#3 圏外①
(なんであんなちんちくりんな生き物に罵声を浴びせられなきゃいけないわけ?早くみんなのところに戻りたい!)
膝や頬の痛みも忘れて、出口を探し走り回る。
やっと見つけた門らしき場所から通りに抜け出すと、やはりさっきのように絵巻物の世界が目の前に広がっていた。
「無駄に広いな、このテーマパークは!現在地、調べよ……」
埃まみれになっている鞄の中をガサゴソと漁る。
指先にごつりと硬いものが当たり、それを引きずり出して、画面を見てみた。
圏外だ。
「は?マジ?そんなド田舎なの?ここ」
念のため電話やメール、メッセージアプリも起動してみたが、全てつながならい。
「いや、嘘でしょ……」
連絡手段が一切断たれている。
ここがどこだかも分からない。
窮地に陥った野分は周囲の人に聞き込みをしようとした。
しかしなぜか、野分が近づくと人々はたちまち距離を取って散っていってしまう。
中には顔をしかめて嫌悪感を剥き出しにしている人もいた。
屋敷の前を右往左往しながら困り果てていると、
「……道がわからないのか」
と、後ろから声がした。
先ほどの従者、要だった。
野分は途端に表情を明るくし、仏にでも出会ったかのような心地で彼に尋ねた。
「なんかここ、電波入んないみたいで!とりあえず駅まで行ければ戻れると思うから、バスに乗れる場所とかあれば教えて欲しいんですけど!」
縋り付く思いで彼に頼み込むも、どうも様子がおかしい。
顔を隠している布の隙間から見えている目が、話の要領を得ていないと訴えてかけていた。
「演技とかはもういいから!とにかく帰りたいの!あ、そうだ!公衆電話とか、ありません?!」
野分の必死の形相に、要は眉根を寄せる。
遠巻きに彼女たちを見ていた周囲の人たちが、訝しげな視線を投げかけながらヒソヒソと話し込んでいる。野分はだんだんと頭のてっぺんから全身が冷たくなっていくのを感じた。
「……ねえ、嘘でしょ?いや、だって、そんな……」
ひどい想像が頭を過ぎる。
漫画や小説、ドラマや映画。似たようなシチュエーションは幾度となく見てきた。
しかし、あれはフィクションの世界だ。
今、まさに自分が同じような状況に陥っているとは信じられなかった。
「嘘だよね?あ、あれだ!一般人にどっきりを仕掛けるやつでしょ?!うちの生徒が誰か番組に応募したんでしょ?!それでたまたま私がターゲットに……」
血の気の引いた顔で指先をカタカタと震わせて、早口で捲し立てる。
しかし、要は何も答えずにじっと彼女を見据えているばかりだ。
その静かな瞳がさらに彼女の心細さを増長させていく。
「さっき切った腕だって、作り物でしょう?私、本気で驚いたわ!人生で初めて失神して……」
不安をかき消すためにペラペラと喋り続ける野分を見ながら、要は考えていた。
(話している内容は支離滅裂。望月という氏があるということの真偽も不明。しかし、風変わりではあるが身に纏っている織物自体は上等なものだ。容姿うんぬんは置いといて、髪質や肌艶もいい。やはりどこか良家の縁者かもしれない)
「──京での滞在場所はあるのだろう?途中まで送ろう。場所はわかるか?」
「えっ!本当に?!助かったぁ!えっとね、このホテルなんだけど、知ってます?」
野分はあらかじめメモ帳アプリに入力しておいたホテルの名前と住所をスマホの画面に表示させて、彼に見せた。
「……?」
しかし、彼は首を捻るばかりである。
「あ、分からないか!じゃあ、どこか駅の近くまででいいから連れていって!」
「その木札がどうした?」
視線だけを動かし、彼女の顔とスマホを交互に眺める。
「え?木札?……あ、スマホのこと?ていうか、そういう設定はもういらな……」
「須磨穂?」
冗談を言っているわけではない。
彼の真っ直ぐな瞳がそう物語っていた。
なんとか空元気でやり過ごそうとしていた野分の目の前が、ぐにゃりと歪み始める。
「嘘だって言って!嘘だって言って!もう十分引っかかったから!仕掛け人、早く出てきて!」
誰もいない物陰に向かって叫び散らす。
そんな彼女の様子を冷静に眺めながら、要はこう推測した。
(ああ。見目だけでなく、気まで触れているのか。きっと一族から厄介払いをされ、捨てられたのだな。なんとも、哀れな娘だ……)
半狂乱になっている野分をどうしたものかと眺めていると、通りの向こう側から蹄の音がこ聞こえてきた。
それはなんとも忙しない速さでこちらに近づいてくる。
その馬の独特な足音に、彼は聞き覚えがあった。
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