第8話 プリシラの家

「ただいま」


 プリシラが店舗を兼ねた住宅に入っていく。

 なんの稼業かは分かっている。

 モノクルが描かれた看板だったからだ。

 鑑定屋だな。


「おかえり、あらお客さん? あんた、客だよ!」


 プリシラによく似たおばさんが奥に向かって声を張り上げた。

 プリシラのお母さんだろう。

 俺は客じゃないんだけど。


「へいよ。鑑定は人かい? 物かい?」

「お父さん、俺はプリシラとパーティを組んでいるクラフトです。娘さんにはいつもお世話になってます」

「ほう。【鑑定】」

「あんた、頼まれてないのに鑑定するのは失礼だよ。このすっとこどっこい」


 プリシラのお母さんがスリッパでスパーンとお父さんの頭を叩いた。


「なにしやがんでぇ」

「鑑定するのが失礼だって言ってるんだよ」

「それはおめぇ、お父さんなんて言われたらよ」


 二人は喧嘩を始めた。


「騒がしい家でごめんね」

「いや、いいよ。村で暮らしてた頃、こんな夫婦が沢山いたから」


 プリシラと昔話しているうちに二人の喧嘩は終わった。


「認めたくはないが、お前さんは最低条件をクリアしてる。だが俺がもうろくしてないうちは認めん」

「もう、お父さんやめてよ」


「プリシラ、どういうこと?」


 俺は問い掛けた。


「ええと、私と付き合って良い条件が鑑定スキルなの」


 鈍い俺にも分かる。

 俺はプリシラの恋人候補として値踏みされたんだな。


「姉ちゃんが男を連れてきたって」

「ほんとだ」

「弱そうな奴だ」


 男の子が3人奥から出てきた。


「絶対に尻に敷かれるな」

「うんうん」

「でも顔は良い」


「弟達よ」

「クラフトだ。よろしくな」

「おう」

「よろしく」

「歓迎するぜ。ゆっくりしていけよ」


 家族という物に触れるのがちょっと怖かった。

 プリシラの家族と仲が良くなると、村で死んだ家族をないがしろにしている気になるのだ。

 誰かと親しくなっても、死んだ家族が否定される訳じゃないのにな。


「俺はおいとまするよ」

「お父さんが失礼だったから怒ったの?」

「いや違うんだ。こういうのに慣れてなくて」


 そう言って俺はプリシラの家を出た。

 村で死んだ家族の記憶を神剣で斬り捨てたら、楽になるのだろうか。

 いや、家族の事を覚えているのは俺だけかも知れない。

 俺が忘れたら、家族が本当に死んだ事になってしまう。

 そんな気がした。


 俺の足はいつしか街の門に向いてた。

 この方向にずっと行くと村がある。

 帰りたくなったのか。

 村があった所に行って、朽ち果てた村を見たら、悲しくていたたまれなくなるのだろうな。


「アンデッドだ。アンデッドが攻めてきた」


 門から人が逃げてきて、門は閉じられようとしていた。

 俺は門に向かって走る。

 今はモンスターを倒したい気分だ。


「おい、出るのか。外はアンデッドで一杯だぞ」


 門番が走って来る俺に声を掛ける。


「冒険者だ。街を守る義務がある」


 俺はそう言って通り過ぎた。


「気をつけろよ。死ぬんじゃないぞ」


 俺は門を出た所で神剣を抜いた。

 そして、良く分からない感情を剣に込めて振るう。

 地面が揺れて、雷の音が。

 そして、突風が吹いた。


 アンデッドは一掃され、街道の木々は倒れ、遠く見える山の山頂が無くなったのが見える。

 少し経ってから地滑りの音が聞こえた。


 やばい、俺は何て事を。

 感情に任せて剣を振るってしまった。

 鍛冶師失格だ。

 必要以上にやるのは自制の効かない子供と一緒だ。


 やっぱり俺はこの剣の使い手としては相応しくない。


「あんたでも、感情的になる事があるのね」


 プリシラが現れて言った。


「俺の後をつけたのか?」

「ええ、消えていなくなりそうだったから。いなくなったら悲しいけど。このままだとあんた、一人で生きていく人生を選ぶんじゃないかなと、思ったの。それは悲しいわ」


「悲しくなんてないさ。思い出があれば生きていける」

「過去に捕らわれるのはいけないわ」

「プリシラに何が分かるんだ。あんなに暖かい家族がいてさ」

「失う悲しみは知らないけど、楽しんで生きないと、死んだ人が浮かばれないわ。あんた、呪われた物を素手で拾っているけど、死にたかったのね」

「そうか。俺は死にたかったのか」

「何があんたを支えているのかは分からないけど、それが無くなったらどうするの?」


 剣を届けたら、俺はその後にどう生きたら良いんだ。


「分からない」

「鑑定屋でもやったらどう。それなら私が手伝ってあげられる」

「それもいいかもな」


 一つ分かった事がある。

 プリシラのお母さんはお父さんをあんたって呼んでいた。

 プリシラが俺をあんたって呼ぶのは親愛の情がこもっていたんだな。

 プリシラ、ありがと。

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