#2 邂逅



ズキンッという鈍痛を感じて目を覚ます。




目蓋を開けても、視界は曇ったままだ。

何度か瞬きをして、光に目を慣らす。


キーンという耳鳴りの合間から、人のざわめきが聞こえる。

頭を動かしてみると、ジャリっという音が後頭部から伝わってきた。




どうやら、自分は地面に寝そべっているらしい。

野分はしばらくその体勢のまま、視力が戻るのを待った。




「どこの娘だろうね」


「死んでるのか?」


「息はあるぞ」




そんな言葉が耳に届く。

彼女は息を整えながら、徐々にはっきりとしてきた目を周りに向けた。




「あ、おきた」




野分を囲んでいたのは、ボロボロの着物を着た人たちだった。



長年着古しているのか、裾はほつれ、布地は所々毛羽立っている。

老若男女関わらず痩せ細っていて、肌は土埃や傷で汚れている。

全体的に彩度が低い。中には裸足の人もいた。






(……さすが、京都。時代劇の撮影か……)






ぼんやりと居並ぶ人々の姿を眺めていると、ドドドッと人の駆け寄ってくる音が地面から伝わってきた。

その合間に「ヒィッ!」とか「きゃあっ!」という悲鳴も混じっている。


近づいてくる喧騒がズキズキと頭に響き、顔をしかめていると、突然人垣がざっと開けた。


数人の男達が、こちらを見ながら立っていた。






 「……へぇ」






真ん中にいた男が、低い声で呟く。


顎に生やした無精髭を撫でながら、彼女を値踏みするようにニタニタと笑いながら見つめている。




(……演技にしたって、不快すぎるでしょ……)




その目線から逃げるため体を動かそうとしてみたが、背中を打っているのか、体全体に痛みが響いて動くことができない。次の瞬間、野分の頭皮に稲妻のような痛みが走った。




「いい黒髪じゃねぇか。見目は悪ぃが、肌は白い。使い道はありそうだ」




彼女は髪を乱暴に掴み上げられ、男の顔の目の前に顔を引き寄せられた。


男の息が顔にかかり、その匂いに喉の奥から迫り上がるものを感じた。

咄嗟に顔を背け足掻いたが、男は髪を掴んだままだった。



「離しなさいよっ!」



これはただ事ではないと感じ取った野分は、渾身の力で男の鳩尾を殴った。



男は、今の今まで倒れていた彼女がこれだけ早く動けるとは思っていなかったのだろう。

全くのノーガードで拳が直撃した男は、「グェッ」とカエルのような声を上げて、パッとその手を放した。


その間に彼女は素早く身を翻し駆け出す。









「……は?」








しかし、すぐに足が止まってしまった。




周りを取り囲んでいた人混みを掻き分けた先にあったのは、思いもよらない光景だったからだ。





舗装されていない地面と、その両脇に立ち並ぶ半分崩れているような粗末な家々。


道のあちこちに動物の糞らしきものが散らばっていて、異臭が鼻を突く。


道端には老人か子供かわからない、痩せ細った人々がしゃがみ込んでいて、ギョロギョロとした目で彼女を見ている。どんよりと曇っている空が、さらに重々しい空気を放っていた。




いつの間に、こんなところに来たのだろう。

そもそも、京都にこんなところ、あっただろうか? 




観光施設にしてはあまりにも殺伐としている風景に、彼女は思わず足を止めて立ち尽くしてしまった。


それがいけなかった。






ガッと背後から衝撃を受け、野分は地面に顔を強打した。

視界にチカチカと火花が散り、頬や額、鼻の先が焼けついたように痛い。



そのまま頭が潰れてしまうのではないかというほどの圧力をかけられ、恐怖で身を震える。




「このクソ女ッ」




という罵声を浴びたところで、押さえ付けているのが先ほどの男だということに気づいた。



このままでは本当に危ない。



声を出そうにも、肺が潰されて上手く言葉が出てこない。

周りに人の気配はするのに、誰も助けてはくれなかった。




このまま、私、死んじゃうの?

まだ何もできてないまま?

彼氏もいないまま?




悔しさに涙がこみ上げてくる。

泣いたってどうなるわけでもない。

しかし、止めることはできなかった。




抵抗する力も気力も段々と弱くなり、諦めの気持ちが大きくなっていく。

息もまともに吸えない状態で、意識もぼんやりとし始めた、その時。







「ぎゃあああっ!」







彼女の真上から男の悲鳴が聞こえた。

同時に、首あたりに何か生暖かいものが飛び散る。




野分は急いで身を起こし、何度も咳き込みながら肺の奥まで空気を行き渡らせた。



ひゅうひゅうと聞いたこともないような音を出している喉を抑えながら見上げると、誰かが目の前に立っていた。




服装からして、さっきの男たちではない。




その人の顔の方へと視線を動かす。

途中で、手に何かを握っているのが見えた。




刀だった。




赤黒い液体がべったりとくっつき、刃先から滴を落としている。

鉄を煮詰めたような匂いが、風に乗って鼻に届いた。



刃先越しに、何か細長いものが地面に転がっているのが見える。

片端が黒く濡れていて、その反対側は先端が何本かに分かれている。





人間の腕だった。






自分の目玉がグルンっと回るのがわかった。



意識を手放す一歩手前で見えた男の顔は、布で覆われていて確認することはできなかった。











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