父と娘


 ◇


「ねぇ、ぱぱぁ、ままはいつになったらかえってくるの?」


 三歳になった娘が布団に寝転がりながら、僕に素朴な疑問を投げかける。


「そう、だなぁ……」


 その傍らで娘を寝かしつけようとしていた僕は、一瞬言葉を詰まらせた。


 なぜならば、僕の好きな人でもあり、麻子(まこ)の母親でもある百合(ゆり)は、ニ年前に病気で亡くなってしまったのだ。


 あれはまだ麻子が一歳になったばかりの頃だった。突然のことで理解できなかったことを今でもよく覚えている。


 だから、麻子も母親のことをぼんやりとしか覚えていない。亡くなったことを理解できていない。


 それは、当然なことだ。


 僕だって、まだ受け入れることができていない。前に進むことだってできていない。


「あした? それともまだまだ?」

「うーん、そうだねぇ。しばらく時間がかかるみたいだよ」

「しばらくっていつ?」


 三歳とは、まだまだ子どもだと思っていたけれど女の子はませているみたいだ。


「えーと、それはだなぁ…」


 問い詰められる僕の方がたじたじになる。


 仕事で忙しかった僕は、麻子の子育てをろくに手伝ってあげることができなかった。その代償に、僕はいまだに麻子との接し方に悩んでいる。


 どうすれば母親代わりになれるのか。

 どうすれば父親らしくなれるのか。


 それとも僕には、父親の資格なんてないのだろうか。


「まこね、ままのことだいすきなんだぁ」


 言葉に詰まっていた僕の代わりに麻子が、そんなことを言った。


「いつもゆめのなかにね、ままがでてくるの!」

「夢に……?」

「うん! なんかね、ままがまことぱぱのこと見てわらってるの! よしよしってあたまなでてくれるの!」


 そう言いながら、僕の頭を撫でる麻子は笑っていた。


 それはとてもとても小さな手のひらで。


「ままね、いつもわらってるの」

「そっかぁ」

「でもね、ぱぱのことみるときだけしんぱいそうなかおするの」

「えっ……?」


 百合が僕のことを見てるときは心配してる?

 ……いやいや、これは麻子のただの夢の話だ。100%信じてどうするんだ。


「ままがね、まこにおねがいするの」


 僕が困惑している間にも、話はどんどん先へ進む。それが事実なのか、それとも麻子の夢の話なのか定かではないけれど。

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