#3 圏外④
「今日からここで働く野分だ」
彼女たちの態度に全く気にする素振りも見せずに、淡々と要が紹介する。
しかし、やはり彼女たちは何も答えずに黙々と仕事を進めていた。
初手からこれでは先が思いやられると思った野分は、
「はじめまして!野分です!よろしくお願いします!」
と、あばら屋の壁を壊さんばかりの声量で挨拶をお見舞いする。
二人はたまらず耳を両手て塞いで顔をしかめた。
「うるっさいねッ!そんな大きな声で言わなくても、聞こえ……」
不快感を示しながら勢いよく顔をあげた年配の女性が、野分をひと目見て固まった。
その様子を不審に思ったもう一人の女性も、つられて野分の顔を見る。
二人ともあんぐりと口を開いたまま、石のように動かなくなってしまった。
野分はこの地で出会った人たちのことを思い起こし、二人の反応が何を意味しているかをすぐに理解した。
この世界の住人は自分のそれと全く違った美的感覚を持っているらしい。
そして、この地での自分の容姿は人を驚愕させるほどのレベルであるようだ。
完全に不本意ではあるが、会う人会う人にそう扱われた彼女は、それを認めざるを得なかった。
しかも彼女は、誰一人知り合いのいない右も左もわからない土地に飛ばされ、突然天涯孤独の身になってしまったのだ。こんな奇妙奇天烈な現象を、「はい、そうですか」とすんなり受け入れられるわけがない。
ましてや、このように自分の容姿についてとやかく言われる筋合いもない。
しかし、これから生き延びるための手立てを得なくては即死するということは野分自身も分かっていた。
反論したい気持ちをぐっと堪えて、拳を握る。
「……動きやすい服を貸してやってくれ。そのあとは雑仕として使ってくれ」
「はぁあ、たまげた。こんな娘、どこから連れてきたの」
「若様がお助けせよと言ったので、助けた」
「若様がっ?!」
名前を口にしただけで、小屋の中の雰囲気が一気に色めき立つ。
「なんだい、なんだい!それを早くお言いよっ!」
「全く要は、本当に言葉足らずだねぇ!」
まるで学校一のイケメンの話をしている時の女子高校生のように、キャッキャとはしゃぎ倒す彼女たちのリアクションが、野分には理解できなかった。
やっぱりこの世界では清麻呂のような見た目が好まれるらしい。
そんな世界で持て囃されても逆に困るなと考え、この件に関して野分は溜飲を下げることにした。
「未経験ですが、仕事を早く覚えられるように精一杯頑張ります。どうかご教授ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします!」
バイトの初日のために覚えた定型文がこんなところで活用されるとは。
野分は黒々とした長い髪を垂らしながら頭を下げた。
「バカ丁寧な子だねぇ。それに、よく見ればきれいな黒髪じゃないか」
「この器量だし、きっと情け深い若様が憐んで、受け入れてくれたんだろうよ。見目だけでなく、心まで立派な方だよ、あのお方は」
「本当にねぇ」
うっとりと宙を見つめて頬を赤らめている様は、まるで恋する乙女である。
清麻呂のなにが、彼女たちをここまで虜にさせているのか。
野分が首を捻りながら真剣に考えていると、要がなにも言わずに小屋の外に出て行った。
「あ、ありがとうございました!」
気づいた野分が筵をくぐり抜けて外に出る。
しかし、そこにはもう要の姿はなかった。
「……はやっ」
思わず声を上げて立ち尽くしている野分に、中から二人が声をかける。
慌てて小屋に戻った野分は、与えられた着物に悪戦苦闘しながらも着替えた。こうして彼女は、この訳のわからない世界での初めての奉公人生活を開始したのだった。
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