二章 龍久国継承戦 二 ①
目を開くと、
部屋に射す光が等間隔に遮られ、窓の鉄格子に気づく。手首に重みを感じて見下ろすと、
紅運は両脇を抱えられ、部屋を後にした。庭にはまだ煙が上がり、焼けた宮が無残な姿を
兵は宮殿の門を潜った。漆の紋様と
「紅運!」
駆け寄った
「罪人みたいに拘束することないじゃないか!」
目の下の青みを一層濃くした
「その通り。妖魔を使うにはただ念じればよい。いくら縛めようと、
「お前は言葉を慎め。青燕も勝手な行動はするな」
「ここは
彼は昨夜の疲労など
「まず貴方の奮励に感謝と敬意を。琴児は峠を越え、今眠っています。件の動乱は
死体が晒され、国賊と石を投げられることはない。事を穏当に収めるためだけではなく、兄たちの温情でもあるのだろう。しかし、黒勝の苦渋に満ちた述懐は誰にも知られることはない。紅運は轡の奥で
「目下の課題は貴方です」
白雄は弟を
「赤の大魔を解いたのは死罪も免れぬ重罪です。しかし、今は裁きを下す皇帝も刑部の長もいない」
赤と白の紙箋が鼻先に垂れた。
「よって、我々の投票で処遇を決めます。極刑を是とするならば白、否ならば赤を」
「風前の灯火だな、紅運」
――狻猊。
「奴らを脅すのも殺すのも簡単だ。だが、それじゃ意味がない。奴らの意思でお前を救うならば生かす。殺すなら俺も奴らを焼き殺す」
大魔は権能を使うとき以外持ち主にしか見えないことは、従僕を持たなかった紅運も知っていた。魔物の爪が
やめろと声もなく叫ぶ紅運の前で、青磁の壺が返された。舞い落ちた紙箋は赤二枚、白二枚。
「同数、ですか」
「何でふたりも……」
青燕は白の紙箋を握る手に力を込めた。
「紅運は皆を助けてくれたじゃないか! 彼がいなきゃ被害はもっと増えてた。僕たちも死んでたかもしれないのに!」
橙志は腕を組み、
「事は必ず収まった。被害が出ようと俺たちの誰かが死のうと残った者が後を継ぐ。大魔を解く必要はない。事によって件の遺言の後に……」
「俺は反対だぞ。弟殺しは嫌だしな。それに、皇帝を失い地脈が乱れる今、最悪の大魔は最大の抑止力になる」
黄禁は紙片を
「いっそ紅運に赤の大魔を呼ばせて、まだ悪意があるか聞けばいいのではないか。二百年の謹慎で大人しくなっているかもしれないぞ」
「ふざけるな!」
橙志と黄禁を視線で窘め、白雄は沈痛な面持ちで口を開いた。
「私は、賛成です」
皇子たちが言葉を交わす間に、紅運が
「紅運が宮廷を救ったのは確か。ですが、私は更により多くを、即ちこの国の民を救うべきだと考えます。赤の大魔の主を生かしておくことはそれに反する」
紅運の
「第八皇子・
舞い落ちた一片の紙箋は白だった。
「三対二……」
白雄は目を伏せる。
「待ってよ、本当にこんな決め方でいいのか!」
「無駄だ。
橙志が紅運を見下ろした。
「お前だけ逝かせる気はない。俺が早く軍を動かせば防げた事態だ。責は俺にもある。
「おかしいよ、ふたりとも死ぬ必要なんてない!」
紅運の全身に汗が噴き出す。部屋の奥の
「部屋が暑くはないか?」
「今そんな話はいいだろ!」
「違う。これは……」
轡が落ち、紅運は張り付いた
「皆、死ぬぞ……!」
「私が赤を入れれば同数かな?」
全員の視線が声の方を向く。切れ長の
「
白雄が
「私がいない間に大変だったようだね」
紅運は汗と唾液に
「これは皇子の会合だ。お前は自ら臣籍降下を申し出たはずだろう」
橙志の低い声に藍栄は軽薄な笑みを返した。
「すっかり兄上と呼んでくれなくなったね、橙志。その通りだが、父上が最期まで受け入れなかったのさ。私は結局第二皇子のままだよ」
彼は白雄の手を取り、自分の
「事態は急を要します。同数では決着がつかない。
「決着は四対三で処刑は否だ。
藍栄は紅運を指す。紅運は荒い息で首肯を返した。白雄は長い溜息をついた。
「赤の大魔を知らぬ訳ではないでしょう」
「
藍栄は指を鳴らした。
「父上が崩御し、抑えられていた各地の妖魔が再び動き出した。昨夜の小火と時を同じくして、皇妃の幾人も縁ある、城下の墓地で墓守の一家が惨殺されたよ。皇子として見過ごす訳にはいかない」
「それを討伐すれば民を守った神獣として認めろ、ということですか」
「ご明察」
白雄は沈黙の後、改めて背筋を正した。
「紅運の縛を解いてください」
青燕の安堵の息の音が響いた。兵士が紅運の枷を外す。雑然とした空気の中、白雄は宮の奥に身を寄せ、刀身に似た細い影の中で藍栄に
「全て計算済みですか」
「まさか。私も大概焦ったよ。何とか間に合ったけれどね」
藍栄は白髪の下の目を細める。
「助かりました。……迷っていたのです。皇子として処刑すべきでした。しかし、兄としてはそうすべきではなかった」
「まずは〝べき〟というのをやめるところからかな」
白雄は暗がりの中で
紅運はまだ縛の感触がある手首を摩り、宙を睨んだ。
「狻猊、殺そうとしたな!」
「当たり前だろ」
赤毛の行者が犬歯を
「王宮を救った勇士の墓上に立つ国なんぞ俺が守ると思うか? 俺が従うのは国じゃなくお前だ。俺の気が変わるまでな」
「ふざけるな。また封印されたいのか」
「悲壮だな。お前を殺そうとした奴らを
狻猊が嘲笑を漏らしたとき、紅運の肩を
「待たせたね」
藍栄が
「積もる話は道中にしよう。何分急がないとまずそうだ」
答える間もなく城門の方へ引きずられ、紅運は声を張り上げる。
「急ぐってどこに」
「もちろん街だよ。都を脅かす妖魔退治さ。向かうは羅城の北の墓地。敵は死体から出る
都の大門を抜け、広大無辺に続く大路を進めばすぐ市場に
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