから推測するに、そう酷い見た目ではないのではないかと予想ができる。

しかも、なぜかは不明だが、野分には彼の目元には見覚えがあった。




(誰かに似てるんだよなぁ。……先生?いや違う。従兄弟のお兄ちゃん?違うよなぁ)




野分が考え込みながら黙々と作業を続けている間にも、タエは喋り続けていた。


「痘瘡にかかって生き残った者は二度と痘瘡にかからないから縁起がいい、なんて言ってね。そこらへんの犬猫みたいに拾ってきちまったってわけさ」


ヒソヒソと話しかけるタエを見ながら、どこの世界でもこの年代の女子は噂話が好きなんだなと、野分は勝手に親近感を覚えていた。


「で、今では文字通り、若様の後をずっとついていく犬になっちまったってわけ」


ケタケタと笑いながら指で犬の形を作って見せる。

野分は作業を続けたまま、「へぇー」とそっけない声で返事をしながら、


「……だとしたら、すごい優秀な番犬じゃん」


と、ポツリと溢した。



この世界に来て、野分のことをいちばん手助けてくれたのは彼だった。

だからこそ、些細な世間話の中ででも、彼のことを悪くいうのには気が引けた。


「……ねぇ、あんた」


タエの声が低くなる。


初日からやらかしてしまったかと、野分は心臓をバクバクさせながら先輩の表情を窺う。








「もしかして……、要に惚れたの?!ねぇ、ちょっと!そうでしょう?!」








にゅるんっと目を三日月のように歪ませて、タエが興奮した様子で身を乗り出してきた。


思いがけず恋愛方面に話を持っていかれた野分は、顔を真っ赤にして首を横に激しく振った。


「は?いや、違うし!」


「はぁ〜ん?」


「そもそもあの人の顔、知らないし!」


「はぁ?お貴族様なんてみんな顔も見ずに結婚するでしょう。なに言ってんの、あんた」


「はっ?!顔も見ずに結婚?!」



野分は古文の授業で先生が言っていたことを思い出した。


「平安時代の貴族たちは、顔も知らない相手と文や和歌のやりとりをして仲を深めていた。女性は男性に顔を見られないように御簾越しに会話をしていたから、結婚するまで相手の顔は分からないんだ。今では考えられないよねぇ」


と、笑っていたおじいちゃん先生の言っていたことは、どうやら本当だったらしい。



「あんたたちッ!喋ってばっかりいないで手を動かしなッ!それと食材が足りないから、ちょいと市で買ってきておくれ!」



いつの間にか背後に立っていた雑仕頭から一喝され、二人は驚いた子猫のようにピャッと体を飛び上がらせる。そして背負い籠を乱暴に掴みながら、逃げるように屋敷を飛び出した。










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