夢の中のママ


「お願い?」


 そう尋ねると、うん、と元気な声で頷いた麻子。


「あのね、ままにあまえられないぶん、かわりにたくさんぱぱにあまえてあげてっていってたよ! そしたらぱぱもうれしいからって」

「ままがそんなこと言ったの?」

「いってた!」


 夢の中の話で、現実ではありえないことだけれど、それをどうしても夢だとは割り切れなかった。


 だって、百合に「僕は麻子に懐かれていない」と弱音を吐いたことがあったから。仕事で遊んであげることがほとんどできなかった僕に懐かないのは仕方のないことだったけれど。


「だからね、まこ、ぱぱにあまえるの!」


 これはどう見ても懐いていないわけがなかった。

 もしかしたらそれは百合のおかげなのかもしれないーーそう思ってしまった。


「ぱぱ、いつもおしごとたいへんで、まこいつもひとりでねてるけど、ほんとはすごくさみしいの」

「麻子…」


 知らなかった。麻子が、〝寂しい〟という気持ちを隠していたなんて。


「ままみたいにえほんよんで、ねむたくなったらいっしょにねてほしいの!」


 僕が仕事から帰って来たらいつも麻子は眠ったあとだった。


 だから、百合が絵本を読んでいたなんて知りもしなかった。そんなふうに、家族の時間を過ごすことができなかった僕は、情けない。


「分かった」


 ーーでも、だからこそ。


「今日からままの代わりにぱぱが絵本読んであげる。そして眠たくなったら一緒に寝ようか」


 今ならまだ変われる。

 今ならまだやり直せる。


 百合が与えてくれたチャンスかもしれない。


「ほんとっ!? いいの?!」

「うん、いいよ。その代わり今日はもう遅いから寝よう。明日から絵本は読んであげるよ」


 時刻は、二十二時。

 三歳の娘が起きているには遅い時間だ。


「わかった! まこえらいから、ぱぱのいうこときく!」

「麻子は偉いね」


 そう言って、頭を撫でてあげる。


「そのかわり、あしたえほんよんでくれるって、ぱぱ、やくそくして!」


 小さな手のひらの小指だけを、一生懸命に立てると。

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