#3 圏外③



「先ほどの騒ぎで、市中の者たちにこの娘の存在は知られています。この奇妙な身なりですので、街を放浪していればすぐに気付かれます。そこらで野垂れ死なれでもしたら、『助けた女を放り出して見殺しにした』と噂が立ちましょう。見たところ、良い身なりをしていますし、もしかしたら良家との縁ある者かもしれません。もし違ったとしても、健康そうなので下働きとして使えましょう。それでもダメでしたら、その時は市中に放ってはいかがでしょうか。いますぐ放つよりも、しばらく間を置いた方が体裁もよろしいかと思われます」



淡々と語る要の話を聞いて、清麻呂はしばし苦悶な表情を浮かべながら無言で考え込んでいた。


身を寄せる場所のない野分にとっては、地獄のように長い時間だった。



「……仕方あるまい」



この世にこれほど渋々な了承があるだろうか。

清麻呂は「ぐぬぬ」という呻き声を上げながら下唇を噛んで野分を睨みつけた。



「ただし!この屋敷の主人である麿の命令は絶対ぞ!何かしでかした時は容赦無く放り捨てる!良いな!」



できる限り自分の体を大きく見せようと、胸を張りながら声高らかに宣言する清麻呂に対して、野分は慌ててひざまづいて頭を下げた。今回ばかりは心から彼に感謝していた。



「はい!ありがとうございます!」


「ありがとうございます」


隣にいる要も合わせて、礼を言う。




「お前もいいとこあるじゃないか!」


「うるさい!とっとと仕事に戻れ、この、でくのぼう!」


「なんだと!褒めてやってるのに、なんだその言い草は!」


「格下が偉そうに何を言っておるか!」



再びぎゃあぎゃあと言い争い始めた二人の横で、野分は要に向き直り、ペコリと頭を下げた。



「ありがとうございます。あなたがいなかったら、私、行くあてもなく彷徨うところでした」


「……礼なら若様に言え」



相変わらず愛想のない返事だった。

しかし、野分にとって、彼は二度も命を救ってくれた大恩人であることに変わりはない。野分は彼に全幅の信頼を寄せていた。



「そなたらもじゃ!要!その醜女をさっさと仕事場に連れて行け!」


「御意」



フンッとあからさまに不機嫌そうな鼻息を吐き、清麻呂は部屋の奥に引っ込んでしまった。



「野分だったか?」



三人が残された庭で、義道が声をかけてきた。



「お前も災難だったな。あいつはあの通りの性格だが、ここにいれば安全だろ。励めよ」



彼は太めの濃い眉毛をキリッと引き上げて、豪快に歯を見せる。

清麻呂とは正反対な、屈託のない笑顔だった。



「モテそうなのに……」



葦毛の馬を引いて門に向かう義道の背中に向けて、野分がボソッと呟いた。


「ん?もてそう?」


馬の足を止めて義道が振り返る。


「あ、女性から人気がありそうっていう意味。義道さん、男前だし」


野分は思ったことをそのまま口に出した。






「お……男前……?」


「うん。清麻呂よりかっこいいでしょう。誰が見ても」






義道はピタリと歩みを止めて、きつく握った拳を震わせ始めた。

野分と要は、動かなくなった彼の様子をうかがいながら、彼の次の挙動を待った。






そのまま数十秒が過ぎた。

突然、彼の大きな体がググッと体の中心に縮こまったかと思うと、



「お前……見る目あるじゃねぇかッ!気に入った!なんかあったら言えよッ!」



破顔とは、まさにこういう表情をいうのだろう。


弾けるような満面の笑顔で叫んだ義道は鼻を天高くに突き上げ、上機嫌で帰っていった。


嬉しそうに左右に揺れながら遠ざかっていく彼の背中を見ながら、野分は「詐欺とかに引っかかりそうな人だな」と心の中で思ってしまった。




「……それだと動きにくいだろう。まずは着替えろ」



スタスタと歩き出した要に、野分は小走りでついて行く。

立派な屋敷の脇を抜けて裏庭を通り抜けると、そこには質素な小屋があった。

木材でできており、屋根には風で吹き飛ばないようにということなのか、重石が乗せてある。

入り口には、年月を経て色あせボロボロになった筵のようなものがかけられている。


この煌びやかにまとめられている敷地内においては、そこだけが逆に異様に浮いていた。




怯むことなくそこに入っていく要に続いて、その筵を潜ってみると、中は予想通り狭くみすぼらしい有様だった。その中で女性が二人、縫い物をしている。


一人は年配の女性でベテランという風格、もう一人は野分よりも少し年上くらいの若い女性だ。



彼女たちは顔をパッと上げて相手を確認すると、はああ……とわざとらしいため息をついて、再び手元に視線を向けて針仕事に専念し始めた。








Copyright © 2022 夏目万雷 All Rights Reserved.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る