スマホから聞こえる声


「え、な、なんで……?」


 わけが分からなかった。メッセージは、既読無視したまま電話? なんで?

 でも、出れないよ。どうせ、別れように対して〝分かった〟だろうし……。

 きっと声聞いちゃったら、泣く。絶対泣く。


 それでもスマホは鳴り続ける。一度、切れたあと、また鳴った。


 仕方なく思って、フェンスに背を預ける。


「も、もしもし……」


 意を決して、電話に出た。


『なんで別れたいと思ったの?』


 ……律の声だ。ずっと聴きたかった声。

 でも……。


「最近私たちすれ違ってるし、お互いの心も離れてるし……そのことは律も思ってるでしょ」


 久しぶりの電話なのに、心は一ミリも踊らない。


『それは──……』


 律の声がスマホ越しから聞こえようとしたそのとき、『まもなく電車が発車します』ホームにアナウンスが流れる。


『結、もしかして今近く……?』

「そ、そんなわけ、ないじゃん」


 思わず、どきっとして言葉に詰まる。


『……いた』


 けたたましい音にかき消されることなく、スマホ越しで聞こえた律の低くて芯のある声。


 振り向いて、フェンスの向こうにいる彼を見ると、ホームにいる律が顔を上げて、こちらを見ていた。


『待って、結!』


 ……まずい。そう思った私は、身体が勝手に走り出す。


 やばい。どうしよう。早く逃げなきゃ。今捕まったら私、きっと酷いこと言ってしまう。


 スマホをつかんだまま必死に足を進める。

 フェンス越しに電車が私を追い越した。向かい風に負けそうになる。それでも止まることはしなかった。


「結、止まって!」


 後ろから声がする。スマホ越しではない、同じ空間から。差が縮んでいる。どうしよう。追いつかれる。焦った。困った。


「結、頼む。待ってくれ!」


 律の声が聴こえているけれど、止まらずに線路を渡った。タイミングよくカンカン、カンカンと音が鳴る。神様が私に味方してくれたと思った。遮断機が下がる。足を止めて、呼吸を整える。


「結、スマホ、聞いて」


 叫ぶ声がする。顔を向けると、律がスマホを耳に当てるそぶりをするから、私は恐る恐る耳に当てる。


『結、勘違いしてるから』


 電車が近づく音が鳴り続けているのに、耳に直接流れ込む律の声。不思議。離れているのに声は聴こえる。


「勘違いなんてしてないよ」

『してる』

「してないって」


 ムキになって言い返すと、


『俺の心が離れてるって勝手に決めつけるなよ』


 律の絞り出すような、苦しい声。


 ……え、なに。何で今、そんなこと……。


『好きだよ。結のこと、ちゃんと』


 耳にするりと入り込む。

 今まで、ちゃんと聞いたことなかった言葉。それを今、言うなんてずるい……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る