#2 邂逅②



 ──今日は何度、同じようなことを繰り返すのだろう。





 「目を開けてみたら、知らない場所だった」ということを一日に二回も繰り返すなんて、一生のうちにあるかないかの経験じゃないだろうか。




先ほどと違うのは、目の前に見えるのが天井の木目だということだ。

そして、布団の上に寝かされているということだ。








「……起きたか」








見知らぬ男の声だった。


彼女は跳ねるように身を起こし、力の入らない足でずるずると壁まで後ずさった。


寝ていた布団から離れた位置にある柱に背を預けて、一人の男がこちらを見ている。



野分は男から目をそらすことなくスカートの中に手を突っ込み、身体に変化が起きていないかを確認した。


顔や背中に痛みはあるものの、意識をなくす前と何ら変わりのない自分の状態に、ほっと息を吐く。


布団の横には自分の鞄もきちんと置いてあった。






「動けるなら大丈夫だな」






男は静かな声で話しかけてきた。

鼻から下を布で覆い隠しているため、表情は見えない。

先ほど刀を振るっていた男に間違いなかった。



かろうじて見えている目元だけでは年齢すらも確認できない。

しかし、やはり時代劇のような身なりをして、彼女をじっと見据えている。


ただ、さっきの男達みたいな嫌な視線ではなかった。


その瞳には何の感情も感じられず、ただ純粋にこちらを観察しているような目つきだった。



「あ、あの!」



喉が埃っぽく、掠れた声しか出なかった。



ここはどこなのか。

どうやってここに来たのか。

あの男たちは何だったのか。

どうやって帰ればいいのか。



聞きたいことは山ほどあったが、うまく言葉にできない。


口の中が土埃でじゃりじゃりするせいでもあるけれど、何より文章が頭に浮かんでこなかった。


人間は気が動転していると、うまく喋れないらしい。





「……動けるならば、若様のところへ挨拶にいくぞ」




口をぱくぱくとさせている彼女に向かって、男が話しかける。



「……若様?」



オウムのように同じ言葉を返した。



「お前を助けてくれたお方だ。礼くらい言ってから去れ」




助けてくれたのはこの人だったはずだ。

それとも、他にも人がいたのだろうか。

そもそも、去れと言われても帰り方がわからない。

ここはどこで、私はどうすればいいのか。




依然として頭は混乱したままだったが、男が立ち上がり部屋から出ていってしまったので、野分は慌ててその後ろ姿を追った。



室内は一つの広い部屋になっていて、ところどころ煌びやかな装飾をつけた布で仕切ってある。



現代家屋とは違う、昔の造りだ。



古典の授業で使った便覧に、こういう部屋の写真が載っていたっけ。

確か、あれは平安時代の様子を再現していたはずだ。


ということは、やっぱりここはどこかの観光施設か、お寺などの歴史的な建物なのかもしれない。


昔の街並みを再現したテーマパークの特集番組をテレビで見たことがある。


そこのキャストは、お客さんに世界観を体験させるため、ゲリラ的にショーを行うと言っていた。


もしかしたら、さっきのもそのショーの一環なのかもしれない。

あの男たちも実はキャストで、ちょっと力加減を間違えてしまったのかもしれない。



野分はなんとか自分の不安を消し去ろうとして、自分の都合の良いことだけをぐるぐると頭に思い描きながら、足早に進む男の後ろについていった。



渡り廊下を抜け、そのまま庭に降りる。



緩やかな曲線を描いた大きな池には赤い橋がかかっていて、水面を風が撫でるたびにチラチラと反射した陽光が野分の目を刺した。




(すごい建物だな……)




まるで平安時代にタイムスリップしたみたいだと、その場に立ち尽くしてしばらく風景を眺める。


ハッと気づいた時には男は別の建物の前まで移動して、野分のことを待っていた。


急いで彼の元へと駆け寄り、目の前の建物を見つめた。


中を覗こうと思ったが、御簾がかけられていたため様子がわからない。

御簾は派手な模様の縁で彩られ、上から房がぶら下がっていた。

よく歴史ドラマで見るようなものだった。




男から地面を指さされ、男がそこに跪く。


野分もそれに倣ってしゃがみ込んだが、土まみれのシワだらけになったプリーツからのぞく白い膝小僧からは、見るも無残に擦り傷だらけだ。


同じように立て膝になろうと試みたが、砂利が傷口に食い込み、野分はその度に顔を歪めた。


男が少しだけ心配そうにこちらを見ていたので、愛想笑いを浮かべながらなんとなくそれっぽい姿勢を取りつつ誤魔化した。










「……若様、失礼いたします」












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