第5話 手厳しい後輩現る。
部活見学者が来た。
黒髪ロングで真面目そうな女の子。手には校門で配ったチラシを持っていた。
「あの、見学って大丈夫ですか?」
二人しかいない事に多少の驚きを見せていたが、すぐにジッとこっちを見て来た。目力が強い。
「あれ、入部希望!?」
羽賀さんの声がワントーン上がる。
「いえ、とりあえず見学だけ。」
「え~、でも部員は今の所この二人しかいないよ。」
「そうなんですか・・・。」
「そう、だからさ、一緒にやってみようよ。」
グイグイと羽賀さんが見学者の背中を押す。
「ちょ、ちょっと待って羽賀さん。そんな急かしたらダメだよ。」
「あ、それもそうだね。ごめんね。」
「いえ・・・。」
気まずい空気が流れる。
「えっと、チラシ見て来てくれたんだよね。」
「はい。」
「一年生、だよね。」
「はい。」
「演劇に興味あるんだ?」
「中学校の頃やってたので。」
「マジで!?まじ経験者じゃん!じゃあやった方がいいじゃん!!」
羽賀さんの声に女の子が身構える。
「あの、一先ず名前だけでも聞いていいかな?」
「一年Cクラスの神川美都です。」
「カミカワミトさんね。見学に来てくれてありがとう。」
「いえ。」
「じゃ、じゃあ僕らは発声と発音のトレーニングの途中だったから続けるね。」
「はい。」
「椅子にでも座って見ててかまわないから。」
「ありがとうございます。」
神川さんは教室の済みにある椅子に移動して腰かけた。
とても静かで凛とした様子だ。歩き方もとてもカッコいい。
「じゃあ羽賀さん、続きやろうか。」
「そうだね!張り切ってやっていこう!」
「じゃあもう一回ゆっくり鼻で息を吸って吐く所から・・・。」
そして僕と羽賀さんは稽古の続きを始めた・・・。
発声発音、そしてセリフの稽古、一通り終わり休憩に入った。
「どう?入りたくなった?!」
ずかずかと羽賀さんが神川さんに質問する。
「・・・。」
ジッと睨むように羽賀さんを見つめる。
「あの、質問して良いですか?」
「いいよ!」
「さっきのジュリエットのセリフ、台本貰ってからどのくらい経ってますか?」
「え?どれくらいだろう?一週間位?」
「一週間・・・。」
そう口にすると神川さんが大きくため息をついた。
「それでなんでセリフを覚えていないんですか?それに何も伝わってきませんし。」
「え・・・。」
羽賀さんの体が硬直するのが分かった。
「え、だって覚えてって言われてないし、まだ初心者だしさ。」
「初心者だったら覚えなくてもいいんですか?」
「いや、そういうわけじゃないけどさ。」
「分かりました。もう大丈夫です。」
神川さんは立ち上がり教室を出ていこうとする。
「ちょ、ちょっと待って神川さん。入部は?」
「・・・聞きますか?」
答えは分かっていたけど、ここでみすみす帰したくはなかった。
「私、芸能事務所に入っているんです。週一でレッスンに通ってるんですが、もっと上手くなりたいと思ってここを見学しました。でも後悔してます。おふざけでやってるような演劇なら自分でやってる方がまだましです。失礼しました。」
神川さんは丁寧に、しかし冷たく頭を少し下げて去ろうとした。
「ちょっと待ちなさいよ。」
「・・・。」
羽賀さんが険しい表情で引き留める。
「おふざけって何よ。こっちは真剣にやってるつもりなんだけど。」
「つもり、ですか?」
「確かに覚えたほうがいいのかなって思った。でも・・・。」
「でも、何ですか?」
「いや、なんでもない。とにかくさ、もう一回でいいから見に来てよ。おふざけでやってるって思われて終わるなんて絶対に嫌だ。私はめっちゃ真剣に演劇やってるから。」
「・・・そうですか。じゃあ3日後にもう一回見学させてください。別に私は何様のつもりもないですけど先輩の言葉を無視するわけにはいかないので。それじゃあ失礼します。」
そういって神川さんは出て行ってしまった。
「・・・。」
羽賀さんが黙っている。重い空気が流れる。
「あ、羽賀さん・・・。」
「よっしゃー!燃えてくるじゃん!!」
「え?」
「だって、あの子経験者でしょ!?しかも芸能事務所に入ってる。あの子が入った方がめっちゃ心強いし、認められたら私は上手いって事だよね?」
「いや、まぁ、そうかもしれないけど。」
「いいねぇ、燃えてきたよ!これから私の特訓だから。創一よろしくね!」
「は、はい。」
「じゃあ早速稽古しよ。創一は厳しめで見ててよね。」
羽賀さんの勢いのままに羽賀さんのセリフの稽古が始まってしまった。
「・・・。」
あと3日。突然のように神川さんは現れて羽賀さんの心に火をつけて帰って行ってしまった。今までこんな嵐のような現場は初めて味わった。
陰キャの僕としてはかなり心臓に悪い・・・。
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