伝えたい思い


『結のこと俺が嫌いになるはずないだろ』


 逃げなきゃいけないのに、足が動かない。


『それとも結は、俺のこと嫌いになったわけ?』


 目の前を電車が通過する。律の声も姿も見えなくなって。


「そ、れは……」


 ──嫌いになるはずが、ない。

 嫌いになれるわけがない。こんなに好きなのに。


 電車が通過すると、遮断機がゆっくりと上がる。

 こちらへ歩いて来る律。

 近づいて来るのに、逃げられない。


 なんで。私、どうしちゃったの……。


「それは、なに?」


 好きだけれど、嫌いだと言った方が楽になれる。こんなに苦しまなくてよくなる。


「俺のこと嫌い?」


 目の前に律がいる。会いたくて、声を聴きたくてたまらなかった相手が。


「…………」


 空気が張り詰める。


 私が黙り込む代わりに、律が。


「俺は嘘じゃないよ。好きだよ。今だって結のこと」


 そんなことをつぶやいた。


 どうしよう。緊張して、声が出ない。別れようって思っていたはずなのに。決心が揺らぎそうになる。


「でも、結が不安になるのも分かる」


 スマホ越しではなく、面と向かって現れる言葉。風に流されてゆっくりと耳に入り込む。


「俺、あんまり言葉にしてこなかった。言わなくても伝わってるかなって勝手に思ってた」


 それはきっと、友達のときの絆があるからだよね。私も、そうだったから。


「それに最近だって、ちょっと素っ気なかったかもしれない。いや、ちょっとじゃないか」


 自分の言葉にツッコミを入れたあと、「でもそれには、理由があって……」と突然、かばんの中をあさる。


 静寂な時間が怖くなって、私は俯いた。かばんの紐をぎゅっと握りしめた。


「これ、結に渡したくて」


 視界に入り込む律の手のひら。その上には、何かが置かれていた。


「これ……」


 見覚えがあって、思わず顔を上げる。


「うん。結、前にデートでこれ見てたとき可愛いって言ってたから」


 その言葉で手繰り寄せられる記憶。私が、雑貨屋さんで可愛いブレスレットを見つけたときの言葉だ。


「でも、今月お小遣い使いすぎたからまた今度かなって言ってたでしょ」


 うそ……。二ヶ月も前のデートで私が何気なく言った言葉をずっと覚えてくれてたの……?


「内緒にしてサプライズで渡そうと思ってさ、バイトしてたんだ。だから最近一緒に帰る時間も減ったんだけど」


 感情が込み上げる。視界がぼやけてくる。


「……ごめん。私、そんなこと……」


 知らなかった。律が、バイトしていたことや、私にサプライズしてくれようとしたなんて。


「結が謝ることじゃないよ。むしろ俺のせい。不安にさせて、ごめん。結がそこまで思い詰めてたなんて知らなかった。気づいてあげられなかった」


 私は、自分のことばかりだった。


「ほんとに、ごめん」


 涙を拭ってくれる優しい指先。


 私は、ううんと首を振ることしかできなくて。


「俺、結のこと好きだよ。嫌いになったりなんてしない」


 律の声が、あまりにも優しくて。涙が止まらなくなる。


 ───嫌いになれたら、どれだけ楽になれたのかな。元の関係に戻れたら、どれだけ気楽でいられただろう。

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