いつかの面影 Ⅴ

 思い出した声を上げたリュディガーは、その後、顎をさすって言いにくそうに呻くから、 キルシェは思わず首を傾げる。


「何か……良くないことでも?」


「いやぁ……良くないことではないが……良いとも言い切れないことがな……」


 歯切れの悪いリュディガーに、キルシェは、はぁ、と返しながら言葉を待つ。やがて彼は顎をさすっていた手を外すと、膝を軽く音を立てて叩くようにして置いた。


「__現実的ではないという話で思い出したんだが……キルシェ、もしかしたら、挙式を2回しないとならないかも知れない」


「__え」


 これには、キルシェは言葉を逸した。


 __挙式は、帝都でするはずではなかったかしら……。


 一番、身内らしい身内が多くいる場所が帝都で、彼の職場もそこだから。


「レディレン教会」


「レディレン……?」


「地元では挙げないのか、と聞かれたんだ」


「地元の、教会……?」


 そう、とリュディガーは頷く。


余所者よそものがここに居着くんだ。ここら一帯に住む者からすれば、縁もゆかりも無い輩が偉そうな顔をするわけだから、しておくべきかもしれないと」


 __それは……一理ある。


 しかしながら、二度も挙げるというのは__


「帝都で挙げて、こちらでも……?」


「かなり期待されているらしいんだ」


「なら……帝都ではなく、こちらだけというのでは?」


「それは一瞬よぎったさ」


「一瞬……?」


「いいか。この地域で挙げるとする。ビルネンベルク先生もお招きするだろう? そうするとかなりの日数が必要になるのはわかるよな」


「往復で……1週間ぐらい……」


「そう。ビルネンベルク先生がいらっしゃるとなると、お一人でくるわけがない。天下のビルネンベルク家だ。おつきの人が数人は来るだろう。こんな地域にビルネンベルクが来るということで、大騒ぎにもなるだろうし……」


 それに、とリュディガーは周囲__建物の外だろう__を気にした風に視線をやってから、身を乗り出した。


「__左大隊長はもちろんのこと、元帥閣下やそれなりのお偉方も招かねばならないんだ、挙式は」


「元帥閣下まで……? でも、どうして……」


「まだ前触れぐらいな段階で、色々と詰めて聞いてはいないから君にはもう少しまとまってから伝えようと思っていたころなんだが……君の生まれが生まれだから、それなりにお偉方が集まることになるのだそうだ」


「そう……なの……」


 __ビルネンベルク先生は、お呼びしないわけにはいかない。


 キルシェにとって後見人であり、二人にとっての恩師だ。


 こちらだけで挙げるとなればかなりの日数を奪うことになるし、ここは言ってはなんだが、主要な都市などない地域だ。そこに帝国のそれなりの地位にある面々が揃うとなると、これらを受け入れる先がない可能性が高い。


 __そういう意味でも、帝都では挙げるべきよね……。


 すべてがそこで賄えると言えばそうだ。


 宿や足の手配など、それぞれ招く人に負担はないといっていいぐらい、帝都では選択肢は豊富で整っている。


「まだ決定事項じゃないが、今日の彼らの期待した感じを見るに、挙げたほうがよいのだと思う。そこの教会は、土着の信仰とでもいうのか、それと融合しているらしくてな。帝国では珍しいことじゃないんだが、挨拶を兼ねて挙げるというのは、ここらあたりの皆には、好印象を持ってもらえるはずだから」


「そうね……第一印象は良いに越したことはない」


「だろう? 中央に確認をとってみるが……勧められはすると思う。寧ろ、やれ、と言われそうだがな」


 やれやれ、と苦笑を浮かべて、リュディガーは椅子に座り直すと酒を口に運んだ。


「挙式はいつ頃とか……考えている?」


「夏至祭前かな、と思っている。__どうだ?」


 __となると、5月か6月の上旬。この地域でなら、ちょうどよい時期ね。


 帝都は夏至近くだと、日によっては汗ばむ陽気が増えるのだ。対してこのあたりは標高が高いから、雪解けが終わった頃だろう。そこまで暑さはなく、日陰に入れば風邪の冷たさで肌寒さを覚える可能性もある気候。


 __イェソド州城の上層部に近いのかもしれないわね。


 数年間、そこで過ごしていた。そこでの景色を不意に思い出し、キルシェは苦笑を浮かべた。


 それを怪訝にしたリュディガーに、キルシェははっ、と我に返って首を振った。


「えぇっと……いい時期だと思います。それでその……帝都で挙げて、こちらで、すぐ?」


「そこが悩みどころだ。まぁ、先生と相談だな」


「先生と?」


 ああ、とリュディガーは、もう一口酒を飲んでから、グラスを置く。


「__君の後見人だろう? 後見人様を差し置いて、勝手に私の独断で諸々決めるわけにはいかないさ。いくらか考えて、まとめて、君にも相談して、そうして後見人様へ持ち込んで__と。知恵も貸してくださるだろうし、そういう体裁についての」


「確かに、先生は得意ですね」


 だろう、とリュディガーは笑った。


「ここから戻って、卒業して、私は職場に復帰して、事あるごとにビルネンベルク先生のもとへ足繁く通うことになるわけだ。これで、卒業したら顔も出さなくなるのだよ、なんて言わせないで済むのはありがたい」

 

 __戻って、卒業する……。それはそれで寂しいものね。


 数年後しに大学へ復学し、目まぐるしく卒業を目指して過ごしていた。本当に、驚くほどあっという間である。


「決めることが、増えましたね」


 リュディガーは肩を竦めて、グラスを見つめた。


「忙しいが、まぁ……いずれそれが懐かしくなるんだろう」


 まだまだ目まぐるしく、色々と建て込みそうな気配ではある。それがそう感じられる日が来る。


 __そして今の出来事を懐かしんで……挙式はあぁだったこうだった、って……ぁ。


 キルシェはふと、思い至る。


「……ここでも挙げるとなると……」


「ん?」


 キルシェは、くすり、と笑ってリュディガーを見る。


「私……同じ人と三回も挙式をするのね」


「そう……なるな」


「なかなかない話ね。下手をしたら語り継がれるかもしれない」


 リュディガーは、きょとん、としていたが、肩を震わせて笑い出した。


「確かに、同じ相手と3度も挙式した、という情報だけなら、とんでもな話で語り継がれはするな。何かしら問題ありな夫婦だ、と。__私だってそう思う」


「でしょう?」


 一頻り笑ったリュディガーは、はぁ、とため息を吐いてグラスの残りの酒を煽った。


「__4回目がないよう、努力するよ」


 自嘲気味に言ったリュディガーの言葉に、キルシェは少しばかり緊張が走った。


 二度あることは三度あるという。まさか四度までなどと冗談でも考えなかったキルシェは、リュディガーの口から出たということに勘ぐってしまう。


 彼は過去未来問わず、の景色、面影を見たことがある。であれば、四度目と言うのであれば__。


「それは……いつか起こりそうなの?」


「ないな」


 リュディガーは、迷いなくはっきりと答えた。


「私が手放すわけがないさ」


 その顔は力強く言う口調に対してあまりにも穏やかで、嘘を言っていないのだと悟る。キルシェは胸を撫で下ろすのだった。

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